4-6
笑い声を背に、酒場を出た。
「……どう思う?」
「凄い助っ人だったかと。」
「だよな。明日には、街中の人間が俺たちの噂を信じるだろうぜ。」
「従者様…度重なるあなた様の行動を、我々は深く感謝いたしております。」
「そんな!頭をお上げください!」
酒場から離れ、合流した私たちは、深々と頭を下げて感謝した。
護衛に来てくれてるし、助け船まで。
本当にありがたいことばかり。
「私はただ、タラプガエラムハ様のご命令に従ってるまで。あなた方と同じです。」
「そのように申されると、本当に嬉しい気持ちでいっぱいです。」
「ありがとうございます。私たちを救ってくれました。」
「従者は大変ですな。主の命令に右往左往…」
「「アハハ!言えてる。」」
タラプガエラムハ様が設けてくださった宿に着くと、その男と別れ部屋に入った。
「今日も収穫あったから良かったね。」
「ああ。思った以上の反応だったな。この調子でいけば、早いうちに移動できそうだ。」
「タラプガエラムハ様にお会いできたのが項を奏したかな。あの従者殿もカッコよかったし。」
「かっこいい?どこが?」
「助けてくれる人は誰だってカッコいいよ。ホウジュだってカッコいい。ありがとうね。」
価値観の違いだろうか。
不思議そうな顔をしたホウジュにもそう告げると、真っ赤になって俯いた。
ちょっと純情なところもあるんだ…と思いながら見ていると、急に顔を上げた。
「お前!そういえば、あれは何だよ!」
「あれって?」
「酒場で男に触られてただろ!どうして俺の傍にいないんだ!」
「え?いたじゃない。ずっと隣で飲んでた。」
「いざというときに、お前を守れなくなるだろ。フラフラ歩くんじゃない!」
「だから、ずっと隣で」
「お前が怪我したら、俺はどうすればいいんだ!とにかく俺から離れるな!いいな!」
「……惚れたか?」
「惚れてねぇよ!」
「そ。ならいいわ。分かった。」
急に怒られたし。
まぁ、ホウジュのいうことも一理ある。
ここは言わば敵地のど真ん中。
用心に越したことはない。
私は恋や愛などする気はない。
シン様には恋をしたことがない等と言ったが、そういうものに憧れ、好きになった人だっていた。
年齢的に焦っても可笑しくはないが、結婚などよりネフェルタリ様の事の方が大事なのだ。
ホウジュも同じ歳で独身だから気にはなってた。
きっと、私がそうだったように、自分の近くの存在である私に恋をする。
自意識過剰かもしれないが、そう感じたから先手を打った。
「…何?好きな人でもいるのか?」
「…そういう話はやめない?」
「いいじゃん。ムトナの恋バナ。」
「…正確にはいた。…過去形よ。」
「どんな人?」
「…相手は貴族の人。身分が違うし私なんて眼中になかった。自分の失態で奴隷以下として扱われたとき、同時にその感情も捨てた。本当に優しくて、強くて、逞しくて。身分など関係なく接してくれた人。ずっと恋してた。好きだった。」
「…へぇ…そいつに言ったの?気持ち。」
「言わないよ。元々一生言わないつもりだった。身分の違いは致命的だよ。」
「まぁな。結構辛い恋したんだな。じゃあ、俺と恋する?」
ほら、やっぱりこうなる。
予想はしてたけど、ここはキッパリ言ってた方がいいかもしれない。
「惚れるなって言ったじゃない。私は恋や結婚をする気はないよ。そういうことよりネフェルタリ様の方が大事。」
「なんで?自分の幸せだって考えてもいいだろ?あまりにも自虐的すぎる。」
「じゃあ、私を嫌いになるようなことを教えてあげる。ラムセス様から鞭打ちされて、ボロボロの状態でお屋敷を出たことまでは知ってるよね?半年は身体が動かなかった。残りの半年で一生遊び暮らせるほどの大金を稼いだのよ。」
「…奴隷が?どうやって…」
「自分の身体を売ったの。私は元・娼館の女だし、男の手付き済みの女なの。」
「!!」
「私に対する見方が変わったでしょ?だから誰の嫁にもなれない。汚れた身体に男が惚れるなどあってはならない。ホウジュもこんな女に惚れたら人生狂っちゃうよ。傷は浅いうちが……ッッ!!」
冷たく言い放った言葉。
だけど、ホウジュには効かなかった。
自分を抱き締めている強い腕。
私はホウジュの胸の中にいた。
「…ホウジュ。離してよ…」
「…俺…苦しいよ…どうしてだか分からないけど、いろんな気持ちが交錯して…」
お母さんが気を付けなと言った。
シン様も可愛いとおっしゃってくれた。
自分の外見は、自分で思っている以上に男ウケするらしい。
ホウジュもそうだった。
着飾った自分を見せた昨日、一昨日からの若干の変化。
「それを聞いて俺が苦しい。だけど、お前が誰のために身売りをしたのか分かるから…
ムトナの気持ちを考えると、ムトナの感情まで俺に流れてくる感じがする。」
「…!」
「お前は本当に自虐的すぎる。もっと自分を大切にしろよ。」
「ホウジュ…」
「…この感情が恋だというなら、この短期間で俺はお前に惚れたってことになる。でも、ルールを破れば、お前は俺と一緒にいてくれないだろ?…きっと、俺の知らない間に一人で出て行く。」
「……………」
「だから恋じゃない。惚れてない。」
「……………」
「一緒に旅しよう。ラムセス様やネフェルタリ様やアメンモセ様のために。」
ちょっと迷った。
本当に一緒にいてもいいのかと。
私はホウジュに応えられない。きっと、ホウジュを傷付けることになる。
シン様と同じだ。
私は周りの人を不幸にしてしまう。悲しませてしまう。
こんな自分に幸せを望む権利などない。
「…もう寝ようか。明日になればアメンモセ様からの品も届くだろうし、忙しくなる。」
「うん。」
ちょっと切ない夜だった。
翌日。
「おい!!イチャつき夫婦!出てこい!!」
「「!!!」」
どこからの情報だったのか、宿を移した私たちの場所を知っていた昨夜の酒場の客が、外から大声で叫んでいた。その声に驚き飛び起きた。
「何事?」
「分からない。」
「おい!出てこい!!」
「…!ホウジュ、とにかく顔を出して。準備して行ってみよう。」
「分かった。
…何だよ朝っぱらから!今行くから待ってろ!」
「早くしろ!!」
「分かってるよ!」
身なりを整えて宿の外に出ると、手を引っ張られて小高い丘の上に連れられた。
そこには30人ほどの人だかりができていて。
「「…!!」」
その真ん中には、警備兵が6人。
(予想通りの展開!)
(ムトナ!下がってろよ)
(寝起きで身体動く?)
(任せろ)
街の人たちが捕まえた第二の証人たち。
みんなの前で自分が本当は誰の部下か証言してもらえば、みんなは私たちの話をほぼ完全に信じてもらえる。
兵たちの逆襲だけには気を付けなければ。
「貴様ら…こんなことしていいと思ってるのか?立場を弁えろ!」
「全員殺してやる!」
「ラムセス様から直接命令された!反抗するやつらは殺せと言われてる!」
「黙れ!…こいつらの言うことが正しいのか?ラムセスの命令だと。」
「なるほど。」
睨みを利かせながら近付く。
ホウジュは直ぐ横で、いつでも飛び出せるように構えていた。
「…ねぇ。あなたが一番偉そうだけど。」
「偉そう?偉いんだよ。警備兵の副隊長だぞ。」
「副隊長?なら、首都上がりの方ね。」
「そうだ!」
「ラムセス様と直接お会いして命を受けたってことなの?」
「そうだ!」
男が自分で言ったことを再確認するように問う。
そうすれば、その言葉は印象に残る。
心で笑いながら話を続けた。
「そう……ではお前。私を知っている?」
「……は?知るわけねぇだろ。」
「知るわけない?なぜ?」
「こんな辺境にいる女、いちいち覚えているわけないだろうが。」
「それはおかしな話ね。」
そして男に近付き、みんなには聞こえないように男に告げた。
「…私は首都では有名だと思うけど、私を知らないと言うならあんたは嘘をついてることになるのよ?」
「…な!?」
「特に、ラムセス様からの口頭勅命と言うのなら、お前が私を知らなければ可笑しいってことよ。」
「何だと?……お前、何者だ?」
「常にラムセス様の隣にいる女…とでも言っておこうかしら。」
「………!!」
「ラムセス様が首都に滞在中は、私は隣にいるため、ラムセス様の部下や軍ならば、私を知ってて当然なの。…分かる?」
そこまで告げると立ち上がり、男を見下ろした。
口を開けて私を見上げた副隊長と名乗る男は、顔色がどんどん悪くなっていく。
「ラムセス様は辺境の地でも目を配ろうと努力されてるお方。お前の命令されたことは、首都を知る人間なら有り得ないと口を揃えて言うんじゃないの?さ。本当は誰の命令なの?誰の部下なの?」
「……き…貴様…!!」
「分かった。私の知り合いの兵にここまで来てもらいましょう。それまでは拘束させてもらう。」
「何だと…!クソォオオ!!」
逆上した男は剣を抜くと私に斬りかかってきた。
私は動きを見ながらも、微動すらせずに立っていた。
「……遅い!」
「!!」
そう。
私を守るのはホウジュの役目。
私の前へ一歩前に出ると、素早く懐から短剣を取り出し、兵の大剣を短剣で防いだ。
それを見た別の兵たちが立ち上がり、纏めてホウジュに攻撃する。
「…ホウジュ!」
「大丈夫。こいつら、大したことない。」
確かに見てる限りでは、私が相手してもギリギリで勝てるくらい。
兵としては、鍛練を重ねずサボっている最悪な下級ぶり。
剣を振り遅れるのは兵が遅いからか。
それともホウジュの動きが速いからか。
手に持っている短剣を使わず、素手で倒しながら持ち前の運動神経で剣を避ける。
複数相手しているのに、安心して見ていられる。
「…フン。本当に兵士かよ。」
「…クソ!クソ!!」
「ラムセス様の兵ならば、こんな軟弱な兵はいないだろ。誰だ?お前の主人は。」
「…クソ!」
「立場分かってねぇのはお前らの方だろうが。正直に言えよ。誰の命令でやってるんだ?」
ボロボロに負けた兵の胸ぐらを掴み、締め上げたホウジュにすごみ、ついに。
「は…ハンダブアメラーム様だ!」
「…もう一度。大きな声で。」
「ハンダブアメラーム様だ!!ラムセス様の名を騙り、素行を繰り返せと命じられた!」
「報酬は?」
「金とラピスラズリを!!」
「……ってことだ。」
「皆さん、聞きましたね?」
呆気にとられた住民たちに、ようやく本当のことを聞かせることに成功した。
「本物だ…」
「ああ…じゃあ、ラムセスの方が俺たちの味方だってことか?」
「こいつら最初から嘘ついてなかったんだ…」
「そうだよ…首都のものをあんなに良心的な値段で売ってるやつらだぞ…」
疑う余地もなくなった。
その火種は近隣にまで徐々に広がっていく。
私たちは、ここから少し離れた街に移動し、そこからまた一から噂を広めていくのを繰り返せばいい。
「それより、お前だよ。」
「……え?俺?」
「そうだよ。お前だ。」
「どこでそんな技を習ったんだ?」
「兵より強いって!」
「「…………!!」」
「お前が兵隊上がりなんじゃないのか?」
「「し!失礼しました!!」」
「あ!待て!お前ら!!」
急にこちらに矛先が向いたので、慌ててその場を立ち去った。
「アハハ!ビックリしたね!」
「それよりやったな!ムトナ!」
「うん!やった!!」




