「雪女」訪問者
四合瓶の約半分をものの数分で飲んでしまった東一郎だったが、ふと思いついた。この残りを温泉に浸かりながら飲もうと思った。
早速コップと酒を抱えて浴場に向かった。
当然他のメンバー全員スキーのナイターに出かけたわけなので、時間気にせず入ることができる。
温泉かけ流しの贅沢な上に、湯船自体それなりに大きかった。源泉はそれなりに熱く、水で薄めつつ自分好み温度に変えてから入るという仕組みらしかった。
東一郎は結構ぬるく調整し、ゆっくりと湯船に使った。
温泉特有の硫黄の匂いも殆ど感じられず、一見すると温泉かどうかは分からなかった。桶に水を張ってその中に日本酒とコップを浸けて少しずつチビチビと飲んだ。
「なんて贅沢だ…最高かよ…」
東一郎はほろ酔い気分でとても気分が良くなっていた。
一気に飲むと勿体ないので、少しずつ飲んで居た。一人で酒を煽りながら温泉に浸かっていた東一郎は湯船に入ったり出たりを繰り返し30分ほど過ぎた。
四合瓶の酒は、あっという間に空になってしまった。
一人湯船に浸かりながら幸せ気分を噛み締めていた時だった。
「もう一本貰ってこようかな…」
東一郎はもう一本酒をもらおうか迷いながら、湯船を出ると入口付近に向かおうとした。その時ガラガラという扉が開くような音が聞こえたような気がした。
「ん?」
東一郎はドアの方を見たが特に何も見えなかった。
温度・湿度のせいなのか湯気が全体を覆っており、まるでモヤがかかったようだった。
「おっかしいなぁ?ちょっと酔ってんのかな?」
東一郎は少しふらついたかと思ったが不意に湯気が消えた目の前に「それ」は突然現れた。
「うわああああああ!」
「きゃああああああ!」
東一郎が悲鳴を上げると同時に、目の前に居た”少女”も同様に悲鳴を上げた。
突然目の前に現れたのは、東一郎達と同じくらい年の少女だった。
「だ、誰!?え?ちょ、何?」
東一郎が慌てふためいて思わず目を背けた、なぜなら目の前に居た少女は一糸まとわぬ完全な全裸の姿だったからだ。
「え?ちょ!やだ!?えええええ!!」
少女は少女で動揺して狼狽えている。
「いや!ちょっとごめん!知らなくて!うわ!」
東一郎は慌てて湯船に向かって走り始めたが、温泉の床はなぜか滑り勢いよく回転するとそのまま東一郎は少女の方へと倒れ込んだ。
バーン!と派手に転んだ東一郎はとっさに少女を庇うため、くるりと回転して受け止めたが、その見返りに思い切り床で頭を打ち付けた。
まるで抱き合う全裸の男女であったが、東一郎はそれを理解する間もなく気を失った。
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目を覚ましたのは、ホテルのロビーにあるソファーの上であった。
「だ、大丈夫だった?」
心配そうに東一郎を見つめているのは、先程の少女だった。当然服は着ている。
東一郎も先程脱いだはずの服を着ているところを見ると、どうやらこの少女が着せてくれたのだろう。
「あ、痛っつ…」
東一郎は思わず顔を歪めて頭を押さえた。先程頭を打った衝撃なのか?それとも酒の影響なのか、頭痛がした。
「あの、ごめんなさい!」
そう言うと少女は勢いよく頭を下げた!長く黒い髪は美しく、顔も整った日本人形のような顔立ちの少女だった。
「ああ、俺の方こそごめん。君は?」
東一郎は少女に無理やり笑顔を作って言った。ここで怖がらせたり関係がこじれると先程の事が他の人間にバレるとまずいと思ったのだ。
東一郎は確か全裸のこの少女と鉢合わせ、全裸を拝んでしまったばかりか転んだ拍子に彼女と一緒に抱き合う形になってしまったからだ。
「私はこの保養所の従業員の娘でこの近くに住んでるの。で、たまにお風呂の掃除も兼ねて温泉借りてるの。まさか人がいるとは思っていなくて…本当にごめんなさい!」
少女はそう言うととても辛そうな顔をして深々と頭を下げた。どうやらここに忍び込んだ事自体があまり彼女にとっては良くないことなのだろう。
彼女の言動から東一郎は何となく察した。
「あ、いやいや!そんな事無いよ。俺の方こそ…その…色々ごめん!」
東一郎は頭を下げた。少女と東一郎はお互い謝りあった拍子に頭をぶつけた。
「あいた!」
「イタ!」
二人は軽くぶつかった頭を押さえながら顔を見合わせた。
「あははは」
「うふふふ」
思わず二人は緊張感が緩んだのか大笑いしてしまった。
「私は藤堂小雪って言います。アナタは?」
「俺は水島瞬、ここには友達と来ているんだ」
「そうなの?でも友達は?」
「ああ、スキー場に行っているよ。ナイターしに。俺は一人で居残ってる」
東一郎はそういうと、空になった日本酒の瓶を見せた。
「ああ!いいなぁ!お酒私も飲みたい!」
「えっと、小雪ちゃん?さん?はいくつなの?」
東一郎は戸惑いながら聞いた。
「えー、っとそれは秘密!でも君より年上だと思う」
小雪はそう言うと少しニヤリとして東一郎を見た。
「ああ、まぁ、実際は俺のほうが確実に年上だけどね…」
東一郎は少し笑いそうになりながら小雪に言った。
「え?どういう事?」
小雪は不思議そうな顔をして東一郎を見た。東一郎はその素朴な裏表のなさそうな田舎の少女に思わずドキッとしながらも、苦笑いをしてごまかした。
「なぁ。小雪ちゃんは日本酒好きなの?」
「大好き!でも、普段は飲む機会無くてねぇ…」
「あの参考までに聞くけど、20歳は超えてるの?見た目超えてるようには見えないけど…」
「えー、失礼ね!君よりお姉さんだと言っているでしょ!」
「んー?いくつ?」
「秘密!教えない!」
「じゃあ、お酒は無理だなぁ」
「分かった分かった!本当の年言うよ!」
「はい。お願いします」
「んーっと、だいたい20歳」
小雪はそう言うと子供っぽい顔をしてにっこり笑った。
東一郎は田舎の少女にバカにされているような気分だったが、正直楽しい感情が先に立っていた。何とも言えない安心感と触れてはいけないような背徳感が入り混じったドキドキさせられる思いだった。
「そうか!じゃあ、飲んじゃうか!!」
「おー!飲んじゃおう!飲んじゃおう!」
東一郎は2本目の日本酒を貰いに再びワインセラーに向かうのだった。




