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我が身を案ずることなかれ  作者: 水嶋つばき
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しばらくたった頃、カエムワセトはいろいろと考えながらラムセスの屋敷に近い船着き場に着いた。


「無理言ってすまなかったな。


…それから皆、今日舟で起きたことは他言せぬように。この国を左右するお方の情報ゆえ、些細な綻びが国を滅ぼす。」

少し脅しも加え、口止め料を渡し下船した。

ラムセス邸に向けて歩き始めた。

すると、やはり思った通り、ラムセスが船着き場の近くまで来ていた。

走って寄り、ラムセスの足許で膝をつく。


「待ちわびていたぞ。」

「ただ今戻りました。」

「お前の読み通り怪しい人物がいたのか?」

「怪しいと言えば怪しいですが、否と言えば否でしょう。」

「…何だ?その曖昧な返事は。」

「……………」

「探りを入れたか?」

「いいえ。」

「話しただけか?」

「はい。」


するとラムセスがニヤリと笑った。


「そうか。では昨夜の賊と関係があるだろう?」

「はい。」

「誰だ。申せ。」

「ラムセス様。私はその者と契りを交わしました。この身がどうなっても申せませぬ。」

「…フン!俺に隠し事か?」

「申し訳ございませぬ。」

「…首を取るぞ。」

「私はどうなっても構いませぬ。」


スッと剣を抜きカエムワセトの首に近付いた刃。

カエムワセトは微動せず、ただ頭を垂れて様子を伺った。


「…ワセト。面を上げよ。」

「……………」

「…何だ?そのニヤついた顔は。」

「ご推察なさいませ。」

「俺がお前を殺さないとでも思ってるのか?」

「当然でしょう。情報はラムセス様の歓喜ゆえ、ここは私を褒めるでしょうな。」

「貴様、俺を謀ったな?」

「滅相もございませぬ。」


剣を収めたラムセスは、さらに言葉を続けた。


「お前の言葉、よく聞き覚えがあるぞ。誰の真似だろうな?」

「…さぁ。存じませぬ。」


ニヤリと笑ったラムセスに、ニヤリと笑い返すカエムワセト。

そして。


「…昨夜の賊と同一人物であっただろうが。」

「はっ。」

「どんな様子だ。」

「何ら変わりなく昔のままで。」

「そうか。お前のことだ。俺のことも告げたであろう。なぜ来なかった?」

「やらなければならないことがあるとか。」

「…あいつのことだ。危険なことをするに決まっている。ワセト、連れてこい。」

「私の説得でもダメ、ラムセス様のお名を語ってもダメでした。手段は一つのみ。」

「…直接命令だけか。主に似て跳ねっ返りだ!」

「まったく。」

「まぁいい。無事ならいずれ捕らえるさ。今から王宮に向かう!ついてこい!」

「御意。」


約束は守り通す。

だが、主への忠義も忘れない。

カエムワセトの出した答えはそれだった。

それからラムセスとカエムワセトは急ぎ王宮へ向かい、ファラオと対峙した。


「おお!ラムセス。来たか。」

「お目にかかれて嬉しゅう存じます。父上。本日は何用でしょう。」

「上エジプトの神殿建造なんだがな、幾分人手が不足しておる。お前なら人手を賄うためにどうする?」

「…父上。今は兵に人力を注ぐべき時にございます。判断を誤らぬよう。」

「分かっておる。意見を聞いておるだけだ。」

「……………」

「ラムセス。」

「はっ。…まずはレンガ造りを奴隷にさせ、纏まった量が出来て初めて人力を注ぐべきかと。効率もよく、短期間で建設が進むでしょう。」

「おお!そうだな!そうするか!」


こういう時間を取られることに、ラムセスはイライラしていた。

しかし、父の行動の理由も理解できていたため、強く言うこともできなかったのだ。

当時のエジプトの平均寿命は35から40歳。

既に34になっていた父は、死が近いことを悟っていたのだろう。

そして、存命中に自分が生きた証として、何か偉大なものを作りたいという気持ち。

さらに、そうすることで国民に職を与え、給金を支払うと、その金で国が潤うと知っている。

軍人として名を轟かせた昔の父はどこにいったのであろう?と疑問するほど、現在は建築に夢中なのだ。


「では、わたくしはこれで失礼いたします。」

「…ラムセス。」

「……はっ。」

「我が血中は体内にあり。内々のことは私に任せよ。」

「………!」

「ヒッタイトを蹴散らせ。我が名によって命令する。出来るな?」

「はっ!!」

「善き息子がいて幸せだ。…カエムワセト。」

「はっ。」

「懐刀として刃を鞘から抜き取るのだ。お前の主人のために尽力せよ。」

「はっ。」

「もうよい。下がれ。」


そして二人が下がった。


「ラムセス王子。」


王宮から出ようとしたとき、呼び止める声がしたので振り向く。

そこには大臣、トゥシュハンジェがいた。


「…何だ。」

「これを。ファラオより賜りました。どうなさるかはラムセス王子のお心次第と。」


賜ったという割りには、ただのパピルス巻物。

不思議に思いつつ受け取ると、大臣は直ぐに王宮内へ戻った。


「…屋敷に帰るぞ。」

「ご覧になられないのですか?」

「…ここで開いて見るものではない気がする。」

「左様ですか。では馬を引いてきます。」

「ワセト。騎馬を持ってこい。急いで帰る。」

「はっ。」


父の言葉、そしてこの巻物。

予感がした。

皇太子は自分だ……と。


「ネフェルタリ!ネフェルタリはおらぬか!」

「ラムセス様!早かったですね。」


屋敷に戻ると、直ぐにネフェルタリを呼び、抱擁してキスを交わす。

ラムセスの愛情は変わらぬものの、ラムセスはネフェルタリとの間に壁のような存在があることに気付いていた。

それもムトナの一件から。

表面上は仲睦まじい夫婦。

しかし、ネフェルタリの心は完全には戻っていない。

だからこそ、精一杯の愛情を注いで慈しんでいた。


「お父上はお元気でしたか?」

「ああ。今度はお前も一緒に行こうな。」

「はい。」

「そうだ。…ほら。可愛いだろ?」

「まぁ!きれいなお花!わたくしに?」

「そうだ。水を与えて部屋に飾っておいで。」

「はい。ありがとうございます。」

「会議室にいるから、何かあれば来い。」

「はい。」


走り去るネフェルタリの後ろ姿を見ながら、深く溜め息を吐く。


「……必死ですな。」

「お前のからかいなど効かぬわ。…来い。」

「はっ。」


クスクス笑ったカエムワセト。顔を赤くしながら会議室に入ったラムセスを追う。

上座にある大きな椅子に座ると、直ぐに真面目な顔になったラムセス。


「ワセト。お前はどう思う?」

「はっ。皇太子はラムセス様に決まったと確約されたようにお見受けいたします。」

「……続けよ。」

「体内血中とは王宮内のこと、さらには皇太后殿におられる女主人のことにございましょう。セティ様は、建築に夢中…というわけではないようですね。」

「……ああ。」

「内の事情はセティ様に任せ、ラムセス様は戦に集中せよとのお達しでしょう。今度の戦に勝利し帰国。国内で待っているのはラムセス様の皇太子即位の儀です。」

「…いよいよか。」

「はっ。」

「今回ばかりは力が入るな。」

「そのパピルスは?」

「ああ、そうだった。見てみるか。」


セティがラムセスを皇太子に望み、後押ししていることは理解できた。

恐らく、昨日の出来事を耳にし、民の声も聞いたのだろう。

どれもがムトナの思惑通りに事が運んでいた。


「…これは…!!」

「……!!」


渡された巻物を開き見て、ラムセスとカエムワセトは驚愕した。

紅海の近く、とある場所を示した地図。

そこには金鉱があると記されていた。


「…真か…?これは…」

「確かめましょう。」

「しかし俺は軍を纏めねば。お前が行って確めてこい。」

「いいえ。セティ様は私に刃を鞘から抜き取れとおっしゃった。知略も戦略共に、片時も離れずにラムセス様の側にいろとのお達しです。私が行くことは許されませぬ。」

「…そうだな…では…」


深刻な顔をしたのも一瞬だった。


「信頼できる適任がいるではないか。」

「…はっ。」

「それで一時は無茶な行動を心配せずに済む。ワセト。あれの居場所は知っているのか?」

「存じませぬ。しかし見当はつきます。」

「どこだ。」

「ナイル流域の広場で、木の生い茂る場所でしょう。」

「…なるほどな。夜に移動するほどバカではあるまい。明朝、そこを中心に捜せ。」

「はっ。」

「俺は戦の最終軍議がある。斥候たちも明日には報告を持って帰国するだろう。お前はあいつに指示を出したら、軍強化訓練の視察へ行き、士気を高めよ。一気に事を片付けるぞ。」

「はっ。」


金鉱があるとするならば、国の財産をラムセスに託したも同然。

つまり、国を任されたということだ。

それを大臣が持ってきたということは、セティの部下はラムセスを支持していると伺い知る。

エジプト全土はムトナの功績により、ラムセスを支持。

残る反対者は弟たちと皇太后のみ。

しかし、たった数人でエジプトを動かせるはずもない。


ラムセスの皇太子就任確定の色が濃厚になった瞬間だった。

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