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我が身を案ずることなかれ  作者: 水嶋つばき
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船内に入ると、着替えて普通の服にする。

暗くない今は、かえって目立ちすぎる。

そして、流れる景色を船内から眺めたり、ウトウトしながら待つこと数時。


「嬢ちゃん!出てきな。」


声が掛かった。


「見ろ。追い付いてきた。あっちのスピードが落ちてきている。」

「本当だ。」


日は真上に昇っている時間になっていた。

辺りを見回して、現在どこにいるか確認してみる。


(…ここは……!)


私とホウジュが一番目に来た街だった。

…そうだ。辺境と聞いて思い描くのは身内の街。

タラプガエラムハ様は、ネフェルタリ様の叔父上でありラムセス様の支持者。

ラムセス様は知っておいでだったんだ。


「おじさん、ここからもう少し行ったところに船着き場がある。そこでいい。」

「そうかい。分かったよ。」

「これ、料金。」

「…こんなに?」

「無理言ったお礼。本当に助かったの。ありがとうございます。余分のお金は皆さんとご一緒に、美味しいものを食べに行ってください。」


船着き場に到着すると、はるか前方に舟を寄せ始めたラムセス様の舟を見る。

それから、おじさんたちとはここで別れ、ラムセス様の方へと近付く。

お付きの兵は五人。

ラムセス様の隣にはカエムワセト様。

しかし、ラムセス様と部下たちは、ある程度の距離を置いて歩き出した。

真っ直ぐに向かうは街の方。

かつて、私とホウジュが店を開いた市の立つ広場がある方向だ。

距離を保ちつつ後をついていく。

ヴェールは厚手のものにし、目だけが外気に触れているほどの完全防備。

時折実際に買い物をして、ただの客を装う。


「お兄さん!どうだい?この野菜食わねぇか?」

「ほう。ニガナか。」

「庶民の食い物だが元気になるぞ!」


ニコニコして近付いたラムセス様は、いつものような格好ではない。

辺境の民らしく、少し擦りきれた服をお召しだった。

カエムワセト様も、兵たちも。


「郷に入っては郷に従え…さすがラムセス様。」


どうすれば民に受け入れられるかをご存知だ。


「いいだろう。買ったぞ。ご主人。」

「おお!ありがとう!…そういや初めての顔だな。兄さん、この近辺の奴かい?」

「いや。ここへ来るのは初めてだ。」

「何だってここに来たんだ?」

「知り合いがいてな。遊びに来た。」

「知り合い?誰だい?」

「タラプガエラムハという男だ。知っているか?」

「タラプガエ……え?大地主様!?」


八百屋の店主が大声で叫んでしまったため、買い物客や店の人たちが注目した。

空かさずカエムワセト様ら六人がラムセス様の近くまで移動する。


「タラプガエラムハ様と知り合いなのか?」

「そうだ。」

「何者だ?兄さん…どこから来た?」

「首都テーベから来た。」

「テーベ?…あ!あのイチャつき夫婦知ってるかも!」

「バカ!テーベは広いんだ。そうそう会えるわけないだろ。」

「でも、商人だったら歩き回るじゃないか。」


まさか自分の噂をいまだにしているなんて思わず、ちょっと恥ずかしい。

気を取り直して、ラムセス様の周りに集まる野次馬の中に身を潜めた。


「あのイチャつき夫婦、元気にしてるかな?」

「元気だろ。あれだけ踊って商売をしてる奴ら、あいつらだけだよ。」

「お前、そのイチャつき夫婦とやらは何者だ?」

「旅商人の夫婦だよ。またこいつが一騒動起こして去っていったさ!」

「詳しく話せ。おーーい!みんなも集まって話を聞かせてくれ!そこの店主!酒と食い物くれよ!ここにいるみんなで飲み語ろうぞ!」

「おお!さすが首都の人間は太っ腹だ!」


(…ああっ!おじさん!その人王子殿下だから!)


ハラハラしつつ見ていると、ラムセス様はどうやら情報収集のためか、その場に座って宴会を始められた。

…本当に型に嵌まらない王子様。

民の目線でみんなと酒を酌み交わし、大声で笑いながら楽しまれていた。

カエムワセト様はまた始まったと言わんばかりの呆れたお顔。

それもまた懐かしく、つい笑みが溢れた。


「それで?オッサン!そのイチャつき夫婦はどういう騒動を起こしたんだ?」


心なしか目が生き生きしておいでだ…

こういうものは大好きな方なんだから。


「お前、ラムセスって皇太子の候補を知ってるか?」

「ああ、知ってる。」

「ま、テーベじゃ有名人だろ?」

「そうかもな。」

「俺たちは憎んでたんだよ。」

「あの夫婦が来るまでは、この街の人間全員が憎むべき相手を間違えてた。」

「そうそう。あいつらが来てくれて、ラムセス様は必死で民を考えてる人なんだって言い始めて。それをきっちり証明しやがった。」

「どうやって?」

「人を殺してばっかりいた警備兵を俺たちが捕まえたんだよ。」

「初めは警備兵の言うことの方を信じてて、証明できなければその夫婦を殺そうかと思ってた。」

「だが、警備兵に詰め寄ったその夫婦は、呆気なく警備兵を落としてしまった。」

「……ほう!」

「俺たちの親兄弟、自分の家族、失った命はたくさんありすぎる。それを命令した張本人はハンダブアメラームだったんだ。」

「偽りの噂に騙されて真実を見失うところだった。あの夫婦が教えてくれなかったら、今でもラムセス様を恨んでた。」

「みんなで話してたんだ。いつか殺そうと。」

「ハハッ!物騒だな!」

「そうだろうよ。今は憎き弟の方に復讐してやると思ってるさ。」

「やめとけよ。いざとなったらラムセスがみんなの復讐を果たしてやるさ。」

「そうだろうか?」

「そういやラムセスは国庫を開こうと申請してくれてるとか聞いたな。それは本当か?」

「…何?それもその夫婦から聞いたのか?」

「ああ。皇太后様に頭下げてるって。」

「嘘なのか?」

「いや、本当だ。ずっと申請している。」

「そうか!やっぱりあのイチャつき夫婦の言ってることは本当だったんだ。」

「テーベじゃラムセス様が人気なんだろ?ここにいる民も、皇太子にはラムセスを支持する!」

「そうだそうだ!」

「…そうか。…して、その夫婦の名は?」

「……誰か知ってるか?」

「イチャつき夫婦。」

「それは名前じゃないだろ!」

「なんせ数日しかいなかったからな。」

「そうか…」


数回、みんなの前でお互いの名前を言っていた記憶があるが、どうやら忘れているらしい。

もとより、イチャつき夫婦と呼ばれることのほうが多かったから、その印象のほうが大きいんだろう。

しかし…助かった…


「そういえば兄さん、お前さんもテーベ事情をよく知っているらしいな。」

「ああ、テーベでも知ってる方だろうな。」

「なんだ?情報屋か?」

「いや、そういうわけじゃないが。」

「何だよ兄さん。勿体ぶんなよ!何の仕事をしてるんだい?」


酒も入ってみんなの気も大きくなっている。


(ああっ!ラムセス様!)


頭をバシバシ叩かれたり、肩を組まれたり…と、普段見られないお姿を目撃し、さらにハラハラしてしまう。

ここにいる人たちみんな、不敬罪で打ち首になることも出来る。

しかし、ラムセス様が動かないため、カエムワセト様たちも動かれない。


「俺は相当な身分の男だ。聞いたら震え上がるぞ!はっはっはっ!」

「何だぁ?隠すなって!はっはっはっ!」


…おお…

笑い飛ばしてしまわれた。


「あ!そう言えば、タラプガエラムハ様と知り合いとか言ってたな。じゃあ本当に貴族なのか?」

「そうだ。」

「こんな辺境に遊びに来る暇人が?」

「こんな小汚ない格好している奴が?」

「地べたに座って酒飲む奴が?」

「お前ら…酷い言いようだな…」


(プッ……!!笑っちゃいけない…)


ボロクソに言われてはいるが、ラムセス様は怒ってない。

怒るどころか笑って流している。

この空気がお好きなご様子。

しかし、この先どうするんだろう?

身分を明かすのか?

もしそうなら、本当にみんなは震え上がってしまうだろう。


「じゃあ、クイズ形式にしよう。

1、ただの旅している男。

2、俺がラムセスである。

3、ここに移住しようと思って地主に会いに来た。

三択だ。さぁどれだ?正解者にはもう一杯おごってやるぜ。」


…急にクイズ大会が始まってしまった。


みんなもノリノリでヤマ張ってるし…

…しかし、私が半ば強制的に仕向けた辺境視察。

ここでラムセス様が長居されるほど暇などない。

軍議も詰めに入ってる。

軍隊の士気も盛り上げさせないといけない。

王宮にいる人たちの対応も。

ヒッタイトだけでなくリビアも視野に入れつつ戦いの準備をせねばいけない。

皇太子の件も明確にすることも。

荒れている国内の鎮圧も。

忙しい中わざわざ足を運んでくださった。

民はこの事実を真に受け止めてくれると確信していた。


「時間切れ!一番だと思った奴!手を上げろ!」


集まっていた人たちは言われた通り手を上げた。


「残念!お前らは脱落だ!次、二番だと思った奴!手を上げろ!」


すると、一握りの人たちの手が上がった。

その中にはもちろんカエムワセト様ら六人も。


「…ワセト。なぜお前らまで上げている?」

「私は正解を当てたまででございます。」


と、ラムセス様がカエムワセト様にお声をお掛けになられた。

その瞬間、身分を明かしてもよいと言ったも同じこと。


「え…ちょっと待ってくれ…」

「兄ちゃん…本気か?」

「店主!今手を上げている人数分の酒を振る舞ってくれ!」

「兄さん…が…ラムセス様?」

「嘘だーー!」

「嘘も休み休み言えよ!はっはっはっ!」

「嘘ではない。」


そう申されると、立ち上がって周りを見渡した。

そして巻いていたターバンを外すと、現れた王家の紋章が輝く額飾り。


「セティ1世が息子、皇太子候補ラムセスとは俺のことだ。本日は、我が噂の件で確かめたき宜があったゆえここに参った次第だ。お前たちの苦しみを野放しにする気はない。我が弟の悪行に対する復讐は私の役目だ。必ずお前たちの気を晴らしてやると約束しよう。」

「ラムセス様。そろそろ。」

「ああ、そうだな。ここの金を払っておけ。」

「はっ。」

「皆、今日は楽しかったぞ。いい話も聞けた。お前たちのために俺もこの身を削ろう。幾久しく健勝であってくれ。では失礼する。」


そして、ラムセス様が背を向けて歩き出した瞬間だった。


「ラムセス様!万歳!」

「…!」

「万歳!万歳!!」

「皇太子殿下!!万歳!!」


広場全体がラムセス様へ叫び始めた。

驚いた表情をされたラムセス様だったが、直ぐに笑みを浮かべられ…


「ありがとう。また来よう!それまで元気で暮らせ!エジプトを皆で変えてやろう!」


お答えになると、タラプガエラムハ様のお屋敷に向かって去って行かれた。


(ホウジュ…私たちのしたことは報われてる!)

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