015 森は、貸しただけ
――帰還。
テントでの治療は、静かに行われた。
新しい薬草は、
ゆっくりと、だが確実に、
ニケさんの腕の色を変えていく。
腫れが引き、
熱が下がる。
フィアさんが、深く息を吐いた。
「……峠は、越えました」
その言葉を聞いた瞬間、
俺は、膝が抜けそうになるのを、必死で堪えた。
後になって、
フィアさんはこう説明してくれた。
あの薬草は、
百年近く、精霊の気配のそばで育ったものだという。
だから強い。
だが――数は取れない。
乱用も、できない。
「今回、貴重なものを“貸して”いただきました」
フィアさんは、はっきりと言った。
「森がくれたのは、助けじゃありません。
生き延びるための時間を、貸してもらっただけです」
その言葉が、胸に刺さった。
俺は、眠るニケさんを見ながら、
静かに、拳を握った。
* * *
その夜、俺は夜警に立っていた。
手にしているのは、鉄のフライパンと短い棒。
何かあれば、これを叩いて皆に知らせる――
ただそれだけの、心もとない装備だ。
焚き火の前に腰を下ろし、炎を眺める。
ぱちり、と薪が爆ぜた。
(……そもそもだ)
今回のことは、
俺の見通しが甘かった。
そう思わずにはいられない。
ドワーフのドンは言っていた。
「知っておっても、この日数じゃ無理じゃ」と。
――だが。
(あれは……嘘だ)
知っていれば、出来ることはあった。
完璧な塀でなくてもいい。
中央に木製のトゲを並べるだけで、
イノシシの突進は、少なくとも一度は止められたはずだ。
「……ふう」
息を吐き、星空を見上げる。
気がつけば、頭の中で、
あの戦いを何度も繰り返していた。
進軍。
配置。
突破。
修正。
トライアンドエラー。
答えが出るまで、勝手に続く思考。
(……)
ニケさんの顔が、浮かぶ。
きっと、あの人は。
よほどのことがない限り、「大丈夫です」と言う。
それを分かっていながら、
俺は、その言葉に寄りかかっていた。
今朝の表情が、脳裏に蘇る。
「ええ……大丈夫ですよ……」
「……ぷっ」
不意に、笑いが込み上げた。
あの顔で、大丈夫なわけがない。
「大丈夫じゃないですよ、ニケさん……」
笑っているのに、
気がつけば、泣いていた。
「ハルキさん」
背後から、声がした。
振り返ると、
そこにはミーラさんが立っていた。
心配して、様子を見に来たのだろう。
俺は、さっきのことを正直に話した。
笑ってしまった理由も含めて。
話を聞き終えたミーラさんは、
一瞬、目を丸くしてから――
「ハルキさん、ひどーい」
むっとした顔で、頬を膨らませる。
「ぷんすかですよ」
だが、
俺の顔を見て、すぐに察したらしい。
その表情が、ふっと和らいだ。
「……そっか」
少し間を置いてから、
ミーラさんは隣に腰を下ろした。
「今日は、わたしも夜警、つきあうよ」
「ミーラさん……」
焚き火の音だけが、二人の間を流れる。
星は変わらず、
夜は、ゆっくりと更けていった。
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たのんます。




