第3話:生活魔術士見習い、廃村に立ち寄る
ウナウナとやっと3話UPです。
ミカーゴ村周辺は、山と森と渓谷に囲まれている。山間の森の中を徒歩で2・3日ほどで森を抜けるはずだ。
木々の枝葉から色づいた枯葉がひらひら舞い落ちた。まだ青葉が残る時期なので、木の実が拾えないのが残念だった。堆肥した葉の道に落ちる木漏れ日が綺麗だった。 道程で見つけた薬効のある植物に足を止めがちなカケルは、モエギに急き立てられてながら1日中歩いた。夜になる前に野宿できそうな場所を探して確保した。
「まだ森だから薪は確保できるし、1日目の夜の雰囲気を味わいたいからに焚き火をしよう」
歩きながら拾っておいた小枝と、周囲の小枝と枯葉を集め、小枝と枯れ草を組んで焚き火の準備をする。
ポケットが沢山付いたコートを探って10コム程の金属の棒を出して、どっちが先端だったっけ? と、呟きながら組んだ小枝の間の枯れ草に向けた。
ボッと金属の棒の片方の先端から種火が出て火をつけた。火打石の代わりの、種火を着けるだけの刻紋火種捧だ。
カケルはパチンと指を鳴らして、自分が作った生活魔術の品を、初めての旅で役に立てることが出来た喜びを噛み締めた。モエギは寝そべりながらチラっとカケルを見て目を閉じた。
カケルの住んでいたミカーゴ村は、村の畑を荒らすモグ(森で育つ猪のような動物。気性が荒い)や家畜を狙ってやって来る森狼の被害を防ぐために頑丈な柵で村を囲む。森を安全に進むためには害獣から身を守らなければいけない。
安全な寝床を確保するために、リュックから数本の細い鉤付き楔と、赤い魔力染料で染めた糸を巻きつけたボビンを取り出した。焚き火を中心に、眠るスペースを含んだ大また歩き3歩分を半径にして地面に楔を打ちつけ、楔の鉤部分に糸をクルっと引っ掛け固定しながら円で囲った。
「これは警報術を施した糸でラインを作る道具ね。糸に生き物が振れると、音と光が出るんだよ。地面に線が引けない場所に丁度良いね!」
モエギが起きて興味深そうに見るので嬉々と説明してあげた。ただ効果を語りたかっただけとも言う。
ルストゥルソンにもらった荒イモで焼き芋を作って、村で貰った肉の残りを焼いて食べた。モエギには生肉のままで、荒イモは焼いたあと冷まして食べさせた。モエギは自分で食べ物を取って来れるが、初日夜のサービスだ。
森を抜ければ知らない土地。危機感より好奇心が勝ち、ドキドキとまだ見ぬ土地に思いをはせる。
リュックから古びた冊子を取り出す。魔術学園の教科書だ。「アリシューレ魔術学園入門書」と表紙にある。師匠の遺品整理をした時見つけた。裏に師匠の名前のサイン、中に魔術学校の所在地、内容は学園のこと。魔術の初歩的な説明が乗っている。師匠が書き込んだメモがあちこちにあり、熱心に勉強していた様子が分かる。
中でも紋章魔術のページの書きこみが多い。
「紋章魔術」のタイトル文字にグリグリと丸をした「重要!」の印を見つめて微笑んだ。師匠は魔術学校に入学してこの教科書を開いた時から紋章魔術に魅せられていたのかもしれない。
同じ学校で私も学ぶんだ。
そのために長く危険な旅を乗り越えて、たどりついてみせる。
「モエギ、交代で寝て見張りをしよう」
モエギに声をかけた時、微かに遠吼えが聞こえた。森狼の鳴き声だ。もしかしたら狩りの標的にされるかもしれない。冊子をしまい、太い枝で簡易松明を作った。気が張って寝付けそうにもないので、夜更けまで寝ずの番をすることにした。
朝になった。昨晩は森狼の気配が近くまで来たが襲ってはこなかった。焚き火とモエギのおかげのようだ。モエギをモフモフと抱きしめて感謝をし、荒イモを食べた。量があるので、しばらくは荒イモの食事が続く。次の村に着いたらパンを食べよう。
歩き続け3日。森を抜けたら、膝丈までの草しかない土地に出た。
草原だった。ポツポツ申し訳程度にしか樹木は生えていない。地平線を見渡せる場所は初めて目にした。山と森の起伏の激しい土地しか見たことが無いカケルは暫く呆けたように眺めていた。
吹き抜ける風が草原を波立たせた。
サヤサヤと鳴る音が耳に残る。
道らしき跡に沿って、視界一杯の草原と空を眺めながら歩くのは気持ち良かった。
日が暮れる時、朝になる時、空は幾重の色を溶かす。木の陰が対比して栄える。
広い視界に、心が膨らむ。
何所にでも行ける――。
モエギは草原を走って先行しては戻るを繰り返した。危険な事が無いか確認しているのだろうが、思いきり走り回れるのが楽しそうでもあった。
「何か……、すごいね。描きとめたくなるけど我慢しよう」
荷物に入れた染料を固形にして収めたパレットと、スケッチブックを思い出したが、先は長い。次の村に辿り着くことを第一に歩き続けた。
歩き続けてさらに2日。草原が荒地になった。
乾いた土地はひび割れて、干からびた短い草がボソボソ生えている。木は枯葉を少し残しているだけだった。
むき出しになって、ゴロゴロと石がある歩きにくい道の先に複数の家を見つけた。
「村かな?」
モエギが先行して様子を見に行ったので、歩を止めて待った。暫く待つとモエギが戻ってきて、行こうと促すので安全なのだろうと判断してその村を目指した。
そろそろ屋根のある場所でゆっくり眠りたいし、保存食以外の食べ物を食べたい。お風呂も入りたい。期待して辿り着いた村は…………。
人が居ない廃村だった――――。
屋根に穴が、漆喰の壁はひび割れが、戸は外れかかったり無かったり。
村の周囲は荒れた畑の跡が見受けられた。防壁代わりの木柵は見る影もない。井戸を覗くと、つるべの残骸が入り込んだ枯葉と一緒に濁った水の中でプカプカ浮かんでいた。
ムゥと唸って、一番状態の良い家を覗き込んだ。泊るなら雨風をしのげる屋根と壁があったほうがいい。戸を開けて踏み込むとホコリと煤と藁屑が舞った。居間と寝室だけの簡素な家。農民の家らしい。
「まずは掃除からかなぁ。このままじゃ寝られやしないよ……。アァ、モエギは入っちゃダメ! 灰まみれ姫になるからねっ! 私は魔術士……見習いだけど、まだ変身させてあげれないし、城と王子も無理無理ぃ~……。っと、これが使えるかな」
モエギに待てと指示して、リュックを漁って紋章が刺繍してある雑巾を取り出した。高い場所から乾拭きをする。紋章が光り、擦った跡はホコリと煤がサッパリと拭き取られた。吸着術を施した雑巾で居間中を吹き掃除して、土むきだしの床をなんとか整えた。
これで眠れるだろう。腰をたたきながら満足気に見渡して、真っ黒になった雑巾の片面を眺めて、紋章が刺繍されている綺麗な面を外側に、茶巾包みして口を紐でグルグル縛り、リュックに入れた。
「警戒線どうしようかなぁ。誰も居ないはずだけれど、何が起こるか判らないし。家を取り囲むほどには、糸の長さが足りないし。壁があるから、通り口に粉を引いておくか」
何かあればモエギも起きるだろう。リュックから赤い粉の小瓶を出して戸の外に粉で線を引いた。森で使った赤い糸と同じ効果の粉で、1回反応すると効果が消滅する。
掃除に時間をかけたために、陽が落ちた。リュックにぶら下げていた刻紋灯ランプを灯す。
煮炊きできる竈があるようだ。カケルは腰のベルトに付けていたウエストポーチを開けた。
手のひらサイズの円形の金属板が何枚も入っている。それぞれ違った紋章が刻紋されている。術がこもった携帯できる生活魔術で、すぐに取り出せるようにしている。故郷の家の暖炉で煮炊きに使った調理加熱術のカードを1枚抜き出して、竈に置き発動させ携帯小鍋でお茶を沸かした。小鍋は湯や調理の他、染料、薬草を煎じるのにも使う必需品だ。
「パンが食べたかったなぁ……。次の村まではお預けじゃねぇ」
銅のカップで食後の薬茶を飲みつつ疲れを癒す。ため息が出た。
何所からか捕ってきたらしいネズミのような小動物を噛むモエギからそっと目をそらしつつ、窓の外を見つめる。
村の外に出て誰にも会っていない。この廃村は人為的に壊されていた様子があり、それが原因で人が居なくなったのだろうか。
モエギがいるから独りではないが、思った事を聞いてくれ、頷いてくれる人が居たら……。
無知であるから、旅に出よう。
知り過ぎたから、旅に出よう。
変われないから、旅に出よう。
変わりたいから、旅に出よう。
私の運命を、手引く他人に出会いたいから。
進み続けよう―――――。
ピイイイイイイイイイイイ!!
戸の隙間から激しい光が漏れ、甲高い音が鳴り響く。外側の戸口地面に描いた警報術に引っかかった存在がいる。
モエギが身を低く構え警戒態勢を取り、カケルは顔を赤くした。
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