「交流戦」開会式
交流戦に参加する4校のレギュラー選手各5名は、それぞれ一列に並びにこやかに話をしていた。
ちなみに総勢20名いる選手の中で、急増選手である東一郎だけは、白帯だった。
「今日は少し暖かいですよね」
「本当ですよね。そちらはどうですか?学校生活楽しいですか?」
「ほら、あそこの女子生徒カワイイですよね!」
「本当だ!友だちになりたいなー」
「あ、あの子達ウチの生徒だから今度紹介しましょうか?」
「ええ?いいんですか?嬉しいな!」
「そりゃもう!同じ空手仲間じゃないですか!あはは」
「あははは!いいですね!空手仲間!!」
各校の2年生の選手たちは、整列している間、やんわりとしたトークを繰り広げていた。後ろに控える1年生達は、殺伐とした場面を思い描いていただけに、拍子抜けした。
アリーナの四面ある観客席は、半分以上が自校開催の東西大付属の生徒で埋まっていた。残り3校はそれぞれ割り当てられた応援席で応援しなくてはいけない。
また応援席で応援できる生徒は、各校現役の生徒とOBのみ。部外者は一切をシャットアウトし、係員、審判も全て各校のOBが、自校以外の試合でその役割を行うことになっている。
ドーン!と大きな太鼓が打ち鳴らされた。
どこかの学校のOBであろう中年の男がマイクで叫んだ。
「これより閉門します。アリーナ外に出る場合は、係員に申し出るように!また交流大会ドクターは大会OBの槇村医師にお願いいたします。拍手!」
そう言うと、拍手とともに各扉や窓がすべて閉められ、完全な密閉空間が出来上がった。
「選手宣誓!」
中年男性のアナウンスがかかり、東西大付属のキャプテンが前に出てきた。
「宣誓!我々は、空手道の精神の則り、正々堂々戦い永遠と続く熱い友情と互いの明るい未来を切り開くその一助とすべく、全力を持って戦うことを誓います!」
観客は「おー!」という異様な盛り上がりを見せた。
「これより大会優勝杯を返還します」
中年男性の宣言に従い、前回優勝校である東西大付属のキャプテンが小さなカップ酒にリボンが付けられた瓶を返還した。
「おい、何だよあれ。カップ酒じゃねーか?」
東一郎は蒼汰に聞いた。
「元々の始まりが、各校キャプテンの飲み比べで、あのカップ酒を飲む権利を得るために始まった大会らしいから、優勝杯があれなんだって…」
「なんだよそれ…くだらねー…」
東一郎は呆れながら小さなカップ酒を仰々しく返還される姿を眺めていた。
「これより大会を開始します。各校自校エリアに戻り待機してください。第1回戦は、明和高校対武蔵サイエンス高校との試合になります」
中年男性のアナウンスで、各校がゆっくりと自校エリアに戻ることになった。
「いやー、まぁ、そういう事なら、よろしくなー」
東一郎は軽い感じで、サイエンス高校の隣りにいた選手に話掛けた。
「は?話しかけんじゃねーよ!白帯の雑魚が!」
サイエンス高校の選手は東一郎の顔を睨みつけながら言った。先程のほんわかした空気は全く無くなっていた。
「は?!何だお前?」
東一郎は瞬間的に睨み返した。
「おい!そんなクズ相手にするな!白帯なんか試合でぶちのめしゃいーだろ!」
サイエンス高校のキャプテンの武田は、自校の生徒に遠くから言い放った。
「はあ?ウチのエースをぶちのめす?笑わせてくれんな?」
明和キャプテンの長田が武田に対し、極端に顔を近づけて言った。
「5人しかいねーような、潰れかけの空手部に言われてもな。ははは」
武田は睨み返しながら、長田に言った。
「あ?男しかいねー。クセー学校に比べりゃ百倍マシだわな。近づくなよ!武蔵キンタマ高校がよ!あははは」
長田は武田を煽るような発言をした。
「おーおー、無駄な頑張りしてるなー。どうせ俺たちが優勝に決まってんだろ!さっさと終わらせろやボケェ!ハゲぇ!」
隣りにいた東西大付属の生徒が遠くから罵声とヤジを飛ばした。
「ハゲはテメー等だろうが!甲子園でも目指してんならグランド行けよ。ハゲ軍団が!」
「あ!?んだこのガリ勉野郎!この場で叩きのめしてやろうか!?」
明和キャプテンの長田が、東西大付属の若手とやり合っている。
「ちょ!キャプテン!」
蒼汰は慌ててキャプテンの長田に何かを言おうとしたが、副キャプテンの柴田はそれを抑えて言った。
「違うんだよ。本来こうなんだよ…」
柴田は東一郎と蒼汰に説明した。
「本来って何だよ?さっきまであんなに仲よさげだったじゃねーか?」
東一郎は腑に落ちないのか、柴田に聞いた。
柴田曰く、元々この4校の空手部同士は非常に仲が悪く、街で会えば即座に喧嘩が始まるような殺伐とした関係であったらしい。
あまりにも多くの問題を起こした事で、4校の当時のキャプテンが集まり解決策を模索している時に、カップ酒の一気飲み勝負が唐突に始まり、その酒を奪い合う事で喧嘩になり、それが転じて空手の大会になったそうだ。
ちなみにその4名は酒を飲んだ上に喧嘩までしたということで、卒業間近に無期限停学処分をくだされて、卒業式に出られなかったという因縁まで生み出してしまったのだった。
「初っ端からしょうもない話で争いが始まったんだな…」
東一郎は呆れ顔で柴田に言った。
「そう。だからこそ、ここで勝てば1年間何でもできて、何でも許される。残り3校は必死に堪える地獄を見るんだ。だから絶対に負けられないんだよ!」
柴田はそう言うと東一郎と蒼汰の方をポンと叩いて「頼むぞ」と言った。
「まぁ、どうせやるならやっぱりこの雰囲気じゃねーとやる気でねーよな!」
東一郎は、ポンと拳を合わせるとゆっくりと自校エリアに戻っていった。その顔は少し笑っているようだった。