「勧誘」世代
「お前、相当だな。柔道か…総合…いや、日本拳法、それか空道か?」
東一郎はスーパーセーフを外すと、それを掲げて蒼汰の前に差し出した。
「よく分かったね。結構レアだからね。空道だよ」
蒼汰は肩で息をしながら言った。
空道とは、打撃、投技、寝技が許されスーパーセーフという直接打撃用の防具をつけて本気で打ち合う武道であり、その強さは武道の中に置いても別格の強さを誇る。
「水島君、君は一体何なんだい?」
「まぁ、ベースは空手、だけど色々やったからな。まぁ、キャリアの違いだ。気にすんな。お前、マジ強いと思う」
「そうか、でも完敗だよ。強いな君は…」
「そもそも何で空道の人間が、空手部に居るんだ?」
「まぁ、空道部が無いからね。だから柔道部で寝技と投技を磨いて、空手部では打撃を磨こうと思ってね。ホントは掛け持ちしたい位だよ!」
「ああ、そういう事か。まぁ、賢明な判断だな」
「いやー、でもここまで手も足も出ないと、もう頼みにくいな…」
「まぁ、これで俺の勝ちだ。悪いけど俺にはもう構わないでくれ」
東一郎は今度は道着を脱ぎながら言った。その体は汗一つかいていなかった。
「すまなかったね。ありがとう。君、本当に強いな」
キャプテンは半ば呆れ顔で言った。
「ああ、アンタ達もなかなかじゃんか。いい選手だと思ったよ」
東一郎は笑顔でそう言うと、空手道部のメンバーに礼をして道場を出ていった。
「先輩方!申し訳ありませんでした!」
蒼汰は東一郎が出ていくと直ぐに先輩たちに詫びを入れた。
「気にすんなよ。お前も一生懸命やってくれたじゃん」
「いえ、でも、空手だけじゃなくて、これまで持ち出してしまいました」
蒼汰はそう言って東一郎と自分がつけていたスーパーセーフを前に出した。
「まぁ、やりすぎだけど、武道家としての血が騒いだか?」
別の先輩が笑いながら蒼汰に言った。
「はい。申し訳ありませんでした。アレだけの強さを見せつけられたら、どうしても確かめたくなってしまい、本来の目的と別の事をしてしまいました!」
そう言うと蒼汰は土下座をして頭を下げた。
「しかしアレはマジで強かったな。あと態度もな…先輩を先輩と思ってねーな」
キャプテンは笑いながらそう言った。
「ああ、確かに敬語ってものが全く出てこなかったよな。変わったやつだな」
別の2年生が言った。
「3年の先輩方が居なくてよかったよ。ははは」
「全くだ!空手部5人目なんて夢のまた夢になっちまうからな!あはは」
2年生達はどこかホッとした表情で笑った。
その時だった。
「誰が居なくてよかったって?」
「随分舐めたマネされたんだな…」
「お前ら、何してんの?分かってんのか?」
「勝負に負けてヘラヘラしてるとかありえない…」
道場の入り口から声が聞こえた。そこには5名の生徒が立って鋭い目つきで空手道部のメンバーを見ていた。
「せ、先輩…!?」
キャプテンは青ざめた表情で呟いた。
蒼汰も思わず直立不動に立ち上がり目を伏せた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「聞いた?空手部…」
「なんか1年と2年、ほぼ全員やられたらしいよ…」
「ありえなくね!ちょー怖いんだけど」
翌日空手道部の噂で持ち切りとなっていた。
元々は名門と言われた空手道部は今年の3年生が引退してからは、わずか3名で活動せざるを得なくなり、蒼汰が加わりなとか4名となったが当時の一学年10名以上が所属し、最盛期に男女合わせ60名を超える部員がいた部活動とは思えなかった。
当時の厳しい練習、指導、そして先輩の課す理不尽な練習についてこれなくなった部員が、一人、また一人と消えていったのだ、その最後の生き残りと言われた3年が引退してから部活動の存続の危機すら迎えていた。そんな時期に部外者に完敗したと3年生にバレてしまったのだった。
「あのさ…学校にエアコンがあるって良いな!!」
東一郎はヤマトに緊張感なく言った。
「なんか、聞いたら空手道部の3年が1,2年をシメたらしいよ」
東一郎は空手道部の3年生による1,2年生の粛清の噂話をヤマトから聞いた。
「はぁ!?アホだと思うんだよな。そんな上限関係って必要か?アホらしい」
東一郎は呆れ顔でいった。
「で、原因は?」
「いや、部外者にボロ負けしたのが3年にバレたんだって…」
「いつ?」
「いや、昨日だって…」
「へー、昨日か…、じゃあ、俺と組手したあとに、誰かに襲われたのか?」
「え、いや…」
「アイツラを倒すなんて、結構なレベルじゃないと無理だと思うぞ」
「あ、あのさ…、それって…水島のことじゃない?」
「はぁ?学内の俺が何で部外者?」
「いや、空手部じゃないから…部外者でしょ…」
「ああ、そういう事!?てっきり学外の人間の仕業と思ったよ。そりゃ無理だろ。俺に勝てるわけ無いだろ。その3年っての舐めすぎ…」
東一郎は呆れて教室の天井を見上げた。
エアコンの排気口から暖かい空気が流れていた。
「水島君!大変だ!柔道場に来てほしいって!」
見知らぬ生徒が血相を変えて駆け込んできた。
「くだらねー」
東一郎は心底面倒くさい顔をした。
「ただ、年食ってるだけで偉そうに!俺を舐めてくれたガキどもには一言言ってやらねーとだな…」
東一郎は鋭い眼光になって出口に向かった。
「あまり無茶するな!」
ヤマトは東一郎にそう言ったが、東一郎は右手を軽く上げて行ってしまった。
あの雰囲気をヤマトは知っていた。東一郎が何かに怒っている時の雰囲気そのものだった。




