016 小さな羽のための小さな城
ミーラさんに声をかけられたのは、朝の作業がひと段落した頃だった。
「ハルキさん……」
いつもより、少しだけ遠慮がちな声。
振り向くと、彼女は腕に何も抱えていないのに、どこか落ち着かない様子だった。
「どうしました?」
「その……ヒヨコたちのことなんだけど」
ああ、とすぐに思い当たる。
俺たちと一緒にこの開拓地へやって来た、あのヒヨコたちだ。
専用のテントを用意して、藁を重ねて、できる限りの断熱対策もしてきた。
最初は、それで十分だったはずなのに――。
テントを覗くと、すぐに分かった。
「……大きくなったな」
黄色いふわふわだった面影は、もうほとんど残っていない。
白い羽が混じり、足は太くなり、体つきも締まってきている。
「ピヨピヨ」というより、「ピピッ!」と短く鋭い声。
ヒヨコとも、ニワトリとも言い切れない、微妙な姿だった。
「もう寒さには強くなった頃だと思うんだけど……」
ミーラさんが言う。
「その代わり……このままだと、テントの隅を突き破りそうで」
実際、布の一部は内側から突かれたように歪んでいた。
「……小屋、いるな」
俺がそう言うと、ミーラさんは、ほっとしたように頷いた。
その日のうちに、皆を集めた。
ニケさんとタマさんは、まだ治療中で参加できない。
それ以外の面子が、焚き火の周りに集まる。
「ニワトリ小屋を作ろうと思う」
そう切り出すと、特に反対は出なかった。
「どこに作るんじゃ?」
ドワーフのドンが、顎鬚を撫でながら聞いてくる。
「風下がいいと思う。畑とトイレの近く」
俺は答えた。
「臭いの問題もあるし、掃除もしやすい」
「昼は放し飼いだな」
狼夫・ガルドが言う。
「鷹が来るぞ」
「低木を残そう」
エルフ夫・セイルが、静かに続けた。
「隠れ場所になる」
話は自然と、必要な要素へと流れていった。
夜に止まる止まり木。
砂浴び用の砂場。
産卵箱。
入口は、狭すぎないこと。
フンを、ほうきで掃き出しやすい構造。
「……温かいのがいいな」
ミーラさんが、小さく付け加える。
俺は頷いた。
「作業と世話が、楽なほうがいい」
「それでいて、寒さと天敵から守れる」
誰かが指示を出すわけでもなく、
誰かが命令するわけでもなく。
ただ、皆で「こうした方がいい」を重ねていった。
作業を始めた途端、冷たい風が吹いた。
海の方から、鋭く、湿った風。
「おっと……」
ヒヨコたちが、落ち着かなく鳴く。
「壁、あった方がいいな」
俺が言う。
「石と粘土で、蓄熱壁を作るか」
ドンが目を細めた。
「……蓄熱壁?」
俺が聞き返すと、ドンは短く頷く。
「昼のうちに、日ぃ食わせとくんじゃ。
石が温もりを溜め込んで、夜にゆっくり吐き出す」
「なるほど……昼間にお日様の熱を貯め込んどいて、
夜はストーブ代わり、ってことですね」
「そういうこった」
「ただ積むだけじゃ、面白くねえ」
そう言って、にやりと笑う。
「粘土に炭の粉を混ぜて、真っ黒に塗ってやろう。
その方が、熱を食うからな」
皆で石を拾い、粘土を運び、
位置を巡って、あーだこーだ言い合う。
一度に積み上げることはできない。
乾かして、また積んで。
それを、三日。
俺は一輪車を押して、ひたすら粘土を運んでいた。
「……こういうのは、体が覚えてるな」
元港湾仕事で、荷を運んでいた頃を思い出す。
重いものを、倒さずに運ぶ。意外と難しいんだ。
「久しぶりに役に立ったぜ」
完成した小屋を前に、皆が並ぶ。
「……俺たちのテントより、よっぽどいいな」
誰かが言って、皆が笑った。
夜。
止まり木に並んだニワトリたちは、
互いの羽に触れながら、静かに目を閉じている。
白い羽が、重なり合っていた。
ミーラさんは、止まり木で寄り添っているニワトリたちを見て、
ふっと表情を緩めた。
「……よかったね」
「あったかいし、安心だし。
今夜は、ぐっすり眠れるよ」
それは、しんみりというより、
純粋に祝福するような、やさしい声だった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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