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我が身を案ずることなかれ  作者: 水嶋つばき
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(…よし、行くか)


ラムセス様のことだ。

この件を早く知った上で、戦いに向かいたいのだろう。

戦いから戻られたときは、ラムセス様の皇太子即位の儀が待っているはずだ。

それを確証付けるは、ラムセス様の士気も違ってくるだろう。

開戦前に報告をしなければいけない。

急ぎ紅海へと向かって出発するため、旅の準備をしに街へ足を向けた。

まずは馬の調達。

それから服と食料。


(有り難く使わせていただきます)


カエムワセト様から頂いた貴重なお金を使い揃えると、まずは男の格好で身を扮する。

女の一人旅の危険さは分かっているつもりだ。

胸を隠すために布で巻き、仕上げにマントをつける。

それからホウジュから貰った弓矢、カエムワセト様から頂いた短剣を、それぞれ背中と腰に装着。

見掛けは男に見えるだろう。

馬のための飼い葉と水を汲む桶も忘れずに買い、日が頂点に達する頃には出発していた。

時間短縮のために思いっきり馬を走らせ、途中の街で馬を交換。

それを繰り返して休むことなく走り続け、翌日の夕方には目的地へ辿り着く。

周りは荒野と山、そして向こうに紅海が見える。

人の気配は……ない。

野犬か。

遠吠えする声が聞こえる。

月も星も出ていない今日は、不気味なほどに暗い。

小さな物音、虫の音、ありとあらゆる音に注意を向ける。

自分の気配を消し、呼吸さえ気を遣う。


(双山の見える丘に降り立つとき道が拓かれるか)


山の少ないエジプト。これほど分かりやすい説明はない。

馬から降り、葦の茂みに隠すように馬を木に繋ぎ、飼い葉と水をやると歩き出す。

この辺で丘と言えばこの岩山しかない。

ここからならば地図で示した場所と一致し、日が高いときは双山も見える。

滑落しないように慎重に岩山を登る。

時間をかけて登りきった岩山の頂点。

道を探すためにウロウロするも、入り口のような裂け目がない。


(…踊らされてるだけか?)


そう思い始めていた。

しかし、ここまで来て収穫はなかったと言いたくない執念か、もう一度地図を見直してみる。


(降り立つ…)


引っ掛かるワードはそこ。

丘の上に降り立つとは二つ意味があることには気付いていた。

上なのに降りればいいのか。

上で見るといいのか。

今の場合、上で見るは意味を成さないことが分かった。

上に登っても入り口がない。

試しに岩肌を削って松明を灯しても、キラキラ光る気配さえない。

ならば降りろということか?

しかし、登る前に周りを歩いたが、やはり入り口がない。


「……………」


その場で頭を捻って考えること数時。

別の意味を思い付く。


(上から見下ろすこれが一番しっくりいく)


双山と照らし合わせて考えると、方角的にはこっちの方だろう。

そこから目を凝らして見下ろす。

ちょうど、雲の割れ目から月が顔を出した。


「……ッッ!!」


瞬間、入り口と思われる場所を捉えた。

見下ろして目に入る石の並び。

故意に並べられたその石は、明らかにペンタグラムを円で囲んだもの。


(冥界への入り口!なるほど、考えたな)


金鉱を見付けた際、誰にも見付からないようにしたいという行動の表れだろう。

たとえ誰かに見付けられたとしても、冥界を表すこのペンタグラムに恐れをなし、見張らずとも人払いができる。

その中心に岩があったのを見逃さなかった。

恐らくあれが入り口だろう。

場所が分かり、丘から地に降りる。

そこに着くと、松明を大きなものに変え、人一人がやっと入れる大きさでカビ臭い岩の裂け目に入る。

地熱が籠り、中は蒸し暑い。

汗が流れるのも拭わず、蛇や蜥蜴も追っ払って中へと進む。


「……あった……」


どれくらいの時間が経過しただろう。

大きな空洞に出たと思ったら、その壁一面金で埋め尽くされていた。

凄い。

圧巻だ。

王室でも金はよく使われ、ラムセス様の所持品も金の装飾が施されているが、そういうレベルの量ではない。


「本当に…国が救えるかも…!」


ラムセス様のご意向通りになる。

心が震えた。

この先、ラムセス様がファラオになったときの未来が見えた気がした。


(こうしちゃおられない!)


この事を早くお伝えせねば!

急ぐ心を落ち着かせ、来た道を戻り登る。


「……ッッ!」


地上に近付いた瞬間、何かの気配を感じ、直ぐに松明を捨てる。

耳を澄ませ、外の気配が何なのか手掛かりを探す。


「…おぎゃー!おぎゃー!」

「おい!静かにさせろ!」

「ごめんなさい。お腹が空いたみたい。」

「夜賊に見付かったら殺されるんだ。」

「分かってます。」


…明らかに家族の会話。

なぜ夜に移動してるんだ?と不思議に思うも、この人たちなら安全だろうと静かに地上へ出た。

少し考え、下ではなく目上の人間だと思わせて話し掛けることにした。

地上に出て金鉱の出入り口から離れ、あたかも違う場所から来たように近付いた。


「おい!お前たち!!」

「ひいっ!!」

「だ…誰だ!」

「このような夜更けに何をしている!怪しい者共め!ラムセス様の前で申し開きしてみよ!」

「ラムセス…様?…王子殿下!?」

「そうだ。テーベに戻る!」

「お許しを!我々は怪しい者ではございません!ここに子がおります!これは妻です!家族者です!どうかお見逃しください!」


…何だろう。

必死に逃げてきた感じだ。

しかも何かに怯えている。


「…そなた、名は?」

「ミロゲラルダと申します!」

「私はラムセス様の使者だ。このような夜更けに幼き子供を連れて移動しているのはなぜだ?」


怯えた様子は変化なし。

出来るだけ穏やかに声を抑え問う。


「…の…逃れて参りました…!」

「どこから?」

「国境付近の街です!我が家はそこにありまして!」

「何から逃れている?」

「わ…我が家の近くでヒッタイト人を見、戦争の中心が我が街だという噂が流れて…!」

「…何?…それは真か!」

「偽りならば、この夜更けに移動など致しません!本当です!」


…どういうことだ?

確かに開戦前の準備を始めてはいるが、国境付近に噂など…


(ヒッタイトの斥候か!)


少しでも有利になるための噂。

ヒッタイトが斥候をエジプト領土に送っているんだ。


(…大変だ!急いで伝えねば!)


…しかし、この人たちを放っておいていいのだろうか?

全国民の命を尊ぶべきと理想を述べていたラムセス様とネフェルタリ様が頭を過った。

何が一番のベストな方法か考えた後、ミロゲラルダ一家にこう告げた。


「私は直ぐに戻らねばならぬ。お前たち家族は明るくなるまで待つのだ。私が途中の街で馬を調達してここに遣いを寄越そう。」

「え…?本当ですか?」

「子連れで夜に動くのは危険すぎる。賊が出たらどうするのだ。それに、まだ戦争は数日後だ。明日開戦ならば、お前たちの街にエジプト軍が集結しても可笑しくないだろう。」

「……………」

「そこの岩山の窪みに隠れていよ。よいな。」

「はい…はい!ありがとうございます!」

「必ず馬を調達する。動くでないぞ。

…では私はこれで失礼する。」


一番近い街で馬屋を起こし、お金を渡して頼めば馬を送るだろう。

私は直ぐにこの情報をラムセス様にお教えしなければ。

恐らく敵は直ぐそこにいる。

内偵に向かった方がいい。

隠していた馬に乗ると、直ぐに首都へ向かって走った。


翌々日の早朝、やっとラムセス様のお屋敷に到着し、急いで報せるための方法をとる。

見廻りの見張りのタイミングを図り、お屋敷の壁に矢文を刺すと、直ぐ傍で少し大きめの火を起こす。

直ぐに茂みに隠れると、その様子を伺う。

しばらくすれば、火に気付いた見張りが騒ぎだし、直ぐにカエムワセト様が出てこられた。


「何事だ?」

「何者かが火を放ったようです。」

「それからこちらが。…抗議文でしょうか。」

「ラムセス様宛てではないか。…私が持っていこう。その火の始末をせよ。」

「畏まりました。」


指示を出すと、直ぐに中へと入られた。

抗議文ならば、ラムセス様にお見せする前にカエムワセト様が確認するだろう。

きっと、内容もすべて伝わるはずだ。

胸を撫で下ろすと、再度馬を買い、国境へ向かって真っ直ぐ走らせた。

一方その頃、ラムセスの屋敷では、カエムワセトが抗議文を確認せずに寝所へ向かっていた。


「旦那様!ラムセス様!!」

「…何だワセト。朝っぱらから。」


ネフェルタリの部屋から出てきたラムセスは、眠い目を擦りながらカエムワセトを見る。

その様子が火急だと推察すると、ネフェルタリの部屋から遠ざかり、二人きりになる。


「…何だ?ムトナが戻ったか。」

「恐らく。外周にて火が起こされていました。」

「ムトナはいなかったのか?…クソ。」

「ラムセス様、そういう悠長な場合ではないでしょう。早くお目を。」

「…は?」

「お忘れですか。ムトナは私たちに報せるために屋敷に忍び込んで近付いたのを。公に知られるようなことは、ネフェルタリ様に気付かれる恐れがあるため、今回だとて同じように穏便に報せるはずだと思っておりました。」

「……!!」


ムトナは、金鉱の報告と共に、忍び込む時間さえ惜しんだほど急用を報せに来たとカエムワセトは読んでいた。

ラムセスもそれに気付き、直ぐに文を開く。


「金鉱、地図の場所にて確認

…国境付近にてエジプト軍待機の恐れ

報告を待て……何だって!?あの跳ねっ返り!」

「何らかの情報を入手したのでしょうか。」

「違いないだろう。…無茶をしに向かったというわけだな?


…しかし、進軍が早すぎるではないか!斥候たちの報告とは違う。どういうことだ。」


「……………」

「……無言か?ワセト。」

「……………」

「…そういうことか。…あやつらの処遇はお前に任せる。俺は先見隊を向かわせる準備を整える。」

「御意。」


斥候たちの報告は、ヒッタイト軍が未だ軍都市にいるというものだった。

この場合、金鉱が本物だったという喜びより、裏切り者への制裁の方が優先。

忠実なムトナと斥候たち、ラムセスとカエムワセトが信頼しているのは当然の如くムトナだった。


「…ただ一つ、まだ憶測の段階であるということもお忘れなく。」

「分かっている。とにかく締め上げよ。」

「はっ。」


裏切り者だったならば、斥候たちはこちらの情報をヒッタイトへ流してしまう危険があった。

その阻止を早目に行い、情報の確認を急ぐ。

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