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我が身を案ずることなかれ  作者: 水嶋つばき
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5-1

「リビア周辺はどうするんだ?」

「多分、そこは噂など関係ないでしょ。」

「…まぁ、砂漠しかないからな。」

「ここまで網羅できたら十分だと思うけど。」

「そうだな。下エジプトに戻る頃だろ。」

「うん。」

「……………」

「……………」

「ムトナ、俺」

「ホウジュ。」

「作ったルールとか、テーベに上ったら無効になるだろ!」

「…ホウジュ。ダメだよ。」


この旅の終わりが見えてきた頃、頻繁になり始めたホウジュの求愛。

確かにホウジュはカッコいい。

守ってくれるし、助けてくれる。

気も合うし、話しやすい。

一緒にいて楽しいし、頼りになる。


「…自分の幸せも考えるべきだ。ムトナ、俺と本物の夫婦になって欲しい。」

「ホウジュ…」

「頼むよ。お前以外は考えられないんだ。」

「何度も言ってるけど…ごめん。私があなたと結婚できるとなれば、ネフェルタリ様のご命令があったときのみ。」


私は結婚など自分で考えてはいけない。

卑しい身体であることを忘れてはいけない。

ネフェルタリ様への忠誠を忘れてはいけない。


「ムトナ!」

「分かって、ホウジュ。たとえあなたと結婚したとしても、あなたよりネフェルタリ様を優先してしまう。あなたを第一に考えられないの。そんな妻、いずれ耐えられなくなってしまう。」

「それでもいい。」

「良くない!そんなの夫婦じゃないよ。」

「それくらいお前が好きなんだ。」

「ホウジュならいくらでも妻取めとれるでしょ。私はふさわしくない。」

「ムトナ。」

「ごめん…ホントにごめん!」

「…これだけ言っても…ダメか…?」

「ごめんなさい…」


…これじゃ、シン様と同じだ…

苦しめるだけ苦しめて、サヨナラを言って去る。

私の誓いは…そういうものの繰り返しかもしれない。


「じゃあ、一つだけ聞かせてくれ。」

「何?」

「もし、ネフェルタリ様がいなかったら…ネフェルタリ様より先に俺と出会ったら、俺と結婚してくれた?」


…苦しい。


ここまでシン様と同じことを…


「…うん。ホウジュくらいのいい男、きっと見つからない。絶対結婚してた。」

「…そっか…ヘヘ…もういいや。それ聞いただけで、満足してやる。」


たまに思い出す暖かいお母さんの顔。

お母さんの許で女として磨かれた。

美しい仕草、声の出し方、目の使い方

プロポーションを綺麗に保ち、男ウケしそうな服装

化粧の仕方やアクセサリーの付け方まで

それらが普段の生活でさりげなく出来るようになるまで、根気よく繰り返された。


『お前は器量がいいし、頭もいい。女の色気を普通に出来れば、男はお前を見逃さない。どうしてもと願うほど、お前を欲しがるだろう。外見も内面も完璧な女など、この世には少ないからね。その点お前は、数少ない完璧な女の一人。高官だろうが兵隊だろうが、お前を手に入れたいと躍起になる。』


お母さんの言った通りだ。

娼館を出て、色気を出していたとは考えられないが、半年かけてじっくり仕込まれたそれは、普通にしてても出来るほどだった。

知らず知らずのうちに、ホウジュに出していたのかもしれない。


(ゴメンね)


心で何度も詫びる。

好きだけど…愛じゃない。

好きだけど…夫婦になれない。

それに、心の片隅に追いやったあの方が、自分の心の中にいる。

愛が自分にあるのなら、私は彼だけを愛しているのだろう。

シン様には嘘を言ったが、でも確かに彼に対しても愛はあったと思う。

…しかし、比じゃない。

気持ちを封印して数年。

封印自体が慣れてきて態度や言葉にも表さない。

大人になったのは、ひねくれ者の自分。

恋などしないと誓った自分は、ただネフェルタリ様を理由に逃げているだけかもしれない。

でも、それが自分の心をあの方に表す唯一の方法なのだ。


「…明日には、テーベに向かって進もう。」

「ああ。そのあとは?」

「私はラムセス様のお屋敷に向かわなきゃ。」

「バレちゃまずいんじゃねぇの?」

「バレないよ。夜、行くんだもの。」

「夜?侵入するのか?」

「正解。こういうことはお手のものよ。」

「やったことあるのか…案外、危険なこともたくさんしてきたんだな。」

「情報収集は大事でしょ?ラムセス様が喜ばれるとネフェルタリ様が嬉しい。」

「ハイハイ。もういいって。ネフェルタリ愛は。聞き飽きた。」


泣きたい気持ちを我慢して、必死で普通に接しようとしているのが分かる。

ホウジュの気持ちとシン様の気持ちがリンクして、この日も切ない夜だった。


翌日、上エジプト最果てから下エジプトに向けて出発した。


母なるナイルに流れを任せ、5日かけて首都の外れに到着。

そこから歩いて、まずはアメンモセ様のお屋敷に向かった。


「門番様、謁見をお願いします!何卒ザフナテパネア様にお目通りを!」

「帰れ!」

「……って。ここ、俺のテリトリーでもあるんだから、俺に言えばいいだろ。」

「…え?簡単に入れるの?」

「入れる。入館証持ってるし。」

「は?…あ!ホウジュ!帰ってきたのか!」

「よう。元気にしてたか?」


荷車の影から出てきたホウジュは、門番たちと仲良く話を始めた。

事情を説明すると門番は直ぐに中へと走り、屋敷の中から出迎えてくれたのは、なんとアメンモセ様ご本人。


「ホウジュ!ムトナ!」

「「アメンモセ様!恐れ多い!!」」

「何を申すか!よう無事で!さ、お入り。」

「「ありがとうございます。」」


招き入れられると、直ぐに湯殿を案内され、埃にまみれた身体を洗い、疲れを癒すことが出来た。

湯殿から上がると、早速大広間に呼び出された。

そこには、出発前と同じような豪華な食事が並ぶ食卓。

ホウジュが既に席に着いていて。


「ムトナ。お前もここに来て早く座れ。」

「はっ。」

「長旅、ご苦労であった。」

「アメンモセ様。苦労など致しませぬ。ネフェルタリ様の御為ならば、どんな苦労にも値しませぬゆえ。」

「はっはっはっ!お前らしい。さ、まずは食されよ。腹を満たして話をしようぞ。」

「ありがたき幸せに存じます。」


ザフナテパネア様も加わり、最近のテーベの流行しているものや面白話等を話してくださった。

アメンモセ様の気遣い。

きっと、私たちの旅が簡単に済ませられたとは思っていないのだろう。

笑って時を過ごすなど、偽装夫婦中の間のみ。

二人になれば、計画を綿密に相談し、気を抜く暇さえなかったのだから。


食事が終わり、中庭の方へ移動した。

そこにはカウチがあり、アメンモセ様は度々池を眺めながらお酒を嗜まれるらしい。


「…約束通り、無事にホウジュを返してくれたな。礼を言うぞ。ムトナ。」


ここで初めて旅のことについて触れた。

私も聞きたい。

今、首都の状況がどうなっているのか。

ラムセス様たちはどうなっているのか。

そして、ネフェルタリ様は…

それらをグッと抑え、返事だけをする。


「いえ。わたくしはホウジュ様に守られてばかりでした。この旅は、ホウジュ様のお力添えがなければ誰も無事では済まなかったでしょう。」

「やはりホウジュで正解だったな。」

「アメンモセ様のお目は高い。わたくしはほんに楽させて頂きました。」

「それはそれは。…よくやった、ホウジュよ。」

「嘘をつくな!…アメンモセ様!我々は役割を決めて旅をしておりました!ムトナが物事を把握し、的確に捉え、指示を出さなければ成功しなかった旅です。」

「はっはっはっ!お前たち、大分打ち解けたようだな。お互いを褒め合うとは!」

「「……………」」

「それはよい。…ムトナ。辺境はどうであったか?成果は?」

「はっ。ナイル支流生活区画は、ほぼ広がっているかと。その報せがテーベに届くのも直ぐでしょう。民はありもしない噂に惑わされていましたが、事実を証明するまでやるべきことは成し終えましたゆえ。」

「証明?どのように?」

「主に派遣されていたハンダブアメラーム様の部下や私兵を用いました。」

「なるほど、そいつらの口を割らせたのだな?」

「左様にございます。」

「して、今後はどうするのだ?」

「わたくしは早速ラムセス様にご報告申し上げます。」

「謁見するのか?」

「まさか!謁見は致しませぬが策がございます。ですが詳細を話せば、もしもの時アメンモセ様も叱責されるやもしれませんので控えさせていただきます。ただ、お伝えする内容は、今、この時に行動されしは、殿下ご自身の進退に大きく影響を及ぼすと。」

「…本当に賢いおなごだ。しかも、私の身まで守ろうとするその心、私はお前に感謝してもしきれぬわ。」

「勿体ないお言葉にございます。」

「……で?」

「え?」

「何をそこまでソワソワしておる。申せ。」

「!!」


気が競ってしまったか。

隠していたと思った自分は隠しきれなかった様子。

見上げれば、まるで興味深いものを見付けた子供のように、目を輝かせて私を見下ろしていた。


「……恐れ入りました。」

「はっはっはっ!首都の近況を知りたいのであろうが。さっさと聞けばよいものを!」

「………!!」


ソワソワの原因までも分かってるとか。

それでいて、からかうような物言い。

アメンモセ様もお人が悪い。

そこまで分かりやすいか?

なんて愚問だろう。私は一から百までネフェルタリ様のことでいっぱいなのだから。


「…ネフェルタリ様はご健勝ですか?」

「ああ。一昨日会ってきた。やっと気も落ち着いてきて、健やかに過ごしている。」

「…ああ!…良かった…!では、ラムセス様は全快なされたのですね?」

「ああ。既にファラオの命令で軍会議を掌握なさっておいでだ。幾度と続くヒッタイトとの戦いがまだ続きそうだからな。」

「…では、再開戦が?」

「斥候によれば、ヒッタイト軍の動きが怪しいとか。あのムルシリ2世を相手に出来るのは、ラムセス様以外この国にはおらぬ。」

「弟君たちは?」

「歯軋りするだけよ。己の不甲斐なさを突き付けられているようなものだからな。」

「ラムセス様が国外へ行かれたら、また悪策を執行しそうですね。警戒せねば…」

「今回、それは大丈夫であろう。ワセトが王宮近衛兵として短期間の任命を受けた。その意味が分かるか?ムトナよ。」

「……!!さすがはラムセス様!弟君たちの見張りをカエムワセト様に命じられたということですね?」

「そうだ。まぁ、ラムセス様ではなくワセトの計算だろうがな。」

「でしょうね。ラムセス様は部下を敵地に送り込むことを好まれぬお方。しかし、カエムワセト様のご提案は、気苦労でラムセス様を悩ませることが軽減するのに効果的な方法です。」

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