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我が身を案ずることなかれ  作者: 水嶋つばき
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「ネフェルタリ。入るぞ。」


ネフェルタリ様との大切な時間を過ごして大分時間が経った頃、ラムセス様の声がドアの向こうに聞こえた。

入室されたラムセス様とカエムワセト様。

直ぐにネフェルタリ様の許を離れ、ドアの前にいるカエムワセト様の少し後方へ控える。


「…久し振りの時間はどうであったか?」

「とても楽しい時間でした。」

「そうか。良かった。」


和やかな雰囲気。夫婦として過ごされた独特の雰囲気だ。

しかし、その状況が一変した。

パァァーーーン!と、先ほど私に与えられた衝撃の時に聞いた音が響いた。

ネフェルタリ様がラムセス様を睨み、その頬を殴っていた。


(いけない!!)


ネフェルタリ様と言えど、相手は皇太子殿下。


不敬罪で極刑もあり得る。

その場で斬り殺されても可笑しくない。

お側へ向かおうとしたが、胸の前に横から手が出てきて行く手を遮られた。

見上げるカエムワセト様は、小さく首を振り、見守れと促す。


「…ムトナの鞭の痕は、あなたの仕業ですね?」


暗く、低い声。

ラムセス様のことは話してないのに、言い当てられて驚愕した。

元々、些細な物事に対して着眼し、頭の良い言動をされたお方だ。

いろんなことがご理解に結び付いたのだろう。


「お答えください。あなたがムトナを鞭打ちしたのですね?」

「そうだ。」

「…なぜですか?」

「鞭打ちの理由など、罪を犯したからであろう。こいつは我が命令を無視し、身重のお前を苦しめた。それに対して謝る気はない。しかし、ムトナを追い詰めたのは俺だ。存分に恨むがよい。」

「…私に嘘までつくとは…ムトナはこうして生きているではありませぬか。ムトナがいなくなり、あなたが私に嘘をついて…わたくしはこの二つ以上に悲しいことはございませぬ!」

「…悪かった。すまぬ、ネフェルタリ。」

「許せませぬ!わたくしの大切なものを傷付け奪った!許せませぬ!!」

「……すまぬ。」


ネフェルタリ様は大粒の涙を流され、ラムセス様の胸を叩いて思いをぶつけていた。

ラムセス様は黙って拳を受け止めておいでだった。

沈黙の中、啜り泣きに変わったネフェルタリ様が口を開く。


「…それでもあなたを嫌いになれない自分が憎らしく思います。」

「…ネフェルタリ…」

「あなたがわたくしを愛してくれたがゆえの行動だと存じております。ムトナだって、わたくしやあなたの名が堕ちぬようにとわたくしの側から離れたと存じております。カエムワセトも、きっとムトナを止めたことでしょう。」

「……………」

「誰もが皆、自分ではなく他人を、仲間を、家族を思って行動した結果だと存じております。何もせず、自分のことばかりだけを考えていたのはわたくしだけです。」

「ネフェルタリ…そのようなことはない。」

「…わたくしが一番の罪人なのです。…この罪はどう償えば宜しいのですか?ラムセス様にも…冷たく当たり、カエムワセトにもムトナにも苦しみを与えたわたくしは…」

「俺の側にずっといてくれ。それだけでよい。」


優しい声色で呟き、ラムセス様はネフェルタリ様を抱き締められた。

本当に素敵なご夫婦だ。

胸が熱くなるほど、固い絆を感じた。

大事にならなくて安堵し、カエムワセト様の方を見て意を求める。


「ーーーーッ…!」


昔、胸の奥に封印したはずのものが疼いた。

抱き締め合うお二人を見つめるカエムワセト様の目が…ラムセス様と同じだった。


(カエムワセト様…ネフェルタリ様が好きなんだ)


絶対に知られてはならぬ思い。

絶対に言ってはならぬ思い。

胸に秘めて、自分だけが知る恋心だ。

ズキンズキンと自分の胸まで痛んだ。

私だって好きになった相手はいた。

だけど封印して、恋を捨てた。

その相手が、目の前でとても切ない顔をされて苦しんでいた。

私の恋心は届かず、そして敗れたことを知る。


「ネフェルタリ。ムトナは側に置くつもりか?」

「…渋っておりますゆえ、困り果てているところです。」

「呆れたぞ。ムトナ、お前は自分の主人にも逆らうつもりか?」

「…え?いえ、そんなことはありませぬ。殿下と妃殿下のお名が汚れてしまう理由がわたくしだということを自分で許せませぬ。」

「だから自分で汚名は雪ぐと申しておろうが。頭の硬い奴だな。」

「…ホントに。おバカさん。」

「ネフェルタリ様まで…」


お二人からそう言われて、恥ずかしくなって俯いた。

ネフェルタリ様の思い

ラムセス様の思い

カエムワセト様の思い

自分自身の思い

それぞれの思いがあり、結び付いた思いもあれば叶わぬ思いもある。

それを頭で考えていると、ラムセス様が発言された。


「ムトナ。お前が気にしているのは傷のことか?それとも身分か?」

「どちらもです。」

「…ネフェルタリ。いいことを思い付いた。」

「まぁ、何でしょう?」

「カエムワセト。お前、ムトナを嫁に貰え。」

「「……………は!?」」


意表を突く発言に、私もカエムワセト様もポカンとなった。


「お前の嫁も見付けねばならぬと思っていたところだ。器量がよく、お前を愛し助け、ネフェルタリにも心から仕えることの出来る女を捜していた。灯台もと暗しだな。理想の女が目の前におったわ!はっはっはっ!」


(…はっはっはっ!…じゃない!!)


顔から火が出そうだ。

急に何をおっしゃるのだ。このお方は。


「皇太子殿下!お…お待ちくださいませ!」

「何だ。また反抗か。」

「わたくしとカエムワセト様の気持ちは…!」

「長い間共に過ごしてきた。気心も知れておろうが。問題はない。ワセトは身分もある。結婚すれば、お前も同じ身分だ。後宮で侍女としてネフェルタリに仕える者として、誰も文句は言えまい。」

「ラムセス様!ご英断だわ!」

「だろう?惚れ直したか?ん?」

「はい。」


(そこ!イチャつかないで!!)


「皇太子殿下!ネフェルタリ様!お待ちくだ」

「畏まりました。ムトナと結婚しましょう。」

「は!?カエムワセト様まで何をおっしゃいますか!ちょっと待ってください!」

「主人からの命令ぞ。」

「…!…こちらへ!!」


私たちを見て、終始笑顔のお二人をそのままに、カエムワセト様の腕を引き部屋を出た。


「カエムワセト様!お気は確かですか!」

「…確かだ。」

「頭が眠っておられるのでは!?」

「失礼な奴だな。起きておるわ。」

「だったらなぜ御意を示すのですか!」

「だから、主人からの命令を聞いただけであろうが。…お前となら夫婦として生きていけるだろうし、問題ない。」


私としては嬉しい気持ちがある。

だけどカエムワセト様は事務的であり義務的だ。

そんな結婚、望んでいない。

そこで、一番痛いであろう言葉を貫く。


「…カエムワセト様。ネフェルタリ様を愛しておいでなのでしょう?」

「…ッッ!!」


今まで見たことない表情。

頬を赤らめ、耳まで赤くなった。

いつもは冷静でいるお方が動揺されている。


「そこまで…愛しておられたのですね…」

「……ムトナ…?」

「その苦しみ、わたくしには分かります。」


なぜ今まで気付かなかったのだろう?

胸の奥に封印した思いが溢れたさっきの出来事。

そして、今確認したカエムワセト様の思い。

自分の思いの行き場がなくなった気がして涙が溢れた。


「カエムワセト様のお心は、必ずお守り致します。結婚することはありませんよ。」

「ムトナ!待たれよ。…お前…」


涙の理由が分かったのか、私を引き止めた。

…そうされることが一番辛い。


「大丈夫です。お任せくださいませ。」

「ムトナ!」


制止を振りきると、再度部屋に入りひれ伏す。


「皇太子殿下、妃殿下。申し訳ございませぬ。そのご命令はお受けできかねます。」

「また始まった。…なぜだ?」

「わたくしは既に手付きの身にございます。」

「………な……何だって?」

「お屋敷を出て身を癒し、持ち金が底をつきました。日々の糧を得て生きるため、そしてテーベに戻るために娼館にてお金を作りました。この身を売って稼いだのです。手付きの身のわたくしが、カエムワセト様の妻になどなれませぬ。」

「…なんてこと…!」

「ムトナ…そんな…嘘でしょ?嘘って言って…」

「真にございます。」


ショックを与えると分かっていながらも、言わずにはいられなかった。

辞退は正当な理由。

純潔でない者は、貴族に嫁ぐことは出来ない。

これでいい。

カエムワセト様のお心は守られたはずだ。

恥をしのび、上げられない頭をそのままに時間が流れた。

その沈黙を破ったのも、やはりネフェルタリ様。


「…ムトナ…私の側にはいれぬが、せめて近くにいようとテーベに戻ろうとしたのだな?どれも私のせいね…辛かったわねムトナ…ゴメンね…許してムトナ…」

「姫様のせいではございませぬ。わたくしが決定したことです。謝るのはおやめくださいませ。」


ネフェルタリ様の言葉にやっと頭を上げられた。

お顔を見れば、また涙が瞳いっぱいに溜まっていた。

笑顔で返すとそれが溢れ落ち、布で滴を掬い取った。

その肩越しでは、ラムセス様が腕を組みニヤリと笑みを浮かべてカエムワセト様を見ていた。

そして、口を開いた。


「……だそうだ。ワセト。」

「そうですか。」

「何か申すことはあるか?」

「何か…とは?」

「フン!お前、何か心を固めたことがあるだろう?顔に出ておるわ。」

「そうですか。では一言だけ。…手付きの身であろうが、私が了承していれば結婚に問題はないかと。」

「……!?」

「その通りだ。…ムトナ。お前は法を奥深く調べることを勧める。」

「ど…どういうことでしょう?」

「お前が言う言葉は、全部覆されたってことだ。そして、ワセトはお前を嫁にすると決意したということ。ゆえにお前は身分が高められ、後宮で妃殿下付きの侍女としてネフェルタリの側で仕えるのに何の支障もなくなった。俺やネフェルタリの名が汚れることさえないのだ。文句はあるまい?」

「……!?カエムワセト様!!」

「私では不満なのか?」

「は!?…決してそのようなことはございませぬ!しかし!」

「だったら嫁に来るのだ。今からお前は私の妻だ。よいな?ムトナ。」

「……ね…ネフェルタリ様…!」

「おめでとう!ムトナ!幸せになるのですよ。」

「……ネフェルタリ様ぁ……」


パニックになり、ネフェルタリ様に助けを請うも、晴れやかな笑顔で祝福された。

こんなことって…あり得ない。

トントン拍子に結婚が決まり、ギャーギャー叫んでいると、今度はカエムワセト様に手を引かれて部屋を出た。

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