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我が身を案ずることなかれ  作者: 水嶋つばき
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5-5

心でホウジュに感謝を言いつつ、ラムセス様のあとをついていった。

お屋敷に近い丘の上に身を潜め、草に隠れながら様子を伺う。

タラプガエラムハ様のお屋敷の玄関前、中に招き入れようとしたがお断りになったご様子で、足許に膝まずいて深々礼をしている姿が目に写る。

何か問い掛けているのか、タラプガエラムハ様はひたすら首を横に振ってはひれ伏していた。


(イチャつき夫婦のことか…)


この街を仕切っていると言っても過言ではない地主という立場。

それは、街の情報が集結するという場でもある。

だから街で噂になっているイチャつき夫婦をご存知だと思われたんだ。

…しかし、すべてをご存知のタラプガエラムハ様は、私との約束を守ってくださっている。

ひれ伏しながらも首を横に振り続けるタラプガエラムハ様に心で感謝した。

しばらくすると笑いながらタラプガエラムハ様の肩を叩き、川方向へと向かわれたご一行。

遠く小さくなるまで頭を下げてお見送りになっているタラプガエラムハ様。

矢を一本取り出すと、門に向かって射る。

その矢に気付かれたタラプガエラムハ様は、キョロキョロ見回すと、丘の上にいた私に気付いた。

手を振り、天を崇め、そしてひれ伏しては立ち上がり、立ち上がってはひれ伏した。

すると私だと気付いたご様子。

大きな素振りで私に答えると、射た矢を抜いてお屋敷の中に入られた。


(…よし。仕上げだ)


辺境視察を終え、民の支持はラムセス様のものだと確信できたはず。

ラムセス様の舟がないことを確認すると、街に向かった。

ヴェールを厚い布ではなく、いつも通りのものに変えると、広場で仲の良かった楽器屋のおじさんのところに向かう。


「おじさん!お久し振りです!」

「え?……おおっ!!嬢ちゃん!!

おおーい!!みんな!!嬢ちゃんが来てるぞ!」

「え?あっ!お前!!元気にしてたか?」

「はい!皆さんもお元気でしたか?」

「見ての通りだ!」

「旦那は?」

「用事があってテーベに残してきました。」

「そうか…会いたかったな。」

「また連れてきます。」

「そうしてくれ。」

「姉ちゃん!今、ラムセス様が来てたんだぜ!」

「えっ!本当ですか!?」

「ああ!姉ちゃんが言ってた通り、ラムセス様はすごくいい王子さまだった!」

「だから言ったでしょ?それにしても、どうしてここに来たんだろう…」

「ラムセス様、どうかしたのか?」

「凄くバタバタしてるって聞いたんだよ?」


不思議そうに首を傾げてみる。

その行動に興味を持つ人たち。


「この前、ラムセス様のお宅に伺ったの。」

「お前、ラムセス様とも取り引きしてたのか?」

「ううん。たまたまだよ。でもね、いろいろ聞いちゃった!また戦争が始まりそうなんだって。近々、ヒッタイトに向けて進軍するって。そのための軍の話し合いとか?」

「軍議って言うんだよ。」

「その軍議?ってやつしてたし、そのあと王宮に行くとかいろいろやってた。」

「忙しそうだな…」

「うん。休む暇もなかった。」

「ラムセス様…どうして忙しいのにここへ?」

「ううーん。分かんない。」

「他には何か言ってたか?」

「えっとね……あ!そういえば、側近の方に民はどうしてる?って気にしてたかな。目鼻立ちのいい、礼儀正しい人!」

「さっきワセトって言ってた奴だ!」

「そんな名前だったかも。」

「しかし側近に聞くって…なぜだ?」


…ああーー!焦れったい。

いや、ここは忍耐だ。

みんなが自ら答えを導くまで、耐えるんだ。


「あとは…何があったかな…皇太子の件もそのワセトって側近がいろいろ言ってたし…国庫のことも直談判に行くとか…もう、とにかく忙しそうで、呼ばれたから行ったのにさっさと放り出されたよ。」

「国庫?そうだ、皇太后に開くように言ってたってお前言ってたよな?」

「うん。」

「ってことは?」

「ああ…戦争に行くのだって俺たちの国を守ろうとしているんだし…」

「待てよ?国庫だってそうじゃないか。」

「俺たちの困窮状態を知っているから、直談判に行ってるんだろ?」

「民はどうしてる?って聞くとか、まるで…」

「もしかして、…俺たちの事を見に来たんじゃないか?」


…それ!正解。


「そっかぁ!ラムセス様、みんなのこと気にしてたから会いに来られたんだ!」


やっと導かれた答え。ちょっとホッとした。

自分で答えを出すことが納得させる最短の方法。

今、実際に自分たちが考えたことで、その答えを信じていくのが人間だ。


「俺たちのために!」

「ラムセス様!ありがとうございます!」

「ファラオに一番相応しいお方だ!」

「皇太子殿下!万歳!万歳!」


(…よし、これで大丈夫だろう)


こうなれば、ラムセス様がここを訪れた事はやはり噂になるだろう。

その噂は飛散し、隣街まで響く。


「疑ってて悪かったな。嬢ちゃん。」

「ラムセス様はお前さんの言うように素晴らしい人だった!」

「誤解が解けて良かった。私も旦那さんもホッとしたよ。さ!帰って旦那さんに報告しなきゃ!」

「そうだ!早く帰ってやれ!」

「今度は揃って来いよ!」


みんなに手を振って別れを告げる。


(これで上手くいくだろう)


ラムセス様は確信なさったはずだ。

エジプト全土に広がったハンダムアメラーム様の噂はかき消され、今はご自分の良い噂で満たされていることを。

ご自分のやって来たことを、国民が支持していることを。

同時にカエムワセト様の近衛兵派遣はなくなる。

その派遣は元々、ハンダムアメラーム様の行動制限と監視を兼ねているからだ。


(ラムセス様のお心のままに)


今度ばかりはカエムワセト様の負け。

全国民が支持しているなら、ハンダムアメラーム様がどう足掻こうがラムセス様に敵わない。

ご自分で決断された案は却下される。

それと同時にお命も守られる。

ラムセス様のお側でお仕えする方が、あのお方には合っている。

ヴェールを外し、目だけが出るように布で顔を覆った。

そして川に向かって進む。


「…あれ?おじさん、まだいたの?」

「なんだい。いちゃ悪いのか。」

「いや、悪くないけど…じゃ、またテーベまで送ってくれない?」

「よっしゃ!乗っていけ!」


食事をしていたのか、降りた場所と全く同じところに止まっていたおじさんの舟。

それに乗り込んで、下エジプトに向けて出航した。

しばらく川面を眺めながら、達成感に満たされていた。

すると、おじさんが急に暗い顔をした。

気になって問い掛けてみる。


「おじさん?気分悪い?」

「いや…そんなことはない。」

「顔色悪いよ?大丈夫?……ああ!もしかして料金の心配?大丈夫だよ。」

「…嬢ちゃん…ゴメンな…」

「…え?」

「権力には逆らえなかったんだ…」

「………!!」


瞬間、殺気も感じず、気配も感じなかった後ろの船内から影が現れた。

そして、自分の首に触れる冷たい感触。

間違いなく剣が当てられている。

反撃するべきか?

揺れのある船上で、ちゃんと踏み込めるか?

だけど、気配を消すなど訓練された相手と見て間違いない。

…ちょっと待った…

おじさんはさっき何て言った?

権力には逆らえなかったんだ


「お前、何者だ。」

「!!」


聞き覚えのある声に、冷や汗が頬を伝った。


(カエムワセト様…!)


現れた影はカエムワセト様だった。

しかし、なぜここに…?


「聞いているだろ。お前、何者だ。」

「……………」


ここまで来て、簡単にバレたくはない。

ネフェルタリ様に私の存命を隠してくださっているとはいえ、実際に目にしたとあらば、それはラムセス様へと伝わってしまう。

些細な油断が悪い方へ転じ、ネフェルタリ様が苦しまれたりしたら自分が許せない。

あのお方はそういうお方。

私のために涙を流し、情を注がれる。


「…言わぬつもりか。

…そうだな、私から名乗ろう。我が名はカエムワセト。皇太子候補、ラムセス殿下が側近である。我が言動は、ラムセス殿下のお言葉と解釈いたせ。次はお前の番だ。こちらをゆっくり向くのだ。」


…どうする?

カエムワセト様が剣を抜いている以上、私も剣を抜くことは許される。

だが、私の腕でカエムワセト様に勝てるかと言えば、答えは否。

しかも、貴族に刃を向けたとあらば、不敬罪で極刑。

どちらにせよ、命はない。

ネフェルタリ様の涙と自分の命。

どちらを取る?

答えは簡単。

懐から短剣を抜き、振り向き様にカエムワセト様の剣を振り払って距離を取った。


「嬢ちゃん!!やめな!!」

「おじさんは黙ってて!」

「お前……私に勝てると思っているのか?」

「思いませぬ!死は覚悟の上!」

「その布を取るのだ!」

「お断り致します!わたくしの顔は他人に晒せる顔ではございませぬ!」


カエムワセト様を傷付ける気は毛頭ない。

距離を取ってナイルに飛び込めば、動いている舟は離れているだけだ。

だが、カエムワセト様の剣は鋭く重い。

距離を開けるどころか詰められていく。

そして、一歩ずつ後退しているのは自分の方。

おじさんたちは、突然始まった剣交に身を引く。


「…まだやる気か。」

「ハァ!ハァ!ハァ!」

「話を聞きたいだけだ。お前、この舟に乗ってテーベから我々をつけていたな。」

「…!!」

「私が気付かぬとでも思ったか。……ムトナ。」


(……しまった……)


そこで気付く自分のミス。


「その腕の運び、私がお前に教えたそのままではないか。…その声だとて、しっかり覚えている。ネフェルタリ様を思えば自分の命などどうでも良いという忠義心。

…よく無事だったな。ムトナ。ラムセス様はずっとお前を捜していたんだぞ。」

「……!!」

「先刻の賊はお前の仕業か?」


…ダメだ…バレている…

ラムセス様に伝わってしまう…

ネフェルタリ様に伝わってしまう…

切羽詰まった私は、直ぐにカエムワセト様の足許にひれ伏した。


「わたくしはムトナではございませぬ!!」

「まだ申すか!いい加減にいたせ!お前の剣からは殺気が伝わらぬ!」

「わたくしはムトナではございませぬ!!」

「……………」


叫ぶと、カエムワセト様は溜め息を吐きながら剣を収められた。

少しの沈黙が続き、風が揺らいだ。

カエムワセト様は片膝をついて身を屈められた気配がした。

そして直ぐに落ちてきた言葉。


「…ムトナ。面を上げよ。」

「わたくしはムトナではございませぬ!!」

「お前の考えなど分かっているさ。

…お前だということは他言はせぬ。我が主ラムセス様にも嘘をつこう。」

「……ッッ!!」

「ゆえに、ネフェルタリ様にも伝わらぬ。この者たちにも口止め料を渡そう。

ネフェルタリ様はお前の事で心を痛くされることもないし、涙を流すこともない。

……それでどうだ?」

「…カエムワセト様…ぅああああ!!!」


温情あるお言葉に、思わず涙が流れた。

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