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一方、本殿に着いたネフェルタリは、怒り狂っていた。
大きな本殿で声の限り叫ぶ。
「カエムワセト!!どこにいる!!出てきなさい!!カエムワセト!!」
騒ぐネフェルタリを見て、衛兵がオドオドし始めた頃、ラムセスの書斎にてカエムワセトを見付ける。
「ネフェルタリ!どうしたの…だ?…おい。俺を無視するな!」
「ラムセス様は黙っててくださいませ!!カエムワセト!そなた、わたくしの妹を殺すつもりか!!」
「「……は!?」」
「不義は働いておらぬ!お前も知っての通り、ムトナはお前を一心に愛しておる!何ゆえ殺そうとするのだ!嫉妬も大概に致せ!」
「ネフェルタリ!落ち着け!…ワセト平気か。」
「…はっ。」
カエムワセトの胸ぐらを掴み押し倒す。
カエムワセトは抵抗することもなく、されるがままになっていたところ、ラムセスに引き剥がされた。
「この跳ねっ返りめ。何を怒っている。」
「ラムセス様は黙ってて!カエムワセト!ムトナを殺したら私がお前を殺してやるわ!!」
「…我が妻を手にかけようなど、考えたことなどございませぬ。」
淡々と話すカエムワセトに、ネフェルタリの戦意が一気に喪失した。
それを見てラムセスがネフェルタリの拘束を解く。
ピタリと停止したネフェルタリの頭に、軽く拳が落ちてきた。
ムトナが言った斬り殺されるというワードだけを抜粋していたことに気付いたネフェルタリは、少し赤くなって俯いた。
しかしそれも束の間で、再度カエムワセトに迫る。
「昨夜は大層激しい夜だったようですね?カエムワセト。」
「……………」
口元を押さえ、小さく横を向いて頬を赤くしたカエムワセト。
しかしネフェルタリには、それがイラッとした仕草だった。
「おのれ!ムトナが一日中泣き暮らしておるというに、お前という奴は…!!」
「ネフェルタリ!落ち着け!夫婦だろう?妻を抱いて何が悪い?」
「悪いです!カエムワセトは怒りのまま乱暴に妻を抱くのが趣味なのですか!怒りを被ったから斬り殺されるのも時間の問題だと、ムトナはわたくしに申しておりました!暇が欲しいと!この結婚はするべきではなかったと!泣きながら言っておりました!遠くから支えた方が良いと!…ムトナをお止めくださいませ!ラムセス様!」
「……何!?」
涙ながらの訴えに、ラムセスは驚愕した。
それ以上に驚愕したのは、他でもない、カエムワセトであった。
「そなた、寝所に入ってからも怒り任せに抱いたな?許さぬと何度も言われたと、ムトナは傷付いていた。わたくしの勘違いであったのか?そなたがムトナを愛し始めたと思っていたのは!」
「ま…間違いではございませぬ!」
「だったらなぜ!」
「……ッッ!」
「言い訳さえ出来ぬか!…あの子にとって、昨夜は大切な日になったはずだ。そなたから愛された初めての夜なのだから。なのに…愛の言葉さえ囁いてやれぬものなのか?傷付けることしか頭になかったか?シンアブビルハには、何度も断ったと言っていた!それを信じてやれぬものなのか?」
「……………」
「そなたが心を開きムトナに愛を語らねば、ムトナの心さえ開けぬとまだ分からぬか!そうやって妹を傷付け、奪うのか?」
「シンアブビルハ!?どうして奴が出てくるのだ?どうなっている?」
「ラムセス様は黙っててくださいませと申しております!
…カエムワセト。今、ムトナは後宮のわたくしの部屋におる。目を腫らし必死に耐えておる。お前が行かねば、二度とお前の前にはムトナを出さぬ!結婚も終わりです。」
「嫌です!ムトナは私の妻です!」
「……ムトナを心から思っているのだな?」
「はい。」
「……ならばついていらっしゃい。」
ネフェルタリは後宮への足取りが軽く、ラムセスとカエムワセトは必死でついていった。
歴史上、稀に見る主従の関係。
主が従を守ることなど、王家始まって以来の出来事であった。
ラムセスはそれを温かく見守っていた。
ネフェルタリが自分以外のことでここまで怒ることなど見たことがなかったからだ。
昔から知っている二人の絆は、大人になってから一層深く太いものになったと感心していた。
…だが。
「…ムトナ、お待たせ。……ムトナ?ムトナ!」
ネフェルタリの部屋にムトナの姿はない。
捜し回るネフェルタリを他所に、机に置かれたパピルスに気付いたラムセス。
それを読むとカエムワセトに手渡し、ネフェルタリを抱き締めた。
「今回はお前の失態だ、ワセト。」
「……はっ。」
「お前が責任をもって捜し出せ。よいな。」
「はっ。」
それを聞き、ムトナが去ったことを知ったネフェルタリは、ラムセスの胸で声を上げて泣き崩れた。




