「交流戦」4つの学校
おっさん空手家の神崎東一郎と普通の高校生である水島瞬の意識が入れ替わって7ヶ月程が過ぎた3月中旬のある日のこと。
いよいよ近隣の4高校による恒例の空手道交流大会がある。
この大会は公式な大会ではないが、空手道部が存在している近隣の高校4校による総当たりのリーグ戦を行うもので、40年程の伝統があった。
参加する高校は以下の4つである。
私立明和高校 ・・・東一郎が通う創立80年の進学校
私立東西大付属高校 ・・・甲子園にも出場する。スポーツ強豪校
私立武蔵サイエンス高校・・・文武両道の男子校
都立南多摩総合高校 ・・・自由な生徒が多い高校(女子率高め)
空手道部がある学校の中で比較的近い地域に存在している学校の交流稽古が発展して大会になったのだが、選手権大会やインターハイ予選とは違い非公式大会ながらも、プライドがぶつかり合う熱い大会になっていた。
優勝を果たした高校は、練習試合や合同稽古時に掃除や後片付けなどのすべての雑用が免除されるのと、1年間「優越感に浸れる」という特権まで与えられていた。
中でも一番生徒たちが嫌がるのが「優越感に浸れる」という部分で、優勝校が通る道を譲らなくてはいけないという決まりがある。更に優勝校の空手部員は法に反しない限りの依頼を残り3校の空手部員に依頼することができ、依頼された者は極力従わなくてはならないという不文律があった。
それが故に、出場校はこの大会にかける意気込みは、最後の大会であるインターハイ予選と同等以上の熱量を持って臨むのであった。
今回の大会は前回優勝校である東西大付属第一高校のアリーナになっている。
アリーナに入ると各校ウォーミング・アップを開始することが許されていた。ギャラリーも多くいて、地元開催の優位もあり東西大付属の生徒が多く見に来ていた。
「おいおい、こんなに人いるのかよ?」
東一郎は蒼汰にうんざり顔で言った。
「本当だね。こんなに人がいるとは思わなかったよ!頑張ろう!水島君!」
蒼汰は興奮した口調でキョロキョロとしている。
「蒼汰。水島くんも聞いてくれ」
キャプテンはやや緊張の面持ちで東一郎と蒼汰を呼んだ。
「オス!キャプテン何でしょう?」
蒼汰はまるで犬のように一直線にキャプテンのもとに駆け寄った。
「この大会は、非公式な大会だけど、冗談抜きで命がけで戦いに来る。審判もあまり反則を取らないし、結構荒れるパターンが多い大会だ。うちはメンバーに変えが居ないから怪我とか十分注意してくれ」
キャプテンはそう言って東一郎と蒼汰に真剣に話した。
「分かったよ。まぁ、気をつけるよ」
東一郎は大袈裟に頷いた。
「これは!明和さん!お久しぶりです!もう部員が居なくて参加できないって噂でしたけど、揃ったんですねぇ。心配してましたぁ」
他校の道着を着た生徒がにこやかに話しかけてきた。
後ろにはマネージャーのような女子生徒が2名付いてきている。
「ああ、南多摩の武藤さん!お久しぶりです!」
「ええ。南多摩空手部キャプテンの武藤です。我々は男子部員数12名に対し女子部員はその倍!25名居るんですよ!楽しい稽古が出来てますよ!今度一緒に稽古しましょうよ!」
「はは、うちは人数は少ないですから!お邪魔になっちゃうかも…」
「またまたご謙遜を!明和さんといえば、10年前までは4連覇した実績あるし、潜在能力はいつも高いですしね!」
そう言うと武藤は明和のキャプテン長田、副キャプテンの柴田、そして2年の丹羽にもにっこりと笑った。
「これはこれは!明和さんと南多摩の皆さん。今日はよろしくおねがいします!」
大袈裟なくらいにこやかに、また別の学校の道着を来た男がやってきた。
武蔵サイエンス高校のキャプテン武田はその大きな体躯を武器に、空手のインターハイに個人戦に進めるほどの実力者だった。恐らくレギュラーメンバーであろう4名の生徒を従えている。
「どうもどうも、サイエンスさん」
「お久しぶりですねぇ。武田さん」
長田と武藤は満面の笑みで、武田を迎えた。
「どうですか?最近は稽古してます?」
長田は武田ににこやかに話しかけた。
「いやいや、全然!うちは一応文武両道とか言ってますけど、実態は勉強勉強ですよ。ほんと趣味程度です。趣味程度!負けてもしょうが無いですよー」
「いやいや、そうは言ってもいつも強いのがサイエンスさんじゃないですか!あはは」
「いえいえ、そんな事はないですよー。まいったなこりゃ!あはは!」
3校のキャプテン達はにこやかに会話をしている。
すると今度は遠くから坊主頭の長身の生徒が小走りにやってきた。
「や~!みなさん!遠い所ワザワザ恐れ入りますぅ〜!」
男がやってくると、3人のキャプテン達はさっと直立不動になって、深々とお辞儀をした。2年の先輩たちも同様だった。
蒼汰もそれに習って、深々と頭を下げた。
「皆さん、そんなそんな!大袈裟ですよぉ〜。頭上げて上げて!で、こちらの方はどうして頭下げないんですか?」
男はそう言って、東一郎をちらりと見た。
「は!?なんだてめぇ?」
東一郎は鋭い目で坊主頭の男を見た。
「ああああ!!違います違います!ほら!水島君頭下げて!!早く!」
キャプテンの長田は慌てて東一郎の所に来ると無理やり頭を下げさせた。
「ああ、まだ不慣れな方だったんですねぇ。全然気になさらずぅ〜」
そう言ってまるで楽しむかのように周りにいる各校キャプテンと東一郎達を見た。
「東西大付属の東ですぅ。東西大の東って西はどこやねん!って話ですわ!あははは!ねぇ!」
「………」
「………」
「………」
「あれ?ここ笑うとこでしょ」
東は急に低いトーンで、各キャプテンに言った。
「あ、あはあはは」
「あはははは」
「ははははは!ほ、ほら皆も!」
キャプテン達は急に無理やり笑いだした。
「ねぇ、あなた達は面白くなかった?」
東は今度は、南多摩のたまたま近くに居たマネージャーの女子生徒に超接近して来いった。
「あ、あははは」
「あ、ああ、あはは、おかしーあはは」
女子生徒たちは無理やり笑った。東は満足気にニッコリと笑った。
「じゃあ、皆さん。今日まで一年間、お勤めご苦労様でした。お互い頑張りましょうね!じゃあ、今日も一日!皆で頑張ろー!オー!」
「………」
「………」
「………」
「いや、オー!は?」
東はまた低いトーンで、各校キャプテンに言った。




