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我が身を案ずることなかれ  作者: 水嶋つばき
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13-1

条約締結後、ボロボロの状態で帰国したエジプト軍。

私はその中で、必死にカエムワセト様を捜していた。

ムワタリとの条約には見届け人がいた。

ラムセス様は、あれだけの奇襲攻撃にもかかわらず無傷でご無事のご様子。

だけど、その隣にいるはずのカエムワセト様のお姿が見当たらない。


「…どこ…どこにいるの?カエムワセト様ぁ…」


涙を堪え、軍をくまなく見渡せど、そのお姿はない。

疲労困憊の色を隠せず、辺りに鉄の臭いが充満する兵たちの姿ばかり。

注意深くラムセス様の近辺に目を凝らしても、その姿は二日経っても見ることはなかった。

不安が過る。

あの奇襲攻撃で、第二隊や本隊にいたとしたら…

生存は望めない。

自分が目にしたものでなければ、信じがたいほどの一方的な殺戮だった。

何度も空を見上げて祈りを捧げ、カエムワセト様のお姿を一目見たいと願った。

戦後七日が過ぎ、エジプト全土の民が、多くの戦死者の為に祈りを捧げるため、大神殿へ集まった。

神官を務めるは、エジプトの最高神ラムセス様。


「我々の同胞が数多く死んだ。その武勇は、我が瞳に焼き付いておる!我が生涯、忘れぬ。さぁ、皆で同胞たちの為に安らかな眠りを祈ろうぞ。」


その隣には、女神のお姿。

なのに、どうして?


「カエムワセト様がいないの?」


平和になったんじゃないの?

いつも通りの日常に戻ったんじゃないの?

大怪我して動けないとか。

そういうことならまだいいほうだ。

もしも…もしも…


「…嫌だ…考えたくない。」


必ず生きているはずだ。

そう思って、カエムワセト様が幼い頃から通っていたエジプト中の神殿を廻り、捜した。

馬を走らせ、船を走らせ、ほんの数日で神殿を廻り尽くした。

カエムワセト様はどこにもいなかった。

戦争が終わり、ラムセス様の御為に働くことなどなくなった。

ネフェルタリ様の側にいる。

ネフェルタリ様の笑顔は絶えないはずだ。

ならば、私はこれからどうすればいいんだろう。

目的も目標もなくなった。

生きるための活力さえない。

ネフェルタリ様に捧げると誓った命なのに、頭の中はカエムワセト様のことだらけ。

一番早いのは、王宮に行き、ラムセス様に直接お聞きすること。

だけど、今の私は王宮の衛兵に門前払いだろう。

どうにか知る方法はないのか?

でも、それ以外の方法はなく、足は勝手に王宮へ向かっていた。


「…門番様…ファラオに謁見したいのですが。」

「……は!?」

「だから、ファラオに」

「バカは休み休み言え!お前ごときが会えるようなお方ではないわ!」

「お願いします。」

「帰れ帰れ!」


どんなに頭を下げても願いは叶わず、ただ時間だけが過ぎていった。

門からちょっとだけ離れた場所に座り、門が開くのを待つことにした。

門番たちに睨まれる視線が痛い。

だけど、根比べだ。

生存が知りたいだけ。

指を絡ませ膝まづきながら、炎天下に祈り続けた。


「…おい。大丈夫か?」

「…大丈夫です。もうお願いしたりは致しません。ここで大人しく待つだけなら宜しいですよね?」

「…とにかく水を飲め。ほら。」

「…ありがとうございます。」

「下々の者への謁見は、特別許可がない限り無駄だぞ。お前も重々承知していよう?」

「はい。存じております。」

「ファラオにはお会いできぬ。お前を王宮に通さないことが俺たち門番の役目だ。」

「だからお願いした次第にございます。」

「…ちなみに用件は?」

「ファラオにお聞きしたいことが一つだけ。ファラオしか分からないことゆえ、謁見を申し出ました。」


いろいろ話し掛けてくれた門番。

しかし、平行線のまま夜になり、朝となる。

一睡もせずに朝を迎えた。

あまりにもきれいに輝く太陽を見て、自分の心の暗さが一層分かる感じだった。

富んだものにも貧しいものにも

身分があってもなくても

同じように日は人を照らしていく。

その勢いで、すべての人間の心までも照らしてくれればいいのに。

そう思って朝日に向かい目を閉じる。

指を絡ませ膝をつき、大地にひれ伏した。


「ラー神、トム神を始めとするすべてのエジプトの神々よ…どうか我が夫を守りたまえ…

そして、私に会わせてください…」


身体の水分がひれ伏したことにより下がったのか、目から止めどなく流れ出す涙。

それが地面に落ち、大地へと吸い込まれてはまた落ちる。

どれくらいの時間、ひれ伏していたのだろう。

顔中熱く重く感じ、頭痛もし始めた頃だった。


「…跳ねっ返り娘。やっと戻ったか。」

「……!!!」


その声に飛び起きた。

城門の手前にいるは、ラムセス様とネフェルタリ様。

そして、私の目の前に膝をついて座るは、カエムワセト様。


「カエムワセト様…!ご無事だったのですか?」

「私が死んだとでも思ってたか?」

「だってカエムワセト様のお姿が」

「この…バカ妹ーーー!!!」


パァアーーーーン!!!

目の前にある光景が信じられず、カエムワセト様だけを見ていた為に気付くのが遅れた。

ツカツカと大股で歩いてきたネフェルタリ様に、平手打ちをされた。

思い出す、以前の出来事。

やっぱり同じように私を抱き締めた。


「もう!お前はどれだけ心配をかけたら気が済むのか!戦場にて見たとラムセス様から言われたとき、私がどれだけ祈ったことか!」

「ネフェルタリ様…申し訳ございませぬ…」

「許さぬ!二度も私から離れて!絶対に許さぬ!

……ぅわぁああーー!!ムトナぁ…無事でよかった!!ムトナ!!」

「…ネフェルタリ様ぁ…」


また、抱き締め合って再会を喜んだ。

さっきまでの悲しみや苦しみの涙ではない。

嬉しい涙に変わっていた。


「ネフェルタリ。お前という奴は!全く…」


と、ラムセス様がネフェルタリ様を引き剥がし、ご自分の胸の中に抱かれた。

それを見てクスクス笑っているカエムワセト様。


「ワセトのことも考えてやれ!主がこうだと従者も跳ねっ返りになるのがよく分かるようだぞ。」

「……う……」

「ムトナのことになれば、なぜこうも周りが見えぬのだ。立場を弁えよと申しておるだろうが。」

「…はい…」

「それからムトナ。」

「はっ!」

「これの涙を思えば、以降、王宮を離れることは許さぬ。ネフェルタリの側で仕え、ワセトに尽くせ。よいな。」

「………はっ。」

「後で大広間に来い。皆で晩餐だ。お前たちもよく報告に踏み切ってくれた。礼を言う。ワセト、後は頼んだぞ。」

「はっ。」


ラムセス様はネフェルタリ様をお連れになって王宮へと入られた。

お姿を見送ったあと、チラッと見上げれば、カエムワセト様と目が合った。


(…うわっ!)


なんか恥ずかしい!!

そう思い、視線を逸らせ門番たちの方へと駆けた。


「ファラオにわたくしのことをお伝えくださったのですか?」

「…ああ…実際には衛兵の長にだが…しかし、お前は何者だ?…ファラオや皇后様…カエムワセト様まで親しき風だったが…」

「あ…えっと…幼馴染みです。」

「うつけ者。こういうときは、身分を明らかにすればいいのだ。男のなりをしてはいるが、これは私の妻だ。」

「「………えええぇっ!?」」

「訳あって王宮を離れていたが、これまでずっとネフェルタリ様の侍女として仕えてきた。本日より再度ネフェルタリ様にお仕えするゆえ、顔を覚えておけ。」


スッと私の隣に立ったカエムワセト様は、顔を覆っていた布を取り、門番たちに見せた。

妻だと知り絶句した門番たちは、ずっと固まったままで。


「ムトナ。こちらへ。」


促されて王宮内に足を踏み入れた。

皇太子殿も豪華だったけど、ここは異次元の世界のようだった。

すべてが光り輝き、壁も床も宝石で出来ている。

過去のファラオが、自分の権威と荘厳さの象徴として飾った王宮。

声を失うほど、きらびやかな世界だった。


「…こっちだ。ここが私の部屋。」

「……………」


皇太子殿にあった部屋の倍はある。

だが、とても質素で落ち着きのある部屋。

キョロキョロしていると、カエムワセト様のクスクス笑いが聞こえてきてハッとなり平伏する。


「…どうした?面を上げよ。」

「いえ。…あの…今までどこにいらっしゃったのですか?」

「ずっと王宮にいたが?」

「心配しました!急にラムセス様のお隣から姿が消え、もしやと思って…!」

「お前が帰ってくるのを待ってたんだ。」

「…え?」

「カデシュで直ぐに戻れと命令しただろう。」

「そうですが、戦地にて戦っているお姿を拝見しておりました!」

「カデシュを包囲するまではな。」

「え?」

「お前が情報を持ってきて直ぐにラムセス様に提案を申し上げた。伝令が間に合った場合と間に合わなかった場合。結局間に合わず壊滅した隊もあったが、ヒッタイトの奇襲を受けたと同時にラムセス様の許から伝令が走った。」

「また伝令?………あ!ベシナンテ!!」

「その通り。奇襲攻撃されたら直ぐベシナンテの軍を援軍にと申し上げた。挟み撃ちになる形を取れば、勝機はあると。カデシュ城塞に身を潜めたムワタリを見て、私は兵を介抱する方へ回り重傷者と共に帰国した。」

「そこで帰国?…でも、大神殿での祈りでもお姿はございませんでした!」

「ああ、それはお前への罠だ。」

「……え?」

「直ぐに戻れと申したのに、帰ってもお前の姿が見当たらず。帰る気はないのかもしれぬと思った。やっと見付けたお前を逃がすわけにはいかない。だから、帰国したラムセス様に進言した。私が公の場から姿を消せば、どこからか見ているお前が変に思い、必ず王宮へ訪ねに来ると。」

「……ッッ!!」


やられた。どれもこれもカエムワセト様の策に嵌まっている。

情けないやら、悔しいやら。

チラッと見上げれば、ニヤリと笑みを浮かべたカエムワセト様。


「…してやったり。」

「…う!……申し訳ございませぬ…」

「お前に私は越えられぬ。」

「はい…」

「しかし誤算だった。こんなにお前の戻りが遅いとは思わなかった。何をしていた?」

「…カエムワセト様を捜しに…」

「…え?」

「エジプト中の神殿を廻って…ラムセス様のお隣からいなくなったから…カエムワセト様がまた神殿へ通い始めたかと思って…」

「……………」

「どこにもいらっしゃらなくて…悪い予感が頭を巡り…途方に暮れておりました…」

「……ムトナ……」

「ご無事で良かった…カエムワセト様…」


事情を聞き、無事を知り、今度は安堵の涙が溢れた。

この数日、生きた心地がしなかった。

自分の半身を失ったような、そんな気分だった。


「…私もだ。」

「……え?」

「今のお前の気持ちを私も味わった。」


思いもよらぬ言葉に目を丸くした。


「…これを覚えているか?」


そう言って差し出されたのは、後宮を出る前にネフェルタリ様へ宛てた手紙。


「…あの日、ネフェルタリ様はお前を思って私を怒鳴り付けた。お前が出ていこうとしていると聞き、パニックになりかけた。…この私が。」

「……………」

「止めるために後宮へ向かったが、お前は既にいなくなっており、代わりにこの手紙があった。

…お前を失った。自分の行いでお前を傷付け、自分のせいで消えたのだと。襲ってくる喪失感は、胸を引き裂かれるほど苦しいものだった。」

「カエムワセト様…?」

「部屋に戻り、お前の姿がないという現実に立ち向かっていた。お前はもう、私の生活の一部だ。」


私に近付き、床に腰を落として正面に向き合う。

両頬を温かい手で包まれ、ご自分の方を向くように促された。


「罪深き私を許してはもらえぬか?」

「……………」

「私の側に戻ってきてくれ。ムトナ。」

「…あの…」

「結婚した当初から、我が心にネフェルタリ様などいない。いるのはお前だ。お前が心に住み着いて離れない。」


……ちょっと……待った。

頭が追い付かない。

ネフェルタリ様などいない?って何?

お前が心に住み着いてって何?

カエムワセト様は、ネフェルタリ様が好きで。

でも、思いをずっと胸に秘めてて。

私のことは努力して愛するって…

努力された愛ってこと?

それとも本当の愛?

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