「交流戦」白帯
明和高校の最後の選手は大将の東一郎であった。
「おい、白帯!お前マジでやるの?恥かく前に帰ったら?」
武田はニヤつきながら、東一郎に言った。
「クソうぜーな!てめぇ!相手してやるから黙ってろ!」
東一郎は流石に面倒に感じて来たのは事実だったろう。
試合開始線に着くと、東一郎はゆっくりと武田を観察した。
「あん?何見てんだよ?気色わりーな!」
武田は東一郎をニヤニヤと見ている。白帯の急増選手に遅れを取るとは全く考えていないようだ。
「お前?体重以外何か取り柄あるの?相撲でなら俺に勝てるかもしれねーけど、それ以外で俺に勝てるものがあるとは思えねーけどな」
東一郎は武田の姿を見ると鼻で笑った。
「あん?黙れよ素人が!」
「じゃあ、言うけどよ。お前キャラで言うと、ジャイアン的な見た目じゃん。お前あだ名基本ゴリラ系のあだ名だったろ」
「は?んなわけねーだろ!」
「てかさー、何かデブってすぐバテるじゃん。お前、5試合目だろ。俺まじでお前の汗とか触んの無理なんだけど…。あと臭いがとても不愉快!俺が女子なら多分気絶する」
「いや、まじで意味わかんねー。お前にどう思われても俺は構わねーよ」
「いや、俺じゃねーよ」
「は?黙れよ白帯!」
東一郎は明和高校の応援席に居る女子の1団を指さした。
その1団とは、例によって東一郎の応援名目で駆けつけた、エマ・ユリ・こころ・遥の4人組で否応なくかなり目を引いていた。特に男子校である武蔵サイエンス高校にとっては、興奮に値するほどの「超美人軍団」に映っていた。
「なぁ!このデブどう思う!?」
東一郎は客席に向かって叫んだ。
「ちょーキモい!!」
「マジきっしょ!」
「無理です…」
「最悪!デーブデーブ!」
美人軍団から大騒ぎでヤジが飛んだ。ただでさえ人目を引く女子たちだけに、会場の注目は華やかな女子たちとむさ苦しい武田の対比で、必要以上に憐れみの目を向けられていた。
会場全体がざわつき、東西大付属と南多摩総合の選手は大げさに笑って武田に対し野次を飛ばした。
「だ、そうだ…」
東一郎は半笑いで武田に向かって言った。
「お前…まじ殺す…」
武田は劇場型演出のだしにされた挙げ句、超かわいい軍団に屈辱の気持ち悪い対象として野次られたことで、一気に沸点を超えてしまったようだ。
怒りのあまりに目は地走り、血管は浮いて、ふるふると武者震いをしていた。
「君たち!いい加減にしなさい!」
審判は東一郎と武田に向かって低い言葉で注意をした。
「はーい。失礼しましたー」
東一郎は審判の方を見るでもなく、返事をした。
武田は怒りのあまり返事どころではなかった。
試合の開始位置まで二人はやってきて、審判の合図を待った。
武田はすぐにでも殴り掛かりそうな雰囲気だ。
「勝負始め!」
審判が合図すると同時に武田が東一郎に猛突進をした。
東一郎はまるで分かっていたかのように、横に体制をずらすと足払いを掛けた。
だが武田はその動きを読んでいたらしく、足払いには全く動じず足に力を入れた。次の瞬間、東一郎は足払いを掛けた足を急に後ろ方向に引いた。
踏ん張った武田はまさの逆方向に足をかけられたことであっさりと体制を崩して倒れ込んだ。
東一郎は次の瞬間、倒れた武田の腹部に上から拳を叩き込んだ。
「ぐおお!」
武田は思わず苦悶の表情を浮かべて、お腹を抑えて丸くなった。
「やめ!」
審判が試合を止めたがポイントは入らなかった。
審判は東一郎に対して強く当てすぎの反則を1つ課した。強く当て過ぎとはつまり技を制御できていないという反則で、力任せに殴ったり、蹴ると取られる反則である。
「てめぇ…」
武田は東一郎を殺すような目つきで睨みつけた。白帯とは言えある程度警戒していたにもかかわらず、あっさりとやられたことで、武田は怒りを増幅させていた。
「この程度の攻撃で反則ですか?随分ぬるいんだな。この交流戦って。あははは」
東一郎は武田に目線を向けながら審判に対して文句を言った。
武田はよろよろと立ち上がると、先程と同様に東一郎に対し先程同様憤怒の表情を向けた。
「続けて始め!」
審判の合図で二人は改めてコート中央で向き合った。
武田は今度は不用意に近づいては来なかった。どうやら東一郎が空手の素人ではない事が分かったからだろう。
東一郎は武田が攻めてこないのを察すると、構えを解いてスタスタと武田の前に歩いてきた。
「な…」
武田もあまりにも自然に近づく東一郎に戸惑った。
が、次の瞬間東一郎はノーモーションで左の刻み突き(ジャブのような突き)を物凄いスピードで、武田に打ち込んだ。
「やめ!赤!上段突き!有効!」
審判は東一郎の攻撃にポイントを与えた。明和の客席は当然盛り上がり、武蔵サイエンスの客席は逆に静まり返った。
「続けて始め!」
審判の合図で再び試合は再開されたが、武田はまたゆっくりと東一郎の行動に惑わされないように、近づいてきた。
東一郎は武田の様子を見る素振りもなく、特に動きもせずに突っ立っていた。
「おい、アイツ。構えもしねーのか?まじで素人?」
武蔵サイエンス高校の選手たちは、東一郎のことを掴みかねていた。
ただし、実際に戦っている武田だけは違った。
「コイツ…」
ただ立っているだけの東一郎ではあったが、武田から見ると簡単には攻め込めないほどに、スキを感じられないのだ。
攻めるのか?守るのか?武田は一瞬迷いが生じた、その瞬間東一郎はあっという間に武田の目の前に滑り込むとそのまま中段に強い突きを放った。
武田は思わずその場に膝をついた。
「やめ!赤、中段突き有効」
審判は東一郎にポイントを認めた。というよりも、完璧な動きすぎてそのまま続行させるという選択は無かったのだ。
この日、武田はこれまでのパワー型のファイトスタイルが、東一郎のスピードに全くついていけずにこのまま完敗してしまうのだった。
交流戦始まって依頼の白帯が黒帯を負かすという快挙が起こったのだった。




