甘美な逃避
数ある作品の中から見つけて頂けて嬉しいです。
参考にした楽曲があります。
いつもの放課後、いつもの夕方。ぼくたちは公園で、古びたブランコにゆられる。
今日の役目を終えたランドセルたちは、地面の上に放り出されて少しさみしそうだ。
「そういえば昨日さ、新発売のゲーム買ってもらったんだ。次遊ぶとき持ってくるから一緒にやろうよ。」
足をリズムよく動かしながら、きみに素敵な提案をする。
きみはただ、ブランコをこいでいる。
「ね、遊ぼうよ。明日は空いてる?」
のんびり屋のきみに返事を急かす。
そしたら、きみはぽつりと言ったんだ。
「ねえ。ぼくはこのまま消えたい。」
時間が止まってしまったような感じがして、頭が『?』でいっぱいになる。
ブランコの「ぎぃ」という音だけが、いつもより大きく聞こえた。
どうして?なんかやなことでもあったの?きみが消えちゃったら、もう一緒に遊べないじゃん。
聞きたいことも言いたいこともたくさんあるのに、うつむいたきみの横顔を見たら、口が思うように動かなくって。
「え?きこえないよ。」
だなんて、的外れな言葉しか出てこなかった。
そしたらきみは困ったように笑って、それきり黙ってしまった。
今まできみのこと、何でも知ってると思ってた。友達だから、力になりたくて。
でも、きみがなんで苦しいのかわからない。分かったとして、どうしたらいい?
考え込むぼくに、きみはさっきとは全然違う、明るい声で言った。
「もう、そんなに真剣にならないでよ。嘘だよ!きみがどんなふうに反応するか見たかっただけ。」
なーんだ。嘘か。そうだよね、『消えたい。』だなんて、変だよ。
本当に?
実際、嘘なのかもしれない、いつもの冗談の延長の可能性だって十分にある。だけど、わかるの。
きみの声が、表情が、仕草が、冗談なんかじゃないって、そう言ってるから。
でも、それ以上は聞けなかった。
錆びた鉄の匂いで、鼻の奥がつんとする。
聞けないよ。
だって、君が嘘だって言ったんだもの。
その後は、いつもみたいに学校であったことの話で盛り上がって、笑って。
ああ、良かった。いつも通りの夕方だ。
「あ。」
ぽつりと、水滴が肩を打った。雨だ。
「雨だ!」
「どうしよう。」
声が重なった。見上げると、空は暗い灰色で埋めつくされている。
「このままじゃ風邪ひいちゃうし、もう帰ろっか。」
そう言おうと思った。
でも、言えなかった。君の顔色があんまりにも悪いから。
だから、代わりにこう言った。
「ねえ、このまま、逃げようよ。」
そうして、そのまま手を引いて走り出したのだ。
行き先なんてない。お金もない。
でも、きみをこのまま帰しちゃいけないと思った。きみが、何に苦しめられてるのかは考えもつかないけど、ぼくが味方だって伝わればいいな。
地面を蹴る。運動靴が砂の上をすべって、じゃりじゃりと音が鳴る。
走って、走って、走って、走って。息が切れて顔をあげたら、知らない景色が目に写った。
しばらくの間、二人で空を見上げていた。ぜえぜえという呼吸の音が、だんだんと落ち着いてくる。
「帰り道、分かんなくなっちゃったね。」
ぼくがそう言ったら、きみはとびきりの笑顔で笑った。
濡れたまつげがきらきらと光って見える。
ぼくたちはまだ子どもだから、すぐに大人たちに捕まるだろう。先生にも、ママにもパパにもきっとたくさん怒られる。
きみも、また嫌な思いをするのだろう。
でも、たった一瞬でも、ぼくがきみをこうして連れ出したっていう事実はきっと、消えない。
いつか、パパが言ってた。
「子どものころの楽しい記憶は、大人になってもずっと自分を温め続けてくれる。」って。
「そうやって人は生きているんだよ。」って。
そうなればいいな。
ねえ、そうなればいいね。
ご覧いただき、ありがとうございます。
この作品は、いざという時に友人を助けられなかった私自身の願望でもあります。
幼い子どもが持つまっすぐな勇気を、もう一度つかまえたくて書きました。
大人になった今の私には失われてしまったものですが、そのぶん「言われる前に察すること」や「別の対処法」を知りました。
自分なりの方法で誰かを救えたらいいなと思います。
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