「再会」藤村唯という未来の一番弟子
おっさん空手家の神崎東一郎と普通の高校生である水島瞬の意識が入れ替わって8ヶ月程が過ぎた4月初旬のある日のこと。
東一郎の器である水島瞬は、明和高校の2年になっていた。
東一郎は3月の末に夢で会った水島瞬の言葉が忘れられなかった。
「互いに今の自分を生きていこう」
と水島瞬が言った話だ。
何故あの日夢を見たのか?何故水島瞬は神崎東一郎として生きていこうと思ってるのか?それともあの夢自体、本当に想像の世界の話なのか?
だが東一郎にとってはとてもただの夢とは思えなかった。
あの日、何故夢を見たのだろうか?なにかきっかけが有ったはずだ。
あの日を思い出す。
エマたちが口論していたことが原因だろうか?それはいつもの事だ。やはり補習にでたことが原因だろう。だが、補習にはこれまで何度もでているが夢は見なかった。
あの日に有ったこと、なんだろうか?特に思い出せない。
東一郎は諦めて伸びをした。
季節は代わり春になった。
学校に向かう東一郎は、新しいクラスを確認した。
文系のクラスは学年で6クラスあった東一郎はその2年H組のクラスになった。
クラスには1年のクラスと同様にヤマトが同じクラスになった。
担任も1年のときと同じく村上が担任となった。
本来は別の担任が当たるはずだったのだが、村上がこのクラスを強く志望したという噂があった。
東一郎はクラスの一番うしろの席に座って新しいクラスメイト達を見渡した。
チラホラと知り合いも居たが、よく知る顔も居なかった。
進学校の明和高校の中で明らかに異質な存在であった東一郎は、この半年で学年は元より学校中にその存在は知れ渡っていた。
東一郎が入れ替わった水島瞬の顔立ちやスタイルの良さと東一郎の元々の性格・腕っぷしの強さもあり、東一郎に文句を言うものは誰も居なかったし、敵対しようと言うものは誰も居なかった。女子生徒の中には東一郎に憧れる生徒も多かったが、いつも周りにいるモデルのエマや完璧女子の桜井こころ等の存在のおかげで、多くの女子生徒はその身を引かざるを得なかった。
「ハイ席について。出席を取ります」
村上はそう言うと、出席番号順に名前を呼び上げた。
・・・・
・・・・
「橋本瑠奈」
「はい」
「浜崎瀬名」
「はーい」
「樋口真琴」
「はい」
「藤村唯」
「はい」
「え!?」
東一郎は思わず声を上げた。クラスメイトたちは一斉に東一郎を見た。
東一郎はその視線を全く気にせず先程返事をした女子生徒を凝視した。
飾り気のない素朴な印象、少しだけタレ気味の大きな目と薄い唇、優しげな表情でふわっとした印象、以前と違って髪の毛が長いが、東一郎の一番弟子であった藤村唯に間違いなかった。
「おい!水島?どうした?」
ここぞとばかりに教師の村上が上辺の笑顔で東一郎に声をかけた。
「あ、いや、、何でもない」
東一郎は視点が定まらないままに答えた。
「じゃあ、出席戻るぞ。堀あずさ」
「はい」
東一郎は驚きと懐かしさと、すぐにでも駆け寄りたいような様々な感情が湧き上がってきた。
彼の転生前の空手道場の一番弟子としてやってきた女子大生は、この高校の出身だったということを知らなかった。
まさか同じクラスに彼女が居ることに、東一郎はまるで今すぐに飛んでいって両手を取って話をしたかった。
東一郎のただならぬ雰囲気にヤマトは、心底驚いていた。
何が有ってもほとんど驚きの表情を見せたことのない東一郎が明らかに動揺している事にヤマトは感づいていたのだ。
高校2年の初日は、午前で終了した。
部活動のあるものは部活動へと向かって行った。翌日に控えた入学式の準備に駆り出されるものも居た。
ホームルームが終わると同時に、東一郎は唯のところに向かった。
「あの!唯さんだよね!」
東一郎の飛びかからんほどの勢いに、唯だけでなく周りに居た女子生徒も驚きの表情を浮かべた。
「は、はい…」
唯は明らかに戸惑っていた。それもそのはずで、東一郎が彼女と出会ったのは彼女が大学2年生のときであり、今はそれよりも4年も前という事になる。
彼女が東一郎のことを知っている訳もないし、水島瞬としての繋がりもこれまでまったくなかった。
「そうか!でも、まじ嬉しいよ!また唯さんと会えるなんて!」
そう言うと東一郎は唯の手を取って大げさに握手した。
「え!?え!?」
唯は驚きのあまりに声が裏返る位に驚いた表情をした。
東一郎はその様子を見ると手を離すと、少し動揺したような動作を見せた。
「ああ、えっとなんていうかな…実は以前に会ったことが会って…でも唯さんはきっと覚えて無くて…で、まさかここで会えると思ってなかったからちょっとマジ、びっくりしたよ!」
東一郎は自分での何を言っているのか分からないくらいにボロボロな言い訳をした。
「ああ、えっと。よろしく…お願いします…」
唯も困惑の中で無理やり笑顔を作って答えた。
「ちょっと、この後時間ない?ちょっと話したいことがあるんだ」
東一郎は後先考えずに唯に聞いた。
「えぇ?この後は…部活で…」
「じゃあ、その後は?待ってるよ!」
「ええ?で、でも遅くなるし…」
「構わないよ!全然!色々話したいことがあるんだ!」
「で、でも…」
唯が困惑していると、そこにヤマトがやってきた。
「おい、水島、藤村さん困ってるじゃん。また今度にしろよ」
ヤマトは今に飛びかからんと言うほどにテンションの上がった東一郎を窘めて間に入り込んだ。
「あ、ああ、そうか…。じゃあ、また今度近い内に!」
東一郎はそういうと、唯に手を振ってその場を離れていった。周りに居た女子生徒たちはあの有名な「水島瞬」が親しげに声をかけた事で驚き、唯に一斉に話しかけていた。
ヤマトは手を振る東一郎に強烈な違和感を覚え、気味悪がった。
野良犬になった狂犬がまるで、数年ぶりに昔のご主人に出会えた子犬のように振る舞っていたからだ。
「なぁ、水島。ちょっとお前変だぞ」
「いやぁ!そりゃそうだよ!唯さんだ!唯さんが居たんだ!」
東一郎はここ半年で見たことのない程の上機嫌であり、興奮状態であった。