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我が身を案ずることなかれ  作者: 水嶋つばき
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「…ムトナ?どうした?」

「アメンモセ様。ラムセス様はファラオに相応しいお方です。民はラムセス様について無知すぎるだけなのです。」

「…それはそうだが、エジプトは広い。人も多い。ゆえに噂は速いし消えるのは不可能。その状態でどのようにしてラムセス様のことを皆に理解してもらえると言うのだ。」

「噂に対抗するは噂です。…弟君たちの流した噂をわたくしが払拭して見せましょう。」

「出来るのか?」

「案がございます。」

「どのような案だ?」

「わたくしは国を廻る商人になります。それで首都から噂を持ち、さまざまな混乱を起こさせましょう。」

「…それだけか?」

「はい。それだけで噂は更なる噂を呼びます。必ず成功させて見せます。」

「確信があるのか?」

「はい。」

「そうか。」


まだ浅い歴史の中で、同じような事があった。

少年王、ツタンカーメンの噂だ。

僅か10歳でファラオとなったツタンカーメン様は、幼い頃よりお身体の弱いお方だった。

その一方で、ファラオとしての手腕は発揮され、続く戦いの勝利をもぎ取ったり、王家の者として民のための治世を志していたことを学んだ。

反面、都から離れている辺境の街では、ツタンカーメン様に関する噂は酷いものだった。

頭の悪い王

自分では何も出来ない王

家臣を奴隷のように扱う王

しかし、それらの噂を払拭した一人の勇敢な者がいた。

アケンセナーメン様

ツタンカーメン様の妻であるその人本人だった。

アケンセナーメン様は、ご自分の側近に新たな噂を流せと命じ、何十ヶ所にも及ぶ地方へ一括派遣した。

結果、8日もすればツタンカーメン様の悪い噂を塗り替え、民の支持は格段に上がった。

ネフェルタリ様にお仕えしながら、王家の歴史を学んでおいて正解だった。


「アメンモセ様、わたくしは部下を持たぬゆえ、効果は徐々に表れるでしょう。しかし、1年…いえ、半年以内で必ずやラムセス様を皇太子殿下にさせてみせます。」


噂を払拭すれば、あとはラムセス様の人脈と評判、そして功績次第だ。

それならば、ご本人だけで十分。


「ムトナ。お前の習知は秀でておるゆえ、必ずや成功すると信じている。我が妹に誓った誓いを生涯忘れぬと信じている。その信頼を違えぬと私に誓えるか?」

「この命、そして我が女神ネフェルタリ様にも誓えます。」

「よし。ザフナテパネア!」

「はっ。」

「ホウジュを呼んで参れ。」


しばらく待っていると、ザフナテパネア様が私と歳があまり変わりないほどの男を連れて来られた。


「ムトナ。この者は最近私の元で働くホウジュという者だ。器量もよく、武術も心得ておる。お前の用心棒にはなるであろう。」

「…え?」

「商人ならば、従者がいなければ変に思われるであろうが。ホウジュを手足として使うがよい。ホウジュ、今からこの女の剣となり盾となれ。名はムトナと申す者だ。」

「畏まりました。旦那様。」

「アメンモセ様…宜しいのでしょうか?」

「何がだ?」

「アメンモセ様ご推薦のお方とあらば、相当な信頼を得ておられるお方でしょう。アメンモセ様のお側を離れて宜しいのでしょうか?ホウジュ様も不安になられるのでは?」

「ハハッ!そうだ。だからこそホウジュがお前と一緒なら安心なのだ。連れていけ。ただし、必ず我が許へ帰すのだぞ?」

「アメンモセ様…ありがとうございます!」

「商売に使う荷車や商品も揃えよう。」


アメンモセ様は早急に準備を整えてくださった。

その中から荷車は遠慮し、出来るだけ機動を考えて荷物は最小限にした。

女性対象に服やアクセサリー、男性対象に皮袋や剣を売り歩くことにした。

そのすべてをタダで準備できた。アメンモセ様には頭が上がらないほど感謝した。


「これらを金にするのか?」

「はい。そこで、アメンモセ様との取引書を書きました。私の店の卸問屋になってくださいませんか?」

「ほう!卸問屋!」

「これらを2,3割高値で売りますと儲けが出ます。わたくしとホウジュの生活費を差し引いた金額をお送りしますゆえ、そのお金で新しい品をわたくしに送ってください。アメンモセ様のお名前、そして、都の品ということで珍しさも伴い民は買い求めるでしょう。」

「辺境の街の住人は、そんな金があるのか?」

「アメンモセ様。辺境の街で都の品は、ここの20倍ほどの高値がつくものばかりです。質の良い物をいつもより安値で求められるならば、民はどうあっても欲しがりますゆえご心配なさいませぬよう。」

「ハハッ!そうであったか。お前は商人としての素質もあるようだな。」

「まぁ。ご冗談を。」

「よい。書を書こう。それから商人承認証だ。市長の印が押されておろう?テーベの商人ということだ。」

「こんなものまで…!ありがとうございます!」


至れり尽くせりの過分の親切に感謝した。


翌日。


「アメンモセ様、ザフナテパネア様。たくさんの支援と溢れんばかりの愛に感謝致します。このムトナ、必ずやラムセス様とネフェルタリ様の御為に働きかけますゆえ、事の進行を見守りくださいませ。」

「頼んだぞ。」

「はっ。つきましては一つ願いがございます。」

「まだあると?…よい。申してみよ。」

「恐れながら申し上げます。わたくしがここに姿を見せたこと、そして、アメンモセ様とお会いしたことは、アメンモセ様とザフナテパネア様のお心だけにお秘めください。」

「…ラムセス様にも申すなと?しかし、ラムセス様とカエムワセトはお前の存命を知っているだろう?」

「ですが、ネフェルタリ様のお耳に入る僅かな隙さえ与えられませぬ。念には念をと申します。どのような経緯でもネフェルタリ様のお心をこれ以上乱すことがあってはなりませぬ。わたくしの女神はただお一人。そのお方が苦しみ悩むことは、わたくしが許せませぬ。」

「……そうか。分かった。」

「ありがとうございます。…では、行って参ります。」


機動のための馬を引き、アメンモセ様の屋敷をあとにした。

目指すは上エジプト。

ナイルの港に向かい、チャーター船を買う。

馬や荷物を乗せられるほどの大きな船。

ゆっくり上りながら、ホウジュ様に話し掛けてみた。


「これから宜しくお願いします。ホウジュ様。」

「…こちらこそ宜しくお願いします。」

「ホウジュ様はおいくつですか?」

「17になります。」

「では、わたくしと同じですね。侍従であり歳も同じ。なぜかそれだけで親近感が湧きます。」

「…ムトナ様。一つ提案があるのですが。」

「はい。何でしょう?」

「親近感が湧くのなら、このような堅苦しい言葉遣いをやめにしませんか?私のこともホウジュと呼び捨てで構いませぬ。」

「そうですね。……そうしよっか。ホウジュ。」


これから共に旅をしていく私たち。

譲歩できることは譲歩していくべきだし、目上でも歳上でもないホウジュに型はなくてもいいはずだ。

そう思って出た言葉に、足から崩れるほど脱力したホウジュ。

そして、まだあどけない笑顔を見せた。


「はぁーー!良かった!ホッとした!」

「何が?」

「ムトナが断ったら、俺、首切られるだろ。元々こういう話し方苦手なんだよ。」

「あら。仮面が剥がれたら、結構素直な方だったのね。ずっと難しい顔つきだったから、怒ってるかと思ってたわ。」

「よく言われる。アメンモセ様が厳しいだけなんだよ。でも、凄く優しくしてくれた恩人。」

「そっか。ホウジュ、向こうで自分たちのことやこれからの計画について話さない?お互いを知っておいた方がいいでしょ?」

「そうだな。行こう。」


同行者のホウジュは、ただ緊張していただけだったみたい。

向かい合って話せば、とてもしっかりしたいい青年だった。


「じゃあ、ネフェルタリ様は今でもムトナが死んでると思ってるわけ?」

「うん。」

「それって侮辱罪で斬首になるだろ。どうしてそんなこと…」

「言ったでしょ?ラムセス様とネフェルタリ様の為なのよ。それに、ラムセス様はご存知なんだから、侮辱罪にはならない。」

「本当か?」

「……と、思う。」

「は!?ハッキリしろよ…」

「…多分?」

「もういいや…頭痛くなってきた…」


会話の時間を楽しんでいる自分がいた。

こんな親しく会話すると、嫁がれる前のネフェルタリ様との時間を思い出す。


「ま、大体は分かった。とにかくムトナはネフェルタリ様の為に頑張る決意をしたんだろ?俺はお前のために頑張るよ。アメンモセ様のご命令だし。」

「うん。ありがとうホウジュ。」

「…俺たちは対等?」

「え?」

「対等かと聞いてるの。」

「あ…うん。」

「だったら、この旅で稼いだ金は半分ずつ?」

「当たり前じゃない。と言うか、ホウジュの方を多くしてもいい。用心棒は危険が伴うしね。」

「…へぇ。こりゃ本物だ。ちょっとお前を信じてもいいって思えた。で、旅の計画は?これからどうするの?」


一瞬「?」ばかりが頭を過った。

どうやら私を試していたっぽい。

エジプトで人を信じることは身を滅ぼすと言われている時代だから仕方のないこと。

私は、信頼するネフェルタリ様のお兄様であり、幼い頃から知っていた間柄のアメンモセ様が信頼するホウジュを疑うことなどしなかった。

…いや、しちゃいけない気がした。

一緒に時間を過ごし、言葉と行動で信頼を培えばいいと思った。


(ホウジュは中途半端が嫌いなタイプね)


善悪、白黒、正誤、こんな感じで二者択一しかないのだろう。

信頼できるかもしれないは、基本的に嫌い。

できるか、できないかのどちらか。


「設定は兄弟でいこうか。どっちが年上役にする?」

「俺やりたい。」

「じゃ、ホウジュがお兄ちゃんで私が妹。両親は他界し生きるために都の品を扱う旅商人となったら、アメンモセ様に気に入られた。大まかな設定はそんな感じでいこうか。」

「うん。分かった。」

「街で噂が始まるところってどこだと思う?」

「人の集まる市とか酒場?」

「じゃ、そこには必ず毎日通う。そこでラムセス様の噂が流れたら、訂正噂を流す。」

「どうやって?」

「その場で大々的に。まぁ見ててよ。一度お手本見せるから。」

「俺はどうすればいいの?」

「流れに話を乗せればいい。」

「それだけ?」

「うん。」

「なんか、もっと込み入った仕掛けとかするかと思ったのに。」


こういうものはシンプルなものがいい。

大胆で簡単。そういうものに人は惹かれる。


「それをいくつかの街で繰り返していく。そして場所移動する。」

「分かった。とりあえず、商人としての信頼を得ることが先決か。」

「分かってるじゃん!宜しくね。」


こういうところはやり易い。

お互い考えることが似ている私たち。

何を言わずとも理解できる。

歳が近いことや同じ立場で働くもの同士、少し話せば直ぐに意気投合した私とホウジュ。


目的地に向かうまでは、下らない話で盛り上がったりした。


「お前は話せば話すほど不思議な女だな。」

「そう?普通とは違う?」

「ああ。」

「育った環境かもね。今の時代、犠牲になるのは子供ばっかりだから。ホウジュだって歳のわりにはしっかりしてる。」

「同じ歳のムトナが言うか?」

「それもそうだね。」

「…俺は生きるためなら何でもやって来た。唯一やらなかったのは殺人だけだ。喧嘩も強いし逃げ足も早い。それを日々の食料のために使ったんだ。誰にも負けないし追い付けない。そんな俺が罪に問われることはなかった。でも、それを見抜き、怒り、殴られたけど…優しく手を差し伸べてくださったのがアメンモセ様だったんだ。価値ある能力を持っているなら、罪ではなく良いことに使えと教えてくださった。」

「アメンモセ様は心に訴えかけるお方だから。」

「ああ。俺は、この人のために何でもしようって思った。お前とネフェルタリ様みたいだな。」

「うん。私たちそれぞれのあるじは、ラムセス様がファラオに即位されることをお望み。目のある者から見れば、未来を切り開ける力をお持ちだと稀有されているお方。私たちは、そのお助けをする。それが主たちの望みでもある。頑張ろう。」


お互いを尊重し、決意を新たにする。


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