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我が身を案ずることなかれ  作者: 水嶋つばき
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それから三日かけて馬を走らせ、国境の街へと到着した。

さすがは国境。物珍しいものがたくさんあり、交易が盛んだと分かる。

しかし、やはりミロゲラルダ一家の言う通りかもしれないと思ったのは、あまりに少ない人通りだったから。

そこで、酒場に入って情報を集めることに。


「…ワインを。」

「はいよ。」


時間的に考えても、酒の量を見ても、いつもはもっと賑わっていると思う。

だけど、そこには7人の客しかおらず、ガラーンとしている状態。


「お待たせ。兄ちゃんは初めてだね。」

「はい。今日ここに流れてきました。」

「流れ者か?どこから来た?」

「上エジプトです。国境付近だと商売に適してるかと思ったけど…赤字みたいだね。」

「ハハッ!痛いところつくなぁ!ボウズ。」

「これじゃ店も出せないね。…いつもこんな感じ?」


とぼけた雰囲気で状況を聞き出す。

マスターはそう言うと、少し顔を曇らせた。


「ほんの数日前までは賑わった街だったよ。」

「そうなの?歩いてても人が少ないって思ってたけど。」

「突然街から人が消えたんだ。…ボウズもここから立ち去った方がいい。」

「どうして?」

「今、エジプトとヒッタイトが緊迫状態にあることを知っているかい?」

「うん。また戦争するんだよね?」

「そうだ。この地が開戦の地になると聞いたんだ。みんな知ってて、この街から逃げていった。」

「…誰から聞いたの?」

「ヒッタイトから帰ったエジプトの斥候と名乗る男たちだった。」


(…斥候?ラムセス様!)


それを聞き、ラムセスの部下が裏切りを働いているのではないかと心配になった。

しかし、直ぐに理性が働き待ったをかける。


「…その斥候たちってもういないの?」

「いや、街の北の宿に泊まっているはずだ。」


(…やっぱり!)


考えたのは二つのパターン。

一つは噂を流しているのがエジプトの斥候。

もう一つはヒッタイトの斥候。

この場合、留まっているという怪しい斥候は、ヒッタイト側になる。

エジプトの斥候がエジプト領土にて留まる理由なんかない。

ヒッタイトの斥候と言うより…先見隊だ。


「マスター、マスターは逃げないの?」

「私はこの街で生まれ育った。ここ以外に死ぬ場所なんて見付かるもんか。」

「そっか。でも気を付けてね。」

「ああ。ボウズも気を付けるんだぞ。」

「ありがとう。…ごちそうさま。」


支払いを済ませ、草むらで酒を吐き出すと、北へ向かって歩く。

宿屋を一件一件尋ね、12件目の宿屋で見付ける。

馬は馬屋へつれていき休ませるのが普通なのにただ棒に繋ぐだけとか。

斥候のくせに窓を開け放っているとか。

些細なことにレベルの低さを感じる。

暗闇と木を利用し、泊まっている部屋を外から覗いてみる。


(二人…馬も二頭だったからここに来ている斥候は二人で間違いないな)


ラムセス様とカエムワセト様のことだ。

私が示した合図を見て兵を向かわせたはず。

ならばこいつらは私が相手しても問題ない。


「でもさすがだよな。」

「何が?」

「鉄だよ。あんな方法で使うとは。ムルシリ陛下もムワタリ殿下も考えることが違う。」

「シッ!声がでかい!誰に何を聞かれてるか分からないだろ。言葉を慎め。」

「すまん…」


(…鉄だって!?)


漏れた声に瞬時に反応した。

この時代は青銅器時代。

鉄は貴重なものであり、当時のオリエントは鉄を征する者は世界を征すとまで言われたほどだった。

その強度は青銅器より遥かに優れ、どんな強剣より小さな鉄剣が勝っていた。


この会話は、ヒッタイトが鉄を持ち、製鉄法を修得したという情報だったのだ。


「…その話、詳しく聞かせてもらおうか。」

「誰だ!!」


行く先々で得られる情報は、エジプトを不利にさせていくものばかり。

イライラした心をぶつけるように、斥候たちの前に出た。

斥候だと名乗る男たちは、私の姿を確認すると直ぐに剣を抜いた。

それを見て地面に降り、上から見下ろす男たちの前で彼らの馬を放った。

慌てふためいた男たちは、その宿から出てきて私と対峙した。


「…お前!何をするんだ!」

「その言葉、そのまま返す!」

「何だと?」

「エジプトの裏切り者と思ったが、どうやらヒッタイトの犬だな。何しに来た?」

「…こいつ…!!」

「ヒッタイトは何を企んでいる!」


大声で怒鳴り合う私たちの声で、街の人たちがわらわらと出てきた。

周囲を囲まれる形で、二人対一人の剣が睨み合う。


「…鉄の話、我が領土にて口を滑らせるとは大した斥候だ。お前たちは本国へは帰れない。覚悟しろ。」

「柔剣で何が出来る!」


二人纏めてかかってきた。

カエムワセト様から頂いた短剣を振りかざす。

間合いはこちらが不利。

だけど、ラムセス様やカエムワセト様に鍛えてもらった短剣での戦い方。


《長剣を持っていると、初手はほぼ上から振り降ろす。つまり、懐ががら空きになる》


振り降ろそうと剣を構えた相手。


《しっかり動きを見ていれば、間合いが悪くとも懐に入り込むタイミングが分かる。》


頂点に剣が止まった瞬間一気に間合いを詰めた。


《あとは一撃必殺。相手を動けなくさせるか殺すかの方法をとる》


こいつらから聞き出さねばならない情報がある。

ならば、正しいのは前者。

腰を十分に落とし回転を加えながら、相手のみぞおち深くを蹴り飛ばした。

同時にもう一人は太刀筋を見切って短剣で受ける。

剣を払うと同時に懐に入り、死なない程度に胴体部分を斬りつけた。


「…よっぽどの雑魚だね。さぁ、吐いてもらうよ?お二人さん。」


悶絶する男たちを見下ろして詰め寄ろうとしたとき、複数の蹄が聞こえてきた。


(さすがラムセス様!)


予想通り、ラムセス様が早々に送り込んだ兵だった。


「なんの騒ぎだ!そこを退け!!」


送られた兵は、ラムセス様の兵でも優秀とされる戦車隊の副隊長。

敵視察を兼ねての先見隊。


「あのボウズが大人に喧嘩売ってたんです!」

「ボウズ?どこにいる。」

「あそこに!」


騎馬から降りた副隊長が、ゆっくりこちらへ向かってくる。

その場で平伏し、私の前に立った。


「ボウズ、面を上げよ。」


見上げると、鋭い目が突き刺さった。

沈黙のうちに何かを探られている。


「…ボウズ、なぜ喧嘩が始まったのだ。」


…と言われても、住人たちが見守る中、本当のことを言えばパニックになる。


「急に剣を抜かれました。僕は何もしてなかったのに…喧嘩を売ったのはそっちの方です。」

「それで二対一の喧嘩に勝ったのか。」

「こいつらが弱いだけです。」


低い声で取り調べをされ、威圧を与えられているが冷静に言葉を返す。


「その二人を見張っていろ!」

「はっ!」


部下に命令したと思ったら、急に胸ぐらを掴まれ、引き摺るように人の群れから離れていく。


「何をするんですか!僕は悪くない!」

「黙っていろ。」

「殺すならみんなの前で殺せ!」

「黙っていろと言っている。」


少し離れた場所に生えていた大きな木に投げ出されると、片手で首を締められた。

だが、呼吸が出来る。痛くもない。

…と、もう一つの手で胸の辺り、さらに降りて股間を触りだして、思わず声が出そうになる。

両手で口を押さえ、声を殺した。

それを見た副隊長殿。ニヤリと笑みを浮かべた。


「ボウズの正体は女か。」

「…ッ!」


そして、顔を隠していた布を取られた。


「…頬に深い傷、女。それでいて行動力が優れ、言葉の駆け引きもする。聞いた通りだな。答えよ。お前がヤンか?」

「…!!」


ヤンという架空名をご存知なのはカエムワセト様だけだ。

副隊長は、カエムワセト様から情報を聞いてここへ来たと悟った。


「…恐れ入りました。左様でございます。わたくしがヤンと申す者にございます。…副隊長殿。」

「なんと。私まで知っているのか?大したやつだ。」

「ラムセス軍戦車隊副隊長のマリンダ様とお見受けいたします。」

「その通りだ。」


首から手を離すと、顔を隠していた布を元通り巻き直した紳士の一面を見せた。

鋭い目から一転、少し穏やかな目になった。


「お前のことは聞いている。…あれは何だ。」

「エジプトの斥候と偽ったヒッタイトの斥候でしょう。」

「噂は本当だったのか。」

「はい。マリンダ様、直ぐにテーベに遣いを送り、カエムワセト様にお伝えください。ヒッタイトは鉄を所有した模様。製鉄法を修得し戦の準備をしていると。」

「何!?あいつらがそのように告げたか?」

「盗み聞き致しました。締め上げれば、更なる情報を得られるかと。」


こいつらは捕虜として連れていき、ラムセス様の監督の元で知っていることを吐かせるべきだ。


「副隊長殿、皇帝ムルシリ、その息子のムワタリは、鉄を使って何かを作ったかもしれませぬ。」

「何を?」

「鉄剣は間違いないでしょう。その他に何かあると思います。」

「その根拠は?」

「彼らがべた褒めし感動するほどでした。鉄を手にした国を治める誰でもが考える鉄剣を越えるものを考えたのでしょう。憶測ですが、今は情報がすべての時期です。彼らを締め上げて吐かせるのと同時に、わたくしが確かめて来ましょう。」

「何だと?それはできぬ!」

「グズグズしていたら、ヒッタイトに攻め込まれますぞ。」

「ヤン、お前を見付けたら連れ帰れと命令を受けている。共にテーベへ戻るのだ。」

「マリンダ様!お考えください!この街の現状を見て、何か感じることはございませぬか!」


連れ帰れという命令を聞き、瞬時に叫んだ。

恐らく時間は少ないだろう。

頭の警戒音が鳴り響く。

私は動けるのだから、少しでも役に立つべき。

この戦争が終われば、皇太子即位の儀が待っているのだから!


「どういうことだ?説明せよ。」

「この街の住人は、彼らの噂に恐れおののき街を出ていったそうです。なのに彼らは滞在していた。彼らは斥候ではなく、マリンダ様同様に先見隊でしょう。シリアが我らの中心にあるとはいえ、ヒッタイトの属国。ヒッタイトはシリアまで進軍しているのではないでしょうか。」

「……!」

「エジプト領土へ容易く進行するためと考えれば、我々は遅れをとっていることになります。取り調べはカエムワセト様を始めとする方々にお任せし、各隊長たちの進軍をラムセス様に進言するべきです。」

「……………」

「出来れば斥候を送り、敵の視察と鉄の使用方法を探るべきでしょうが、この件でラムセス様の不信感は大きくなったことでしょう。それならばわたくしが偵察して参ります。国境にいるわたくしが一番早く動ける斥候にございます。」

「いや、しかし!お前は女であろうが。女を戦場に向かわせるなど!」

「女だからこそ適任でございます。ヒッタイトも同じ考えのはず。それに、わたくしがエジプト人と露見されたとしても、言い逃れることは容易いかと思われます。」

「何?」

「わたくしの傷をご覧になられたでしょう?あれは全身にございます。エジプトの苦役や扱いに耐えられなくなった奴隷が逃げ出した。そう思わせることができます。」


一番良い策。マリンダ様だって直ぐにご理解された。

だが、命令に背くことは死を意味する。

自分の死か。それとも国の敗退か。

軍人ならば、価値の違いも理解できるだろう。

狡い方法で言葉を並べ、首を縦に振らせる。


「分かった。お前の思う通りにせよ。」

「ありがとうございます。」

「…カエムワセト様が執着されるわけだ。ほんに賢きおなごだ。」

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