「雪女」雪女
「小雪ちゃん!こころちゃんは!?」
東一郎は小さな社に入るなり小雪に声をかけた。
「早く服を脱いで!」
小雪は東一郎の呼びかけに応えずに冷静に強く言った。
「は?え?何?」
「この子は低体温症になってる。このままだと下手すると死んじゃうよ。暖める方法が他にない!早く服を脱いで!」
「いや、そんな!?無茶な!」
「東一郎くん!私はこういう時に冗談を言う事はしない。助けたいなら早くして」
「いや、だったら小雪ちゃんが温めて上げたらいいじゃん。俺よりも誤解が少ないだろ」
東一郎はまだ食い下がった。
小雪は東一郎の手を取ると自分の服の中に東一郎の手を入れ込んだ。
「ちょ!なにする…」
東一郎は途中で言葉を発しなかった。小雪の肌に直接触れた東一郎の手はなんの温度を感じないほどに冷たかったのだ。
「わ、分かったよ…」
東一郎は小雪の迫力に圧倒されたかのように、素直に返事をした。
「脱いだら、君の身体で温めて上げて。手と足も凍傷になりかけてる。凍傷もとても怖い。最悪切断だってありえるから」
小雪は服を脱いだ東一郎をあまり見ないように言った。
小雪はそっとこころの服を脱がせると、その上にこころを横たえた。ぐったりとしたこころの姿はまるで彫刻のような美しさだった。
「はい。それじゃあ、しっかり温めて上げて」
「う…わかった…」
東一郎は抱きかかえて、こころをそっと抱きしめた。
「うわ!つめた!!」
まるで氷を抱いているかのような冷たさだった。まるでガラス細工のように落としたら壊れてしまうのではないかと思えるほどの細くすらりとした指先を身体に引き寄せて温めた。
「冷たくなかったら完全に理性飛んでるぞこれ…」
そう言うと東一郎は、冷え切って凍りついたこころの身体を必死で温めた。
「隣の建物に他のお友達がいるから、この子が大丈夫と思ったら、行ってあげて心配しているから」
小雪はそう言うと、扉をすっと開けて外に出ていこうとした。
「ちょっと!小雪ちゃん!どこ行くの!?隣?」
東一郎はしっかりとこころを抱きしめながら小雪に言った。
「私はね。とても嫉妬深いの。せっかく仲良くなれた君が他の女の子と抱き合っているっていうのが、耐えられないの…嫌な女でしょ…」
「そんな訳無いだろ!小雪ちゃんは命の恩人だよ!」
「それにね。本当は君を連れて行こうと思ったの。例え連れてこられた君だとしても…本当に…嫌な女だね…」
そう言うと小雪は扉をすっと締めて出ていってしまった。
「ありがとな!また後で!」
東一郎は大きな声で、小雪に声をかけたが返事はなかった。
そういえば、何か小雪に違和感を感じた。会話の中での違和感。何であったのか東一郎は思い出せなかった。
「がんばれよ!こころちゃん…」
氷の塊のようなこころの冷え切った身体を抱きしめている内に、こころの心臓の鼓動が東一郎の胸に伝わってきた。少しずつ安心感が生まれてくる。
小雪が導いてくれたこの場所で、冷たいこころの心臓が動いているという事実がとても嬉しくて、ずっと昔、東一郎に娘が生まれた時のことを思い出していた。
とても小さくて可愛くて、とても大切だった命。
ずっと昔の事で忘れていた温もりを、こころを抱きしめる内に思い出してきた。自然と東一郎の目から涙が溢れそうになった。
「よかったな…こころちゃん…きっと大丈夫だよ」
東一郎はそういってぐっとこころを抱き寄せた。少しずつ意識が遠のいていく気がした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「!?」
肌寒さを感じて目が覚めると、どれくらい時間がったのだろうか?
東一郎は自分が眠り込んでいたことに気がついた。
しまった!と思いつつ、ふと視線を感じて、視線の方に目を向けた。
意識を無くす前と全く同じシュチュエーションだった。
こころも東一郎もほぼ全裸で抱き合っていた状態そのままだ。
違うのは抱きしめている東一郎の両腕の中からこころが何も言わずにじっと東一郎を見上げるように見ていることだった。
「うわああ!!ちが!違うよ!マジで!こころちゃん!!違うよ!」
東一郎は飛び起きると、誤解を解くためこころに慌てて言った。
こころはゆっくりと起き上がると、慌てる東一郎をじっくりと見ていた。
「私、夢を見ていた気がします。水島さんと女の人が私を起こしてくれて。で、水島さんが、暖めてくれた」
「あ、そ、そうなんだよ。昨日こころちゃん、雪の中で倒れててさ、そんでここに運び込んだんだ。大分冷えてしまっていたから、仕方なくこんな感じで体温で暖めたんだよ!本当に!」
東一郎は誤解のないように丁寧に説明しようと早口になった。
「私、自分で死んじゃうんだなぁって分かってたんです。でも、水島さんが抱きしめてくれた。とても暖かかった」
そう言うと、こころはポロポロと涙を流した。
「こころちゃん!違うよ!本当に何もしてないし!誓って言える!君を抱いたって…あいや、抱いたって言っても抱いていないっていうか…」
東一郎はしどろもどろに弁解をした。
「怖かった…本当に死んじゃうかと思って…」
こころは肩を震わせて泣いていた。
「もう、大丈夫だよ。きっともう大丈夫…」
東一郎はそう言うと、優しくこころの身体を抱きしめた。
こころも東一郎にすがるように抱きしめると声を上げて泣いた。
「よかったね。こころちゃん…。後で小雪ちゃんにお礼を言おう…」
東一郎は優しく言うと、泣きながらこころは小さく頷いた。