「交流戦」キャプテン
「おい!大丈夫か?」
明和高校の空手部の面々は慌てて蒼汰に駆け寄った。
「だ、大丈夫っす」
蒼汰は青い顔をしながらも、立ち上がろうとしていた。
「おい!何だよあれ?反則じゃねーのかよ?」
東一郎は武田と審判の両方に聞こえるように大声で怒鳴った。
「よせ!水島君!」
キャプテンの長田が慌てて東一郎を止めた。
「あ?なんでだよ?あんなにガチに入れていいのかよ?多少は当てるにしてもありゃやりすぎだろ」
東一郎は武田のはなった突きが強すぎる事に対し反則であると主張していた。
「違うんだよ。水島君。"ここ"では中段に対しては思い切りぶち当てて、倒すのは反則じゃないんだ。だからあれは反則じゃないんだよ」
長田は東一郎を諭すように言った。
「はぁ?何だそりゃ?じゃあ、思い切り中段ケリを入れてやっても文句ないってことか?」
東一郎は長田に迫るような勢いで聞いた。
「そりゃ、やりすぎは反則だけど、さっきの武田くらいの攻撃は、去年も結構多く見た。だけどあのくらいのケリは反則を取られていなかった」
副キャプテンの柴田は東一郎の肩を抑えるようにしていった。
「ふーん、要するに普通の空手じゃねぇって事なんだな」
東一郎は悟ったような顔で言った。
「ああ。そういう事だよ」
キャプテンの長田は東一郎に真剣な顔で言った。
「わかった。これがルールだって言うんだったら、それに合わせるわ」
東一郎はそう言うとニヤリと笑った。
「おら!蒼汰!その程度のクソパンチで倒れてんじゃねーぞ!」
東一郎は蒼汰に大声で檄を飛ばした。
「水島君、結構鬼だね…」
蒼汰は苦笑いを浮かべながら、辛そうに立ち上がった。
「へぇ、お前立てるんだ。ウチの選手4人抜きしただけのことはあるな」
「はは。まだまだ行きますよ!5人抜きますよ!」
蒼汰は先程のスピードと変わらぬ速さで武田に襲いかかった。
だが、武田は落ち着いていた。
蒼汰の攻撃を軽く避けると、すぐには攻め込まずに蒼汰の動きを観察している。
蒼汰はその動きに合わせるように、連続の攻撃を仕掛けた。
ワンツーからの上段蹴りのコンビネーションを仕掛けた。
ワンツーを入れた時点で、武田は少し距離を取りつつも寸前のところで完全に見きっている。次の瞬間だった。
武田は蒼汰の中段めがけて強烈な蹴りを放ったのだ。
普段の蒼汰であれば避けれていたかもしれないが、先程のダメージがしっかりと残っていたのだろうか、蒼汰の反応が一瞬遅れると丸太のような武田の蹴りが蒼汰の腹部を中心に、ドカンと爆発音のような音とともに蒼汰を捉えていた。
蒼汰は人生で初めて「蹴り飛ばされる」という感覚を覚えたことであろう。
数メートルほどふっ飛ばされると、前のめりに膝をつくとそのまま動けなくなってしまった。
「おい!相手を吹っ飛ばすようなこれも反則じゃねーのかよ!?寸止めどこ行った?」
東一郎は流石に見かねて審判に文句を言ったが、審判は聞こえていないようだ。
「チッ!」
東一郎は審判を睨みつけると、蒼汰のところへ向かった。
「おい、大丈夫か?」
「ああ、水島君…これはちょっと強烈かも…」
「おい!蒼汰よくやった!頑張ったな!」
「はい…。あと一人で…歴史…作りたかったすけど…」
息も絶え絶えの蒼汰はここで棄権とみなされた。
「おいおい、さっさと始めてくんねーかな。同じ目に合わせてやるけどな」
武田は不敵な笑いを敢えてしてから、明和のメンバーに言った。
「黙ってろデブ!きっちりけじめ取ってやる!」
東一郎は武田に向かって睨みながら言った。
「あん?白帯の雑魚が何いってんだ?馬鹿なの?ふぇふぇふぇ」
武田は大げさバカにした笑い方をした。
「クソキモいな!お前!」
東一郎より先にキャプテンの長田が言った。
「あ?何だチビ?コロすぞ!?」
「ああ!?やってみろよ!」
「おい!君たち!早く次の試合の準備して!」
武田と長田が睨み合ったタイミングで、審判が声をかけた。
次の試合は副キャプテンの柴田、そして2年の丹羽も武田の圧力の前に為すすべもなくあっさりと敗れ去ってしまった。
これで武蔵サイエンスは大将の武田、明和高校の副将は長田のキャプテン対決が実現したのだった。二人はコートの中央に歩み寄ると睨み合うように近づいた。
「明和のキャプテンて毎年弱いよな。マジヤメたほうがいいんじゃね?」
「あ?うるせーぞ!デブ!うぜーから黙れ」
「練習試合のときも一度もお前、俺に勝ってないよな!?クソ雑魚だな」
「あはは。だったら教えてやるよ。ガリ勉、キモオタ高校!」
「あん?あんま調子に乗んなよ。長田!下手すりゃ病院送りだな!」
「あ?誰が誰を?」
「はあ!?俺がお前をだよ!ヒョロチビが!」
「ふふふ。お前、マジめでてーな。相手してやるわ。吠え面かくなよ。あははは」
長田は愉快そうに笑うと、試合開始位置に着いた。
長田がスタート位置に着くと両手を広げて、目を閉じた。
「お、おい!あれ…まさか、アイツ何か必殺技ゲージでもためてんのか?」
「何なのアイツ?キモチワル!」
「不気味過ぎてマジきめーな…」
「いや、武田さん相手に何やってんだか…」
武蔵サイエンスの応援席のメンバーは、呆れた言い草だった。
「キャプテン…」
明和のメンバーは、その勇姿を固唾をのんで見守った。
「勝負始め!」
審判が試合をスタートした。
長田はすっと身構えると、低い姿勢を取った。
「おらああ!」
遠目からの素早い飛び込みでワンツーを放ったのだった!
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「やめ!青技あり!青の勝ち!」
審判が手を上げたのは、武蔵サイエンスの武田だった。
武田対長田は、一方的な展開で試合開始13秒で武田の勝利となった。
あまりの早い敗退ぶりに、歴代最短時間の敗戦ではないかと噂が立つほどであった。
なお、長田はこの時の試合について、この後一言も語ることはなかったという。
明和のメンバーは、この試合については一言も発しないのであった。




