「再会」入れ替わりの理由
屋根裏部屋は2畳ほどのスペースで、いわゆる物置だった。
上に入るスペースはあるものの天井までは届いてしまうため、中腰くらいの立ち方が必要だった。
殆どが置き場を失った家電のマニュアルやなにかの雑誌などであった。
ふと見ると一画は比較的新しい雑誌がおいてあった。
その雑誌を手にとって東一郎は驚いた。
何年か前のボクシングの雑誌、格闘技の雑誌が沢山置かれていたのだった。
そして目を見張ったのが、その本の殆どが東一郎に覚えのある本だった。
格闘技の雑誌、東日本新人王トーナメント特集と書かれた本の最初は東一郎だった。格闘技雑誌のMMAの試合特集では東一郎の活躍がでかでかと載っていた。
その他、あらゆる雑誌のその殆どに東一郎が登場していたのだった。
「なぁ、リナ、この本って覚えあるか?」
東一郎は妹のリナに雑誌を数冊見せた。
「ええ?それお兄ちゃんが少し前に熱心に買ってた本じゃん。神何とかって言う人のファンだっていってさ…」
リナはさっき持っていった本を読んでいたようだったが、東一郎の本を見るとすぐに言った。
東一郎はまたしても驚いた。
つまり水島瞬は自分の事「神崎東一郎」を知っていたのだ。
更に彼は東一郎のファンであったという。
夢の中であう水島瞬はどちらかというと、東一郎を避けていたし、話そうという態度もあまり見えなかった。少なくともファンの態度とはまるで違った。
「あいつ、一体どういうことだ?」
東一郎は雑誌を手に考え込んでしまった。
水島瞬は入れ替わる前から、既に神崎東一郎を知っていたのだ。
という事は、偶然に神崎東一郎と水島瞬が入れ替わったという事ではないのかもしれない。
東一郎は混乱したまま、翌日に水島瞬と約束した神社に向かたのだった。
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神社についたのは、土曜日の午後2時少し前だった。
水島瞬と約束をしたのは午後2時あたりをキョロキョロと見渡したが、神崎東一郎の姿をした水島瞬どころか、人の気配はまったくなかった。
境内を少しフラフラと歩いていると、ふと人の気配を感じた。
そこには入れ替わる前の自分自身、神崎東一郎が立っていた。
「はは、こう見るとすげえな…マジで俺だな…やっぱり夢は現実だったのか…」
東一郎は驚きながらも水島瞬に近づいた。
「よう!ようやく会えたな!俺は嬉しいぜ」
東一郎は片手を差し出し「自分」と握手をしようとした。
だが、水島瞬はその手を避けるかのように身を少し横にずらした。
「おいおい、俺たちゃ被害者だろ。仲良くしようぜ。で、協力して元の世界に戻ろうぜ。お前だってそうしたいだろ!」
東一郎は現実世界でも夢の中で水島瞬に話したように同じことを言った。
水島瞬はその問いには答えずに、少し間をおいてから静かに話しだした。
「神崎さん。今日はお願いが有ってきました」
「ああ、なんだよ。言ってみろよ」
「アナタは水島瞬という体と生活を手に入れた。若返ったし借金もありません。結構楽しく暮らしてるんじゃないですか?」
水島瞬は東一郎に向かって、ストレートに聞いた。
「ああ、まぁ、それなりに楽しく生きちゃいるよ。だけど、こりゃお前の人生だろ。俺の人生じゃない。お前、大事な青春を失ってんだぞ?」
東一郎は水島瞬を諭すように言った。
「神崎さん、もう良いんです。僕はこの体で生きていきたいんです。取引しませんか?」
「取引?なんだよ取引って?」
東一郎は水島瞬に怪訝な顔で聞いた。
「お互い。このままで生きていきませんか?このまま互いに新しい人生として生きていきませんか?」
「はぁ!?お前、何考えてる?ていうか、何企んでる?」
「何も・・・お互いハッピーじゃないですか?」
「お前のデメリットがデカすぎだろ!恵まれた家庭と恵まれた容姿、頭まで良い。お前何が不満なんだ?」
東一郎は思わず叫ぶように言った。
「不満なんかありません。でも、もう戻れないんです。理由は言えません」
「いや、言えませんって言ったって、そんなの信じられるかよ」
「何が不満なんですか?アナタにとっていい事ずくめでしょう!」
「お前さ、人間が入れ替わるなんてありえねぇし、そんな単純な話じゃないだろ。第一お前、犯罪犯そうとかしようとしてねーだろうな!?」
「僕はそんな馬鹿な真似はしません」
「じゃあ、お前絶望のあまり自殺しようとしてないか?そしたら、俺が死ぬんだろ?死んだら入れ替りが戻ったら、俺が自殺したことになって俺が死ぬんだろ?」
「馬鹿なことを…」
「じゃあ、何でだ!?理由が一個もねぇ!お前が神崎東一郎で居る意味が!」
「……」
「なぁ、瞬。もっと冷静になれよ。このまま都合よく入れ替わるなんて事はないって、いつかもとに戻る。今、神崎東一郎は地獄の入り口に来てんだよ。お前じゃ無理だ。俺に変われ。手遅れになる前に…」
「……」
「お前だって分かるだろ、わざわざハードモードの人生を歩む必要もないだろ」
東一郎はそう優しげにいうと水島瞬の肩に手を置こうとした。
「僕はこの人生で生きると決めた!邪魔はさせない!」
そういうと、東一郎の手を払った。
「このクソガキが!人が下手に出てりゃ調子に乗りやがって!」
東一郎はいい加減、腹が立ってきて掴みかかろうとした。
次の瞬間、水島瞬はひらりと身をかわすと、東一郎の足を払った。
東一郎はそのまま足をすくわれてひっくり返った。
「このクソガキが…。ちょっと痛い目見ねぇと分からねぇみたいだな!」
東一郎は怒りの目を水島瞬に向けた。
「神崎さん、殴り合いで僕が勝ったら、もう二度と戻ろうなんて思わないでもらえますか?」
「はぁ!?お前が?俺に??あははは!バカか?お前がどうやって俺に勝つんだよ?」
東一郎は思わず爆笑に近いほど大笑いをした。
「いいぜ。乗った!お前が勝ったら俺は二度と言わねぇよ!」
東一郎がいうと次の瞬間には、もう水島瞬に殴りかかっていたのだった。




