第7話:生活魔術士見習い、ピンチになる
随分更新に間が……。
もし待っていて下さる方いたら、また来てくれたことに感謝!
翌日。朝日を受けた空が藍の中に変わり、星の煌きが残る夜明け前。
カケルたちは、陰影が濃いノエの森から村の様子が伺える場所まで移動してきた。森を開拓して広げたられた牧場の向こうの村は、薪などの木ぎれを組んで作られた大松明の炎が村のあちこちに等間隔で置かれているため、よく見えた。
「安全地帯の結界は牧場に描くことにするよ。無事に戻ってくるの、待ってるかんね」
武装を整えたノーリとセキが頷き、カケルに教わった通りに、右の拳を額の前にかざして目を瞑り集中する。かざした手の甲に紋章がホワッと淡い光。肌に描紋した隠蔽術が発動する。空気に溶けるように二人の姿が掻き消えた。
残ったカケルは、草を踏みしめる微かな音が柵を越えて遠ざかったのを見守ってから、上着のポケットから暗視術の掛かった単眼鏡を鼻に掛けた。水晶レンズに入れられた鉱物魔力染料の描紋が赤く淡く輝くと、暗闇が真昼のように視認できるようになった。これで灯り付けなくても地面に刻紋できる。身を低くし、忍び足で、ハンマーのもち手側の柄先で地面にガリガリと刻紋をし始めた。
――ガシャーン、ガタン!
どうやら賊たちは村長宅に屯っているらしい。濁声で怒鳴り、食器が割れる音が聞こえた。続いて、娘らしき悲鳴。
身動きする音さえ消していれば、肩がぶつかりそうになるほど側をすれ違っても見張りの賊は気づかない。ノーリとセキは描紋隠蔽術をまとったまま、村の中心にある村長宅の裏手までやって来ていた。
小窓の隙間から中を伺うと、テーブルに脚を乗せた賊の頭目らしき、ノーリより体格の大きい筋骨隆々とした猪首の縮れ顎鬚の男。その男の隣に立つやせ気味猫背の頬骨の目立つ黒衣の男。抜き身の片手剣を持ち、酒気と怒気の赤ら顔で、地面に倒れた老人を蹴りつける手下。くの字で倒れ付す老人。
「お爺様!」
そして、老人の側に跪いた娘がいた。見目の良い容貌なので頭目の世話に駆り出されていたのだろう。悲痛の涙を浮かべて首を振る。深い赤褐色の長髪がフワリと揺れた。
「これ一つで充分だと? まだ森の奥にゃあ赤主の卵が残ってる。盗りつくすまで何度でも狩人を入れる。それとも……今すぐ首切られてぇか!」
哂いながら、老人をもうひと蹴りする様子を一瞥し頭目はテーブル上の籠に手を伸ばして麻布をのけた。布の下には手のひら大の細く赤い筋が這う薄紅色の卵が一つあった。
「頭目~。これ一個で金貨一枚なんすよね。巣にはまだ沢山あったから、ボロ儲けっしょ」
「卵一個持ってくるためにもう二人も……! なのに!」
うつむいて呟いた娘の一言。頭目は卵を籠に戻すと、テーブルの上の豪勢な食事を一気に払い落とした。床に食事が飛び散り、金属の食器が耳障りな音たてた。娘の襟首をつかんでテーブルの上に放り投げ押さえつける。口元が歪んだ。
ローザ! セキは声無き声で叫んだ。ビリビリと布を裂く音がした。次の瞬間には、正面玄関入り口へ駆け、見張りの手下を射た。急所を貫かれ仰け反り倒れていく賊を押しのけ、扉を開け突入してしまった。描紋した隠蔽術は急な動きをすると魔術効果が解ける。術が消える。
ノーリはフッと嘆息してセキの後に続く。こう派手に動いたからには、すぐ賊は集まってくるだろう。敵をなるべく減らしておくことにしよう。
キィン。鞘滑りの音。二マム(二メートル)の背丈に近い長さの両手長剣抜剣するや否や、駆けつけた賊の短刀が宙を舞ってもち手を切りつけられて倒れた。刹那の攻撃だった。ノーリが次のターゲットを沈めた後に、思い出したかのように短刀の男は悲鳴を上げてのた打ち回った。ノーリの紋章も消えて姿があらわになった。
開け放たれた扉をチラと見るが、踏み込まずに戸口前に陣取った。
ヒュッ。民家の屋根から飛んできた矢を切り、腰に帯びていた短刀を投げつけて弓使いを落とす。細めた目には怜悧な光。平坦に呟く。
あと三人――――
「あ~。腰しんど」
ノーリたちが村内部を偵察をしている頃。
刻紋し終えたカケルは、ハンマーを杖代わりして腰を折ったままトントンと拳で叩き出来栄えを眺めた。モエギは身を低くしたまま、『クゥ?』と小さく鳴いてカケルを見つめる。
「ん、完成。発動!」
牧場の地面の刻紋がヒゥンと微かな音を立てると、フッとカケルとモエギの姿が掻き消えた。外部からは知覚されない〝安全地帯結界術〟だ。刻紋は淡い黄色に輝いている。
「ハッハッハ。良い仕事したー! これは防犯・収納系生活魔術、さらに、存在するモノを空間を捻じ曲げ召集する呪召魔術を組み合わせ、紋章に昇華集積した紋章結界術なのだよ! 有事の際の避難場所を提供する事を目的として作り出された上級生活魔術で、結界の中で発動させた人物が招かないと中に入れないし。フフフ、アハハハハ!」
民家二軒分の大きさもある広い円形の結界内部中心で、やや陶酔気味で大笑いする。ハミングするように『ウォ~ン』と遠吼えするモエギ。結界の効果は抜群で、これだけ大騒ぎしたのにも関わらず賊はやって来ない。
ひとしきり完成度を堪能してから、ノーリたちが帰ってくるのを待った。
が、飽きた。
手持ち無沙汰に見渡すと、牧場の隅に建つ家畜小屋に気づく。
「セキが言ってたなぁ。行動けない者や逆らう者は納屋に……。確認してみるかな」
家畜小屋に行くに結界を出なければいけない。賊に見つからないように、ウエストポーチの隠蔽術の金属板を使って姿を消す。モエギは隠密行動に長けているので術はかけない。
一緒にソロソロと小屋に近づき背伸びして小窓から中を伺うと、体中に青あざと傷を負い、ボロボロの姿で柱に縛り付けられた中年の男が居た。他に人気が無さそうなので、モエギに斥候を任せて中に入った。
やはり男だけだった。ホッと一息ついて近づくと男は腫れた目蓋を薄く開けて無言でカケルたちを見た。
「……ロープ切って治癒します。動かないで下さい」
低く囁いてモエギに警戒を任せ、短剣でロープを切り治癒力活性術で出血する傷口をふさいた。
「楽になった、助かった。俺はファオスト。この村の鍛冶職人だ。アンタは?」
節くれだってゴツゴツとした手で手首をさすりながらカケルに質問する。カケルが素直に自己紹介をして、経緯を手短に説明するとファオストは、「賊に逆らって痛めつけられこのザマだ」と肩をすくめてみせた。
「確認したい事が幾つかあります。賊の目的はノエの森の赤主ですよね?」
「……ああ。最初は物盗りかと思ったが。村の狩人を集めて森へ入って赤主の卵を持って上機嫌で帰ってきた。行きに連れて行った狩人三人が一人になっていた。巣にあった卵を全部もって帰れなかったから、残りの狩人に全部の卵を回収させると言っていた。俺は反対したが……」
ファオストは歯を噛み締め苦渋の表情をする。
「卵についてセキから聞きました。赤主の卵は森の主交代の時期に複数産み落とされ、その周期は百年に一回。その中の一つだけが主になるまで育つ。手のひら大で、細く赤い筋が這う薄紅色。割ると甘い芳香がし、中身は強力な魔力回復薬になるとか」
「ああ。主になる卵は特に強く香って、一番強力な魔力回復効果を持つ。主の卵以外は孵化しない。主の卵が孵化して新しい巣を作るため移動する頃を見計らって、孵化しなかった卵を腐る前に回収して売るのさ。だが新鮮なほうが効能が高いし高値で売れる。だから賊たちは欲をかいて早めに回収したかったんだろうな。ノエの森の狩人としての知恵は門外不出だし、狩人以外の村人は森を案内できない」
村人を盾にとって言うこと聞かせてるんだろうな。優先順位としては賊を何とかする事からか。ノーリとセキの無事を思った。
「ところで赤主を狩る方法とか知らない? 倒す気はないけど」
「セキは村の狩人の中で一番の腕利きだ。セキから教えてもらってないなら、無い。もしくは、倒すことが出来ないってことだろ」
ノエの森の恩恵を受けて生活する村人たちにとって、狩人を失うという事は村の存続に関わる痛手。赤主が森に居る事実から倒すこともよしとはしていない。カケルはそこまで考えて、理由も無いのに背筋が寒くなった。
嫌な感じ。
何か……もっと……。
しかし、その理由を考えても分からないので、目の前の事から片付けなければと気持ちを切り替える。
顔を上げるとファオストが小屋の中に立てかけられた熊手鍬を持ってふらつきながらも立ち上がった。
「動けるようになったからには黙ってらんねぇな。アンタのお仲間の助太刀すっか。鍛治仕事してっから、腕力には少しは自信がある」
ファオストは、ニッと笑い、力瘤を作ってポンと叩いてみせた。
「ちょ! 大人しくしてよーよ!」
カケルは外に出ようとするファオストに結界で待つように促したが了承しない。 意志は固いようだ。放っておけないので付いていくことにする。ファオストの手の甲に隠蔽術を描紋して発動の仕方、効果を教えた。
モエギと一緒に外の様子を窺がってから外に出た。ソロリソロリと全員で家々の建つ方へ向かう。
カケルは見張りの賊が立っているのを見て胸の鼓動がドクドクと早くなった。緊張で体温が上がって暑い。
走ってくる足音が聞こえた。カケルたちは立ち止まった。一人の賊がやってきてカケルたちの近くに居る賊に「襲撃だ!」と告げた。見張りの賊はもう一人の賊と共に立ち去っていった。目の前の賊が居なくなって緊張が少し解けた。
「俺たちも行くか」
ファオストが小さい声で言う。カケルは「ハイハイ」と不承不承返事をする。
ヒュオォォ……。
風が吹いた。
見上げると空は藍が増え、見える星が少なくなっていた。
カケルは火照った体に心地いいなと思いつつ、指に唾をつけて何とはなしに風向きを確認した。
「向かい風か。……ん?」
息を思いっきり吸い込んだ。賊が走って行った方から微かに甘い匂いがする。
「グルルル……」
モエギが低く唸った。カケルは手探りで見えないモエギを探して、落ち着けと抱きしめて、怪訝な顔をして質問した。
「モエギ、なんで森のほう向いてんのさ……」
言ってから察してしまった。
「ヤバイヤバイヤバイ!」
カケルは叫ぶと走った。隠蔽術が解けて姿が見えたのも気にする余裕がない、といった切羽詰った表情だったのでファオストも首をかしげながらも続く。モエギも追いつく。
カケルは甘い匂いをたどって走りながら、ウエストポーチからカードをまとめてつかみ出した。ザラリと広げ「これじゃない、これじゃない」選んでは戻し、また取り出しては戻しを繰り返す。
焦っていたため必要なカードを取り出せない。しかも足元不注意で転がっていた空の酒瓶に躓く。カードをブチまけてしまう。慌ててカードを拾い集めた。
「アレは……お仲間か?」
カケルは顔を上げる。ファオストは民家の影に隠れながら指差した。一番大きな家、村長宅前に倒れた二人の賊。一人は血を流し腕を押さえてのた打ち回り、一人はノドを矢で貫かれている。その側にノーリが冷めたように無表情でヒタと立っていた。かがり火の灯りで血に染まった長剣がギラリと光った。
ノーリはこちらにすぐ気づき長剣を構えた。見つめられてカケルはゾクリと震えた。本当に、あのノーリ?
「ノーリ……」
呆然と見返していると、ゴロン。屋根から音がして見上げた。ドサリ。
「ぎいやぁぁぁぁー!」
カケルの前に振ってきたのは短剣でノドを貫かれた賊だった。腰を抜かす。ガクガクと震えながらまたノーリを見ると、ノーリは構えを解いていた。昨日見た無表情だけど柔らかな雰囲気で。
「嫌あああ!」
村長宅から争う物音がして悲鳴が聞こえた。ノーリは中に入っていった。
「腰が抜けて立てない……すまんが、立たせてぇ~」
情けない声で言うとファオストはカケルを片腕でヒョイと抱え、賊の体をまたいで戸口まで運んでくれた。カケルを降ろすを待っていろと言ってノーリに続いた。
カケルは涙目で倒れた賊の死体の側で、目的のカードを探し当てると、槌を杖代わりに立ち上がって剣戟が聞こえる家の中に一歩踏み出す。するとゴウと炎の弾が飛んできた。反射的にしゃがみこんで避ける。中から焦げ臭い匂いと共に、濃厚な甘い匂いが鼻をついた。
「卵ってすごい強い匂いがする。……あ、ちょっとまって。今まさに〝風上にも置けない〟状態!」
消臭術のカードをかざして集中する。多目に魔力を流すとカードがキィィンと振動し強く輝く。一瞬にして甘い匂いと血臭と焦げ臭さが消える。
パキン。魔力を多く込めると効果が強くなるが過剰負荷がかかる。カードが砕けた。
「ガァァ!」
モエギが飛び出した。その先からバキバキと木をなぎ倒す音がした。
振り返ると、民家をなぎ倒しなら巨大な赤い蜘蛛〝赤主〟がこちらに向かって来ていた。モエギが足一つに噛み付く。赤主が暴れる。
「どうした!」
ノーリが出てきたので、カケルはノーリの腕を引っ張って赤主を指差した。説明しなくともすべき事を察して、すぐノーリは赤主の下に走った。
「ちょ! 賊は!」
カケルは走る背に問いかける。「倒した」と返ってきたので家の中に入ると、気を失ったセキを抱きかかえたローザが居た。老人を背負ったファオストが振り向く。筋骨隆々な頭目と、ローブを着た魔術士、手下の賊らが倒れているひっくり返ったテーブルの側にシュウシュウと焦げた卵があった。消臭術の効果でこの場も臭いが消えている。
「もう臭いしないけど……遅かったか」
苦渋の表情で呟くと、セキが目を覚まして起き上がった。ローザがよかったと微笑んでセキにしがみついた。
「賊は……?」
「ノーリが倒したけど、主が来た。ノーリとモエギが食い止めてる」
セキとローザが息を呑んだ。
「セキ。赤主って倒す方法ある?」
「そんなことをした狩人は居ません……」
セキは零れ落ちた矢を拾って矢筒に入れ、矢を弓につがえながら外に飛び出して行った。
「ファオストさん。牧場の結界、入り口開けとくんで村の人たちを誘導して避難させて。避難し終えたら、この光球にさっきみたいに念じて空に投げて合図を。合わせて入り口閉じます。中にいる限り安全ですから。さあ早く」
淡々と説明し、上着のポケットから卵大の玉を渡す。ファオストは頷くと裏口から出て行った。
「最悪だ」
怖さで冷や汗と振るえが止まらない。槌にすがりつくようにしてかろうじて立っている。圧倒的な攻撃性、その姿。魔物が魔物たる所以を初めて目にして悟った。
しかし、戦っているモエギとノーリ。赤主を誰よりも知っているセキの飛び出していったときの凍った表情が忘れられない。
「これが、外の世界か……」
力の入らない膝を叱咤して歩くと、ローザが支えて付き添ってくれた。
外に出ると薄らとした朝日に照らされて、壊れた家々と戦う姿が見えた。
雨のように降り注ぐ蜘蛛の糸を交わしながら、セキは蜘蛛の目を射抜き、ノーリは赤主の上に振り落とされそうになりながらへばりついて剣を振るい、モエギは足を狙い何度も飛び掛っていた。
まだ無事のようだが、魔物である赤主の底なしの体力と何時まで立ち向かえるか。
「セキ……、皆……」
ローザが涙を浮かべて戦う様子を見つめていた。森から出た赤主は退治しなければ村にいる人は食い殺されるだろう。選択権は一つしか無かった。
ウエストポーチからカードを取り出した。手が震えてなかなか交換できなかった。ローザが腕に手を添えて支えてくれたのでカードを装着することができた。「ありがと」と言うと静かに微笑み返してくれた。
牧場の上が輝いた。光球の合図だ。
さすが職人仕事早いななどと思いつつ、槌で牧場を指し「閉じよ」と唱えた。これで結界は閉じたはず。
師匠、見守ってて。
スゥと深呼吸して、体に活を入れて赤主へ。
「毎日を頑張って生きる人を助けられなくって何が生活魔術士だあああああああ!」
朝の空気を裂くように叫んで槌を振りかぶる。
赤主の柱のように太い足がカケルを踏み潰そうと真上に降ろされた。
「シッ!」
鋭い呼気。カケルを潰そうとした足はノーリの長剣で切り飛ばされ宙を舞う。
「ガアアアアア!」
モエギが跳躍し赤主の複眼を爪で裂く。仰け反った赤主に追い討ちをかけるようにセキが放った矢が正確に目を貫いた。
「離れて!」
仲間のフォローのおかげで赤主の真下に入り込めたカケルは槌を振りかぶって地面を打ちつけた。赤主をすっぽり覆うように光が円形に広がり……。
ゴゾリ。
赤主の下の地面が消えた――――――
今話は六千五百文字くらい行きました。八千文字を予想して書いてたんですが、以外と少なくなりました。説明や描写不足を心配してます。
あと、ご指摘いただいて初めて「そういえば縦読みできたんだっけ」と気づきました。横書きのつもりで数字とか打ってたー……。前書きとあとがきは横文字のつもりで書いてます
小説ももう7話目。小説用の創作用語多いのでそろそろまとめたものをアップしたほうがいいのかなぁ? 考え中です
今話も絶賛誤字脱字指摘、アドバイス、感想お待ちしています!