「交流戦」閉会式
「優勝杯授与!」
優勝杯と言う名のワンカップの瓶が、長田の手に渡った。
非公式大会であるこの大会の勝者は、ここから1年間その他の3校に対し、法律に反しない限りの依頼ができることになる。
そしてその他の3校は、極力その依頼を受ける義務が生じるわけだ。
「勝利宣言を行います」
大会の運営であるOBのアナウンスがあると、優勝校の明和のキャプテン長田が壇上に呼ばれた。
「私立明和高校空手道部キャプテンの長田です。皆さんお疲れさまでした。我々はこの4校の長きにわたる友情を絶やさぬようこの一年優勝校としての責務を果たしたいと思います。どうぞ皆さんここから一年よろしくお願いいたします。」
長田は堂々と宣言すると深々と頭を下げた。
「カノッサ宣言を行います」
大会の運営スタッフがアナウンスをした。
「なぁ?カノッサ宣言て何?」
東一郎は蒼汰に聞いた。
「あれだよ。これから1年間言うことを聞きますっていう宣言の儀式だよ」
「は?ワザワザそんな事するのか?趣味悪いな…」
「まぁ、この一年の確認事項らしいよ」
「てか、そのネーミングセンス何だよ。安易だよな」
「というか、カノッサってなんのこと?」
蒼汰は東一郎に聞いた。
「あれだろ、何か王様が協会に逆らって王位剥奪されたって話だろ。それカノッサの屈辱って言うんじゃなかったか?」
「へぇ、水島くん物知りだね」
「いや、つい先日何か授業で聞いた気がする…」
「まぁ、これで俺もお役ごめんで良いよな!」
東一郎は長田が居ないので、残るチームメイトに宣言した。
中央コートでは、何やら話し合いをしていたが、3校のキャプテンが長田に深々と頭を下げると長田は3人のキャプテンの手を握り笑顔で肩を叩いていた。
「なんか、キャプテン楽しそうだね…」
蒼汰は長田を遠目で見て言った。
「もう早く帰ろうぜ。俺帰っていいか?」
東一郎は長々続くセレモニーに嫌気が差して来た。
「これにて交流戦を終了します。向こう一年間、明和高校の指示の下、4校正しく行動を心がけてください」
アナウンスが終わると、各チームのキャプテンは解散した。
「いやー!みんなおつかれ!まさか、優勝できるとは!」
長田はチームメイトのもとに戻ってくると、満面の笑みで言った。
そのまま明和の応援席に向かうと、空手関係者OBによる祝福セレモニーが待っていた!
「お前たちよくやった!特に水島瞬!今日は私が奢ってやるから付き合え!」
柿崎そらは、東一郎に向かって興奮気味に言った。
「ちょっと何いってんの!?」
「セクハラする気満々じゃん!」
「それはおかしいと思います」
「はぁ?!うちらと帰るに決まってんじゃん!」
エマ、ユリ、こころ、遥は口々に文句を言った。
東一郎はそのやり取りを遠目で見ると、蒼汰に言った。
「じゃあな。俺は先に帰る。後はよろしく!」
そう言うと東一郎はさっさと控室に言って着替えを済ますと一人家路についたのだった。
東一郎が東西大付属高校の正門に向かって歩いているときだった。
「なぁ。ちょっといいか?」
そこに現れたのは、東西大付属のキャプテン東だった。
「あ?俺はもう部活辞めるから関係ないし、空手部も関係ない。俺に声掛けんなよ」
東一郎は東に目を向けずに言うとそのまま歩きさろうとした。
「なぁ、お前何者なんだ?」
「は?何者って高校1年生の元空手部員だよ」
「あの実力だったら、全国大会にいてもおかしくない。少なくとも何か結果を残しているはずだ!」
「あん?結果?空手の??ああ、空手はとっくの昔にやめたんだ。大会とかもでてねーし…」
「なぁ、空手続けろよ!お前ともう一度勝負したい!」
「あー、いやいったろ、もう空手辞めるんだって。俺はそれどころじゃない!」
「そうか…。まぁ、あの強さで白帯なんだからなにか理由があるんだろう。無理言って悪かったな…」
東はそう言うと、諦めたのか去ろうとした。
「まぁ、お前、ぶっちゃけ強かったよ。空手だったら確かに強えと思う。だけど、お前、素手で人ぶん殴ったことある?お前のやってるのは、要するにスポーツなんだよ」
「は?お前何言って…」
「いや、だからお前は武道・スポーツとしての空手の頂点を目指せばいいだろって話。俺はもうそっちじゃねーから…」
「ん?意味がわからねー」
「ああ、悪いな独り言だよ。とにかく俺はお前が思うような凄い選手でもなければ、凄い空手家でもない。単にお前より他の世界を少し知ってるだけのやつだよ。お前が俺に関わる必要がないってだけだ…」
そう言うと東一郎は駅に向かってあるき始めた。
「おい!お前のおかげで幼馴染と久々に話ができたわ。それだけは感謝する!お前、あれワザとか?」
東は東一郎に向かって叫んだ。
東一郎はにやりと笑うと、手を上げてそのまま去っていった。
「変なやつだな…」
東は東一郎を見送った。この後、東西大付属の東はインターハイでの優勝はじめ、世界大会で活躍する選手に成長していくのであった。
長い間、秘密裏に開催されていたこの交流戦において、初めて5人抜きをした白帯の選手が居たということは、公式の記録には残らないものの、噂話のように長く記憶されることになるのであった。




