4-5
それまでは注意深く観察して、私たちの言葉がここの民にどれくらい浸透したか見切っていく。
楽しそうにデートしてる振りをしながら観察すること数時。
「あいつらだ…」
「首都から来たって本当か?」
「商品を持ってきたし…本当だろ。」
「じゃあ、俺たちが信じていた話は嘘か?」
「分からねぇ…確かめる方法があれば…」
近くに寄って来ては、そこで立ち話を始める人だかりが出来始める。
何を信用していいのか分からないってことか。
それもそうだろう。
自分たちが今まで信じていたものだから簡単に払拭できない。
「…ムトナ。俺の後ろへ。」
ボソッと一言ホウジュが囁いた。
視線の先には、ガタイのいい男が三人。
「…何か用?」
「お前ら、ちょっとツラ貸してくれ。」
「何の用だと聞いている。」
「ちょっとした噂を耳にしてな。その事で話がある。」
「ここでいいだろ。」
「話があるのは、俺らじゃなくて俺らの主だ。」
「…なるほど。ムトナ、どうする?断ってもいいんだぞ?」
「…いいよ。行ってあげる。」
わざわざ上から目線の言葉を浴びせ挑発したが、乗ってこないところを見れば、ご主人様は厳しく躾している人らしい。
そいつらについていくと、ちょっと大きなお屋敷についた。
「ここの地主の家だ。入れ。」
中に入ると、ベッドの上にドカッと座っていた地主といわれる男。
見た瞬間、バッと顔を伏せた。
「…ムトナ?」
「ホウジュ…!私…やっぱり…」
「女。近くに寄れ。」
「…いえ…あの…」
「女。お前の顔には見覚えがあるぞ。」
「…ッッ!!」
「こんな場所まで来て何をしている?ムトナ。」
「は…タラプガエラムハ様…お久しゅうございます。」
「…ムトナ!?知ってるのか!?」
「このお方は…ネフェルタリ様の叔父上様に当たる方です…」
「ネフェルタリ様の!?…申し訳ございませぬ!ご無礼を!」
慌てて頭を地面につけたホウジュ。
しかし、ここに来て知り合いに会うとは…
「こんなところで何をしているのか聞いているのだ。答えよムトナ。」
「…そこのホウジュとやらも、ある程度格式ある場所の従者だな。お前たち、本当に夫婦者か?」
「…申し訳ございませぬ…それはすべて虚偽でございます。」
「おい!ムトナ!」
「大丈夫だよ。口は固い……はず。」
「無礼者。はずとはなんだ。」
厳しいお顔をされていたタラプガエラムハ様は、ここで大笑いされた。
それを見て少し安心する。
「…聞いたぞ。お前たちは何を考えているのだ。応答によっては斬るぞ。」
「タラプガエラムハ様、その時はわたくしだけをお斬りくださいませ!ここに控えますはホウジュと申す者。アメンモセ様が従者にございます。必ずや無事にアメンモセ様の許へお返しすると約束致しますれば、この者を殺すわけにはいきませぬ。どうか、わたくしだけをお斬りくださいませ。」
「お前…何を!」
「ホウジュは黙ってて。」
「これ。私の質問に答えぬか。直ぐに殺すとは言っていまい。」
「……………」
「では、質問を変えよう。ムトナ、お前の主は誰だ?」
「わたくしの主はネフェルタリ様お一人にございます。」
「……そうか。」
剣をお収めになったタラプガエラムハ様。
どうやら本気ではなく、試していただけらしい。
「お前は死んだと聞いていたが、目の前にいるのは死者の亡霊ではないようだな。詳しく話せ。」
ネフェルタリ様からの言伝てだろうか。
どうやらラムセス様とカエムワセト様は、ちゃんと約束を守ってくださっている様子。
「タラプガエラムハ様。この街でのラムセス様のお噂をご存知でしょうか。」
「知っている。事実無根の噂だが所詮は噂。放っておけばなくなる。」
「ですが、首都での現状は思わしくありませぬ。民の誤解は首都で響いてないのです。」
「…知らないのか?」
「はっ。民の支持は弟君たちに向いている。それを知らぬは首都の人間のみです。民の心を嘘で掴み、贅沢と権力欲しさだけで、苦になることはなにもしない弟君たちのどちらかがファラオになってしまうことがあってはなりませぬ。」
「…評議会だけではファラオになれぬからな。」
「その通りです。ラムセス様が唯一の適任だと心得ておりますし、ネフェルタリ様もお喜びになることでしょう。ネフェルタリ様のお心が常に晴れやかになることこそ、今のわたくしの望みです。」
とにかく、現状をお伝えするのが先決であり、自分の本心を後から伝える。
「…お前の忠義心は存じておる。それが続いているか試しただけだ。安心いたせ。」
「……はい。」
「つまり何だ?お前たちは噂の払拭に来たというわけか?」
「左様にございます。」
「エジプト中を廻る気か?」
「必要とあらば、そのつもりにございます。」
「…なぜそのような…ネフェルタリはお前がいなくなって悲しんだと言うに…側にいてやれ。」
「その件は承服致しかねます。わたくしは訳あって死したことになっていますゆえ。」
そこで自分に起きた事の経緯を話し、ネフェルタリ様と別れる必要があったことを述べた。
「ですからわたくしは、ネフェルタリ様のお側でお仕えすることは出来ませぬ。ならば、離れた場所からネフェルタリ様の御為に出来ることをやるだけだと思い、まずはラムセス様の皇太子即位を手助けに。」
出来ることなら、以前のような関係に戻りたいと何度願ったことか。
犯してしまった自分の罪への後悔で、何度枕を濡らせたことか。
誰よりも大切で、大切で、大切で。
大事にしてきた関係を自分が崩してしまった。
今考えてみれば、ラムセス様への嫉妬だったのかもしれない。
ネフェルタリ様への全幅の信頼と忠義の心は今でも変わらない。
だが、ネフェルタリ様のお心にラムセス様が入った瞬間、私は複雑だった気分になった。
当時はその意味が分からなかった。
だけど、裏切られた気分になった。
だから、あのような罪を犯したのではないか?
それを知ってたから、ラムセス様は酌量し命まで取らなかったのではないか?
何度思ったことだろう。
「ムトナ。本気で申しておるのか?」
「本気でなければ、このような場所でお会いすることは叶わなかったでしょう。」
「そうか。…私に出来ることはあるか?」
「嬉しきお言葉、ありがとうございます。
…わたくしが生きていることは伏せていただきたい。それだけが願いにございます。」
「そうだな…」
しかし、タラプガエラムハ様のお心はそれだけにとどまらなかった。
この地にいる間の宿の提供、護衛の人間、資金援助等、至れり尽くせりのもてなし。
姪であるネフェルタリ様への愛情が、タラプガエラムハ様を動かした。
「スゲェ…お前、本当にネフェルタリ様付きの侍女だったんだな。顔が広いや。」
「まだ疑ってたんだ?ま、ゆっくりと知っていけばいいでしょ?」
「しかしビックリしたな!叔父上様だとは思わなかった。どうして辺境にいるんだ?」
「首都は嫌いだって家を飛び出したとかだったかな?長子の権は五男のタラプガエラムハ様には当てはまらないし、気楽に出ていけたんでしょ?」
「それでも家で裕福に暮らす方が楽だろ?」
「そこがタラプガエラムハ様の面白いところなんじゃない。奇想天外?キテレツ?そんなことを言われてた。」
「ハハッ!間違いねぇや!」
タラプガエラムハ様の家を出ると、途端におしゃべりになったホウジュ。
相当緊張してたのかな?
そう思いながら、手を繋いで酒場に向かった。
「…あ!お前ら、首都商人!」
「噂聞いたぞ!もっと詳しく話せや!」
「「……………」」
昨夜とは別の酒場に来てたはずだが、一日で有名人になってしまったらしい。
ちょっと驚いたが、そこはホウジュが面白おかしくみんなを笑わせながらラムセス様のことを話していった。
「しかしなぁ…直ぐに信じきれねぇよ。」
「そうだよな。」
「証明できるか?お前らの話。」
「証明?…うーん…あ!誰か代表して首都に行ってみれば?」
「ワハハハ!結局出来ねぇんじゃん!」
「こりゃいいや!」
「だったらさ、この中で首都に行ったことのある奴!手を上げろ!」
「いないから噂が成り立つんだろうよ!」
「なんだ。知ってるじゃん?」
「ちょっとホウジュ!いい加減にしなよ!」
「何だよ。みんなと楽しく酒を飲んでるだけじゃん?」
「そうだよ。こっち来て一緒に飲もうや!」
「あっ!」
「お前!ムトナに触るなよ!俺だけが触っていいの!ムトナ!こっちに来い!」
…と。
傍目から見れば酔っ払っているものの、実は大して飲んでないので素面同然のホウジュ。
アメンモセ様からのご命令は忘れずに、しっかり私を守ってくれている。
「んーー。可愛いな、お前は。」
「ホウジュったらぁ。」
「こら!イチャつくな!新婚はこれだからめんどくせぇんだ!」
「言えてる!ワハハハ!」
これで心は掴めたと言っても過言ではない。
和気藹々と楽しめる空間は、次第に心をオープンにさせる。
私たちを友人・仲間と思わせることが出来たなら、言葉を信じやすくなる。
信じればこっちの勝ち。
そこに。
「俺、首都に行ったことある。」
「「ええっ!?」」
と、挙手しながらそう言った一人の男。
見れば、私たちを遠巻きに見ていたタラプガエラムハ様の従者。
突然何を言い出すんだ?と驚き、ホウジュと二人目を合わせて、また男を見る。
私たちの周りに集まっていた人たちも、男に注目している。
「だから俺、首都に行ったことある。って言うか、昨日戻ってきた。」
「マジか!お前、首都知ってるのか!」
「こっちに来て飲め!」
「それで?こいつらイチャつき夫婦の言ってること知ってるのか!?」
「お前、どこの人間だ!」
「質問一つずつ!
…俺は地主様の命令で、度々首都に上ってるよ。この夫婦の言ってることは本当だ。首都では手腕や人望の厚いラムセス様が、次の皇太子だって言われてる。弟たちは、毎晩宴会開いて飲んでるだけの役立たずなのに、ここじゃ弟の方が称えられてる。国のために働いてるのは、命を削って頑張ってるラムセス様なのに、変な話だぜ。」
地元の人間。
地主様の命令で動く人間。
その人が証言した。
これ以上ない信頼できる言葉。
(タラプガエラムハ様か!)
この従者、恐らくタラプガエラムハ様が私たちの助けになってやれとも命令されていたんだろう。
ならば、助け船に乗る方がいい。
再度ホウジュと目を合わせ、小さく頷く。
「ほーーら!証人がいた!証言した!」
「だから言ったじゃん!俺たちは見たものしか言わねぇの!」
「それを信じないなんて…ここの人たちって、外から来た人間に冷たいのね…ムトナ、悲しい。」
「ああっ!ムトナ!泣くな!
…お前らぁ!俺のムトナを泣かせるな!!」
「…また始まった!ワハハハ!」
酒の席とは言え、この場にいる全員が飲みすぎているわけではない。
翌日になれば、ここの話を素面で思い出す。
そうなれば話を反芻し、私たちの言葉が本当だと信じるだろう。
「ホウジュ、もう帰ろう?」
「そうだな。じゃ、俺たちはこれで。」
「おう!また来いよ!」
「二度と来ねぇよ!ムトナを泣かせる酒場なんて!」
「ワハハハ!」




