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立ち上がって声を張り上げ大声で喧嘩を始める。
酒場にいる全員の目を私たちに向けさせる。
「ホウジュ!おじさんに謝りなさいよ!」
「お前が俺に謝ったら謝ってやるよ!」
「どうして私が謝らないといけないのよ!」
「俺はお前の夫だぞ!妻は俺に楯突くな!」
「はぁ!?何様のつもり?」
「ちょっとあんたたち!落ち着きなよ!」
「これが落ち着いてられますか!」
「なんだ?夫婦喧嘩か?…あ、こいつら広場に来てた流れ者の商人夫婦だ。」
「本当だ。何を喧嘩してるんだ?」
どうやら、市場に来ていた人も数人いる。
つまり、私たちが首都から来たって知っている人がいるってこと。
そう。
首都で売られている商品を自分たちが売ることの利点はそこにもある。
本物を店に並べ、首都から来たとアピール。
流れ者は信用できないが、見慣れた者の言葉はすんなり入っていくもの。
目のある者は本物だと見抜き、その言葉を聞いた者は信用していく。
その観念を植え付けた私たちを、人は首都から来た信用できる夫婦として目立った立場になる。
(おじさんには悪いけど)
自分のせいで喧嘩になってしまったとオロオロしてるおじさんに心で詫びながら、ホウジュと本来の目的を果たす。
「おじさんに謝りなさいよ!」
「どうして俺が!大体おっさんが悪いんだろ!お前だって分かってるくせに!」
「ち…ちょっと待ってくれ。俺が悪いって?」
「おっさんは聞いたことしか知らねぇんだろ?だからそんな噂を信じてんだ。」
「ホウジュ!やめなって!」
「俺たちは首都から来たから辺境のことは知らねぇ。でも、事実を知っている。」
「…姉ちゃん、本当かい?」
困った表情を作りながら、ゆっくり頷く。
「…おじさん、全部ラムセス様のせいにしてるけど、ラムセス様は人は無闇に殺すなって口癖のように言ってる人だよ。」
「…え?」
「友達にラムセス様のお屋敷で働いてる子がいてさ、その子から聞いた話だし、私もホウジュもラムセス様に会ったことあるし。」
「……本当か?」
「そうだよ。エジプトはラムセス様に守られてるって言うほど民を大事にしてる。なのにおっさんが悪口言うから腹が立った。…ごめん…」
「ホウジュ…私も言い方きつかった…ごめん…」
そう言いながら抱き合う。
美しい仲直りの図。
そして喧嘩が収まれば、気になることは一つだけ。
「何だよ?今の話…」
「確かに俺たちはラムセスを知らねぇ…」
「ラムセスってどういう奴だよ?」
…こういうこと。
「…なぁ、姉ちゃん。あんたの友達、本当にラムセスのとこにいるんか?」
「うん。いるよ。」
「ラムセスってどんな人だ?俺たちの知ってるラムセスとは違うっぽいけど。」
「そうだな…背も高くてカッコいいし、奥さんを本当に愛してる人だし…
あ、さっき、国庫の話が出たけど。ラムセス様は、民のために国庫を解放しろと何年も申請しているよ。その場面も実際に見たって言ってた。」
「……………」
「本当は戦争だって好んでいる訳じゃない。だけど国の領土拡大は、オリエントの覇権を握るために必要なことでしょ?その目的は、拡大した地域の特産品でエジプトが潤うためだし、属国支配をすることで、戦争を起こさせないためだって。つまりは、全部がエジプトという国のためだし民のためでしょ?」
「…兄ちゃんも知ってたのか?」
「もちろん。首都では、ラムセス様が称えられて支持する人の方が多い。それを腹立たしく思ってる弟君たちの悪巧みが目にあまり、こっちとしては、王子なら怠けてないで責務を果たせと言いたいほどだ。しかも、さっきの噂、多分嘘だぜ。ハンダブアメラームは王宮から離れたことなんて一度もないし。テーベじゃ、誰もが知ってるぜ。」
「だから、おじさんの話を聞いてビックリしたんだ。事実無根だよ。そんなの。」
「そうそう。兵配置だって、ハンダブアメラームが命令したんだろ。ラムセス様の名を語って自由にやれって。」
酒場にいる全員が、私たちの話を黙って聞いていた。
それはもう、驚きの表情で。
「そんなこと言われても信じられない!」
客の一人がそう叫び、注目はその人に集中した。
「そうだ!俺たちがどれほど苦しめられてきたかお前らには分からない!」
「ラムセスはエジプトの敵だ!」
「そうだ!そうだ!」
…まぁ、直ぐに信じてもらえるなど、こちらも思っちゃいない。
とにかく…と、正論をぶつけてみる。
「私だって信じてもらえるなんて思ってないよ。辺境がこんな苦しい状態だったなんて、今日初めて目にして知ったんだもん。人は噂に流されやすい。だから私たち夫婦は、見たもの以外信じないって約束した。私たちは実際に聞いて見たことしか言ってない。それを信じるか信じないかは己の心じゃないの?」
「……………」
「ちょっと強気で物を言わせてもらうと、あなたたちだって何も見てないんでしょ?ハンダブアメラーム様を見た?実際に金は配られた?テーベに行った人はいるの?ラムセス様が悪鬼の如く行動されているお姿を誰か見たの?誰も見てない。あなたたちの知識はただの噂でしょ?それを信じているなら、私たちが持ってきた情報も信じなきゃ可笑しいんじゃないの?」
一気に言い切り、みんなを見渡す。
誰もが口を閉じ、俯いた。
「…ホウジュ、帰ろう。」
「え?でも…」
「みんな、混乱してる。何を信じていいのか分からないなら、ここで私が見てきた真実を言っても信じないよ。悪いけど、明日には移動しちゃうことになるな…ごめんね。」
「いいよ。流れ者らしいじゃん。…じゃ、俺たちはこれで失礼します。」
「…おじさん、一緒に飲めて楽しかった。負けちゃダメだよ!応援してるね!おやすみ。」
おじさんに声をかけて、酒場を後にした。
宿につき、部屋に上がると同時に二人で脱力。
「「疲れたぁーー!!」」
タイミングバッチリで聞こえた溜め息と言葉。
お互いに顔を合わせて大声で笑った。
「それにしても、お前はスゲーな!よく堂々としていられたな。」
「そんなことないよ。ホウジュだって話を合わせてくれたじゃない。」
「そういう計画だったじゃん?」
「そうだけど、臨機応変に対応してくれたからやり易かった。ありがとう。」
「でもさ、あいつら信じたかな?」
「半々でしょ?みんなにも言ったけど、全部信じてもらえるなんて思ってない。」
「どうするの?」
「…ターゲットに信じてもらえればいいの。」
「……あのおっさんか!」
「当たり!」
そう。
私が狙いを定めたのは、楽器屋のおじさん。
少しだけ開かれた心に埋め込んだ真実をどう受け止めてもらえるか。
「おじさんには可哀想だけど、あの人の怒りは正当であり純粋だった。私から真実を言えば揺れるって思ったの。」
「確かにな。ハンダブアメラームの野郎…卑劣なことをしやがる…」
「ハンダブアメラーム様の思惑通りにはいかせない。」
「明日、広場にいくのか?」
「とにかく様子を見に行く。おじさんがちょっとでも信じたなら、行動に出るはずだよ。」
「行動に?…あ、兵に聞くってこと?」
「うん。そこでホウジュ。あなたの腕はアメンモセ様が太鼓判押してたけど、例えば正規軍一人と喧嘩したら勝つ自信ある?」
「一人?楽勝じゃないの?」
「楽勝か。お手並み拝見しよう。」
「え?」
そう言って立ち上がった私は、ホウジュに向かって蹴りを入れた。
ホウジュはそれを軽く避けた。
「待て待て待て!何の罪もない女を殴る趣味はない!」
「私だってネフェルタリ様付きの側近!多少の護身術は心得てるわよ!」
ちょっとむきになって仕掛けていくが、ホウジュは尽くかわしていき当たる気配もない。
気が付けば、私だけ息が上がり汗をかいていた。
「…ハァ…ハァ…やるじゃない…」
「おいおい、大丈夫か?」
「こんなに敗北感を味わうなんて久々よ…」
「だから楽勝だって言ったじゃん?」
「私だって兵の一人や二人…やれてたのに…」
「上には上がいるの。ほら、水。」
まぁ、だから用心棒ってわけだ。
組み合って分かるホウジュの強さ。
まるで、ラムセス様を相手にしてた感じだった。
ネフェルタリ様を守るために、度々私を鍛えてくれていたラムセス様。
そこにはどうしても越えられない壁のようなものがあった。
ホウジュにもそれを感じた。それくらい強い。
「…で?何を試されてたわけ?」
「私を守れるかってこと?」
「その腕じゃ、戦争ボケしているそこらの兵相手にしてもお前が勝つだろ。ムトナ!何考えてるんだ!」
「怒らないでよーー!…もしかしたらって思うのがあって!用心のため!」
「…おっさんの警護か…」
「さすがホウジュ!以心伝心?」
「勘がいいと言ってくれ。おっさんが兵を連れてきて問い質すって寸法か…はぁ…」
「何人引き連れてくるか分からないからね。」
「勝算は?」
「ーーある!兵の暴挙を我慢できない住人が決起する。必ず。」
「決起するって…火種はまだ小さすぎる。」
「分かってるよ。だから明日も別の酒場にいくつもり。その前の仕込みも。」
「仕込みって?」
「昼になったら、市場の近くでデートしよう。市場を観察できるし、私たちの存在も分かるような場所で。」
「…相手から近付かせるって寸法か?」
「…やっぱり以心伝心!当たり!」
「そんな単純な方法で上手くいくのか?」
「大丈夫。私たちって、国の上層部に位置する人たちに揉まれ過ぎてて、小難しく考えすぎなんだよ。明快で、単純で、理解しやすいものほど食い付きやすいものはない。」
「…ま、そうかも。」
アメンモセ様の従者に遣いを出し、お金と手紙を持たせると、その日の行動は終了。
翌日、日が高くなった頃、早速ホウジュと二人で宿を出て、市場の近くにあった木陰でデート。
「…って!くっつきすぎ!」
「あのね。設定新婚夫婦なんだけど。」
「…そうだった。」
「照れてるの?」
「照れてない!そんなに腕に巻き付かれたら当たるだろうが!俺だって男だぞ!」
「…条件追加に書いておくよ。恋はしない」
「望むところだ!俺に惚れるなよ!」
「そっちこそ!」
気が合うのか合わないのか分からないな。
まぁ、今までの私の人生の中で、同等と思えた人は数少ない。
侍女たちの中でも格差があったからだ。
だからこそ楽しく感じるのは、私だけではないと思う。
「…ムトナ。あっちの服屋のオヤジ。」
「…あ、気にしてるね。」
「楽器屋のおっさんも。」
「うん。近付いてきたら行動開始。」




