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我が身を案ずることなかれ  作者: 水嶋つばき
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4-1

「門番様。謁見を申し上げます!」

「お前…また来たのか。帰れ!」

「お願い申し上げます!」


テーベ中心部は近く、半日ほどで目的の場所に到着した。

そこの近くで服を買い、身体と顔をヴェールで隠し、門の前で座り込むこと3日。

いまだに目的の人には会えず。

私がいる建物は、テーベ市長の住む屋敷前。

簡単に会えるとは思ってなかったが、まさか門前払いだとは思わなかった。

だが、ここは忍耐して待つのみ。


「…お前、市長に何の用だ。」


待つこと5日、痺れを切らせた門番が、やっと中に話を通したらしい。


「お伺いしたき議がございますゆえ、謁見申し上げております。」

「……面を上げよ。」


顔を上げて見ると、結構歳を召された貫禄のある男性が立っていた。

鋭い目で観察され、真意を図っている。


「お前のような小物に市長を会わせろと?」

「はっ。害になるようなことは致しませぬ。短刀もお預けいたします。裸で行っても構いませぬ。謁見中に拘束されても構いませぬ。話を聞いていても構いませぬ。何か怪しいと、あなた様が判断なされたときは、容赦なくお斬りくださいませ。ただ半時…いえ、数時で構いませぬ。市長に謁見を取り次いでいただけないでしょうか。」

必死で思いを伝え、何とか会えるように取り引きすると。


「……女。」

「はっ。」

「名を何と申す。」


一瞬迷った。ここは首都で、下手したらラムセス邸にも知られるかもしれない。

しかし、この場は正直に言うのが賢明だろう。

少し考えて、耳打ちするように小声で話す。


「…名はムトナと申します。」

「…………分かった。」


この人には、これだけで十分だろう。

他には名を明かせぬ事情があること、そして、市長だけには申してよいということが分かったはずだ。

しばらく待っていると、先ほどの男性が出てきて、私に笑顔を向けられた。


「ムトナ、入られよ。」

「あ、ありがとうございます!」


招き入れられた建物の中で、拘束されることや身ぐるみを剥がされることもなく通された。

そして。


「…ムトナ!ムトナなのか!!」

「アメンモセ様!!やっとお会いできました!」

「ムトナ…よう無事で…どれほど心配したか!この跳ねっ返りが!!」

「お元気そうで何よりです。アメンモセ様。」

「さ、こちらへ。」


テーベ市長、アメンモセ。

このお方は、私が古くから慣れ親しんだお方で、ネフェルタリ様の実の兄である。


ブワッ!!!

突然の殺気を感じ、全身が逆毛立つ。


「アメンモセ様!!!」

「…!!」


咄嗟、アメンモセ様に覆い被さるように前へ立つと、懐から短剣を取り出した。

そして、殺気の元へ向けるように構えると、短剣に狙いを定めた長剣が音を立てて交わった。


「な…!どういうおつもりか!!」

「……………」

「アメンモセ様!お怪我は!!」

「……………」

「……!?」


殺気を放ったのは、先ほど私を招き入れた男。

刀を止めた私を見て、にっこりと笑った。


「…これで信用したか?」

「……え?」

「はい。……ご無礼許されよ。ムトナとやら。」


……あ。なるほど。

私は試されたってことか。


「どうか、頭をお上げください。見知らずで名も公に出来ぬような怪しい女、わたくしとて敵か味方か定めるための行動を取ることでしょう。」

「…なんと。私の考えが読めるのか?」


味方と断定していただいたらしく、それからは終始笑顔だった。


「今の時代、中でも外でも気を許すなというのが首都での常識。久方ぶりに会った者が、敵になっているやもしれぬ。ましてや、この方は市長というお立場だ。何時なんどき命を狙われてもおかしくない。用心を重ねることが私の役目だ。我が名はザフナテパネア。市長にお仕えして4年経ちます。」

「ザフナテパネア様。わたくしはムトナ。幼き頃よりアメンモセ様のお屋敷にて侍女としてお仕えしていました。」

「型苦しい挨拶はそれくらいで良いではないか。こっちに来て、飯でも食いながら話そう。」

「アメンモセ様、わたくしは時間が…」

「ムトナ。お前に聞きたいことが山ほどあるのだ。私も今から時間を作る。お前の時間も作るのだ。ここを出るのは食後だ。よいな。」

「…はっ。」

「では、しばらくここで待て。」


奥へ進まれたアメンモセ様は、机に座って忙しくパピルスの文書を読み始めた。

市長の仕事を片付けているらしい。

その姿を見ながら考える。

アメンモセ様は聞きたいことがあるとおっしゃった。

恐らくネフェルタリ様のことだろう。

アメンモセ様から見れば、ネフェルタリ様の元を勝手に離れた経緯をお聞きになりたいのだろう。

詳細を話すべきか、否か。


「晩餐の用意が整いました。」

「そうか。ムトナ、行こうか。」

「はい。」


少々迷ったが、私もネフェルタリ様の近況を聞くつもりだった。

ならば、すべてを話すべきだ。

隠し事をしていてはそれを見抜かれ隠される。


「ムトナ。早速だが、私の方から聞いてもよいか。」

「…何なりと。」

「我が妹への忠実を誓ったお前はまだ健在か?」

「はっ。」

「ならばなぜだ?」

「…話すと長くなります。」

「構わぬ。申してみよ。」


私の罪を告白し、その罪に対しての罰をラムセス様から賜ったこと。

そして、その罰痕ゆえに、王家が侮辱を受ける恐れを回避すべく、自らネフェルタリ様の元を離れたことを話した。


「お前は…賢いが愚かだ…」

「申し訳ございませぬ。わたくしの不徳でお側を離れなければならなかったのです。」

「…その身をすべて覆うヴェールは、鞭の痕を隠すためか。」

「はい。」

「それからはどこにおった。」

「半年かけて傷を癒し、同時に所持金が底をつき、とある流れ着いた街で働いてお金を増やし、アメンモセ様の元を訪ねることが出来ました。」

「…お前がネフェルタリの元を離れたのは1年も前だろう?半年で奴隷が稼げるものか?」

「………この身を……売りました。」

「……何……?」

「ネフェルタリ様を遠くから支えるためには、一刻も早い行動が必要でした。早く稼ぐために、娼館にて働きました。」

「…ムトナ…お前は…」

「この身はネフェルタリ様の御為に捧げると誓った身!!何もできぬのなら、死んだ方がマシでございます!!」

「……もうよい。」

「……………」

「何も知らぬ妹は…一番の愚か者だ。お前がこんなに苦労しているのに…ただお前を恨む言葉しか出せぬ愚か者だ。」

「そう…ですか…」

「だが、あれの本心は、ずっとお前を待っているのだ。それだけは覚えていてくれ。」

「…え?…どういう…?」

「…お前が死んだとは信じていない。」


死んだことになっているのに、それを信じていないとは…?

まさか…

生きているという情報をどこからか聞いた?


「あ…アメンモセ様…!」

「案ずるな。ネフェルタリにはお前が死んだと言ったままだ。」

「ではなぜ?」

「お前が好きで堪らないからだ。」

「…え?」

「…お前がいなくなった1年前、ネフェルタリは心の病になって、突然声が出なくなった。」

「ネフェルタリ様は大丈夫なんですか!ご容態はどのような…いえ、まさか…お子が流れたのはわたくしのせいでしょうか!」

「落ち着くのだ!…今は声も出る。子が流れたのは、あいつが段を踏み外したからだ。不注意ゆえにそうなった。」

「ま…真ですか?」

「ああ。誰のせいでもない。だから泣くな。」

「は…申し訳ございませぬ…」

「…さ、少し食べよう。話はそれからだ。」

「…はい。」


ここに来て、揺さぶられる感情が上手く制御できない。

焦らないようにしなければ。

何を聞いても冷静沈着に。


食事が終わり、お茶をいただきながらアメンモセ様に話を切り出す。


「アメンモセ様。ネフェルタリ様の現在は?」

「お前、その事を聞きにここに参ったか。」

「はい。ラムセス様とネフェルタリ様の近況を。噂は噂。見たものしか信じてはならぬと分かっておりますが、わたくしはラムセス様のお屋敷に近付けませぬ。そこで、アメンモセ様ならば、ネフェルタリ様や王家にも近しいかと思いまして伺った次第にございます。」

「そうか。…どこまで知っているのだ?」


皇太子争い、敗戦、瀕死の負傷、流産等、知っている噂を詳しく説明した。

アメンモセ様は頷き、時折悔しそうに顔をしかめながら聞いてくださった。


「大方は当たっている。敗戦後、ご帰国されたラムセス様は、三日三晩意識を失ったまま生死の境をさ迷っておいでだった。今は回復されつつあると聞いている。」

「そうですか…ネフェルタリ様のご様子は?」

「気が動転していたが、落ち着きを取り戻している。」

「よかった…」

「それよりも、ラムセス様の名声は今や地に落ちた。皇太子になることへの疑問の声が上がっていることが問題だ。」


…敗戦に続く悪噂でそうなることは予想できた。

阻止できぬ場所におられたこと、帰国後に噂を初めて聞いたこと、動けぬ間にエスカレートしていったこと、挙げればキリがない。

弟君たちの悪行は、計略的というか何というか。

だが、少し目のあるものから見れば、弟君たちはラムセス様に(タカ)る蝿同様。

このエジプトで一番他国から恐れられ、要注意人物として名を馳せているのはラムセス様だ。

だが、国内でのいざこざを纏めるのも国を統べる物の器量だ。

弟君たちの悪行を止められなかったラムセス様の不徳となり、その噂だけが先行してしまう。


「アメンモセ様…カエムワセト様はなぜ諌められなかったのです?セティ様に進言なされば援軍もどうにか出来たでしょうし、ラムセス様の噂もカエムワセト様お一人で収めることも出来たでしょうに。」

「カエムワセトは、リビアの使節団一員として国外にいた。……意味が分かるか?」

「…弟君たちのめいですね?」

「その通り。何とも悪知恵だけは働く奴らだ。」


リビアとは戦争を繰り返し、領土を奪い合う相手国だ。

わざわざ使節団を送るなど、無意味とも思えることでカエムワセト様を追い出した。

ラムセス様は必然的に最前線の指揮を執るために国外へ行く。

その隙に弟君たちは……


…と言うことは、カエムワセト様も帰国している頃だろう。

現状、ラムセス様のご身辺整理に手一杯のはず。

きっと、失墜しかけている者に最後の一手である刺客をたくさん送り込まれている頃だ。

それはきっとカエムワセト様が処理している。

それらを考えて、起きた事実をすべて纏めた。

一筋の道を描くと、思わず笑みが溢れた。

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