012 守れたが、壊れた拠点
土埃の中で、イノシシが暴れ回る。
牙が地面を抉り、土と木片が飛び散った。
誰かを狙っているわけではない。ただ、突進の勢いだけが残っている。
「落ち着け……!」
自分に言い聞かせるように、俺は叫んだ。
視界の端で、赤いラインが揺れている。
敵の進軍ルートは、まだ消えていない。
――残存数:通常ゴブリン六。
――イノシシ騎乗ゴブリン三。
「ニケ! タマ! ゴブリン優先!」
「了解!」
「にゃっ!」
猫夫婦が、即座に動く。
イノシシに気を取られていたゴブリンが、
背後から次々と斬り伏せられた。
「ドン! 一歩下がって! ニケたちを守って!」
「おう!」
ドンが、前に出過ぎていた位置から半歩引く。
こん棒を構え、壁となる。
「セイル! イノシシの上だ!」
「分かってる!」
ビィン!
放たれた矢が、一体の騎乗ゴブリンの喉を射抜く。
ゴブリンは、背中から地面へ落ちた。
「――騎乗ゴブリン、残り二」
俺は叫ぶ。
「アタイに任せな」
鋭い声。
狼嫁・ルナが、地面すれすれに滑り込む。
狙うのは、イノシシの首元。
その上に跨るゴブリン。
一瞬。
刃が、閃いた。
ゴブリンの首が、宙を舞う。
イノシシは悲鳴を上げる。
――騎乗ゴブリン、残り一。
「ミーラ!」
俺が叫ぶより早く、ミーラは丸太を持ち替えていた。
「――ふんっ!!」
横殴り。
イノシシと、その巨体ごと――
崖の方へ。
ドゴォォン!!
何かが砕ける音。
重いものが、海へ落ちていく音。
――騎乗ゴブリン、残りゼロ。
静寂。
「……」
「……」
風の音だけが、残った。
「ギィィ……」
最後に残った二匹が、背を向けて逃げ出す。
「待ちやがれ」
ガルドが吠える。
太刀が、振り下ろされる。
ズバッ。
最後の一匹を追おうと踏み出すガルドに、
俺は反射的に叫んだ。
「待ってくれ!」
「……?」
「まず、周囲確認を……!」
一瞬、ガルドは不満そうな顔をしたが――
「……チッ」
舌打ちして、動きを止めた。
戦場に、完全な静けさが戻る。
俺は、深く息を吐いた。
(……生き残った)
視界に浮かんでいた赤いラインが、
霧が晴れるように消えていく。
【鑑定】
――周辺脅威度:低下
――次回ウェーブ:なし
「……やった」
だが――
勝った。
それだけだ。
周囲を見回す。
塀は、中央が完全に崩壊。
土は深く抉れ、木材は折れ、散乱している。
「……ボロボロじゃな」
ドンが、低く言った。
俺は反射的に口を開いた。
「みんな……」
謝ろうとした、その瞬間。
肩に、軽く手が置かれる。
猫夫・ニケだった。
何も言わず、ただ首を左右に振る。
「イノシシがおったのは、予想外じゃったがな」
ドンが顎鬚を触りながら続ける。
「どうせ、分かっておっても、この日数じゃ。
守れる塀など、作れんじゃろうよ」
俺は、何も言えなくなった。
視線が、自然と地面に落ちる。
抉れた土。砕けた木材。
――全部、自分の判断の結果だ。
(……それでも、もっと出来たんじゃないか)
胸の奥に、鈍い悔しさが広がる。
その時だった。
猫夫・ニケが、腕を押さえているのが目に入った。
「大丈夫か?」
「……ちょっと切っただけ」
「全員、生きてる。それだけで……今はいい」
その言葉に、誰もすぐには応えなかった。
安堵した者もいれば、
まだ納得しきれない表情の者もいる。
勝てたことより、
「壊れたもの」や「足りなかった判断」に
それぞれが思うところを抱えたまま――
俺の言葉を、静かに飲み込んでいた。
完璧な勝利じゃない。
最強の村でもない。
それでも――
「……次は、もっと強くしよう」
フィアの魔法が静かに解け、
夜空は再び、本来の暗闇を取り戻していく。
誰に向けた言葉でもない。
崩れた塀を見つめながら、
俺はただ、そう心に刻んだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
この開拓団、
「まあ、悪くないな」
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というか、次のウェーブを考える元気が出ます。
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たのんます。




