「勧誘」コンタクト
空手道部の一同は、完全に完封負けを東一郎に喫した。
正直言って次元が違った。
スピードも間合いもこれまで自分たちが経験した事のないレベルのものであった。
「なんてスピードだよ…」
「すげぇ…」
2年生の空手道部員たちは唖然としていた。ここまで一方的にやられるとは思っていなかったからだ。
「これで文句はないよな。じゃあ、悪いけど俺はここで帰らせてもらうよ」
東一郎は2年の先輩たちに軽く会釈をするとそのまま帰ろうとした。
「水島君!もう一勝負して欲しい!」
大きな声で言ったのは、やはり柿崎蒼汰であった。
「お前もしつこいな。俺は宣言通りに組手で勝ったんだ。文句はないだろう」
東一郎は面倒くさそうに言った。
「わかる!それは理解した!でも、その強さもう少し見極めさせて欲しい!」
そう言って蒼汰が持ってきたのは、空手道の組みて競技に使う防具ではなく、打撃用の小さなグローブとスーパーセーフと言われる殴られる為の防具を持ってきた。要するに防具を付けてガンガン殴り合う空手だ。
「おい!!蒼汰それはやりすぎだろう!」
キャプテンは蒼汰を窘めた。
「何でこんなもんがあるんだよ?」
東一郎はうんざりした顔をしながら蒼汰を見た。
「頼む!どうしても確かめたいんだ!水島くんの強さを!一武道家として!」
蒼汰は東一郎が断るわけがないと思っているのだろうか、笑顔でまっすぐな目線を東一郎に見せた。
「…一度だけ立ち会ってやるよ。それで良いな!もう俺は絶対にそれ以上はやらないぞ!」
東一郎はそう言うと、一度脱ぎかけた道着をもう一度着込んだ。
「水島君ありがとう!全力でやろう!」
蒼汰は嬉しそうに東一郎に礼を言った。
「水島君!ちょっとこれは無謀だ。意味分かってる?これは顔面を本気で打つ為の防具だよ。蒼汰は本気の殴り合いをしようとしているんだよ!」
キャプテンは東一郎に慌てて止めに入った。
「ああ、先輩。割と俺も知ってるからダイジョブよ」
東一郎はニコッと笑顔をキャプテンに向けた。
「無茶だ!蒼汰の体重は90キロはある。君はあっても70キロくらいだろう。正直危険すぎる!許可できない!」
キャプテンはそう言うと東一郎のスーパセーフを貰い受けようとした。
「アイツがこのまま納得すると思います?俺は早く帰りたいんだよ。だから1分だけ黙ってみててよ。アイツのパンチ多分当たらないから」
東一郎はそう言うと先程同様にニコっと笑った。
「水島君!2分間!全力で行くよ!審判の止めが入るか、降参したほうが負け!それで良い?」
蒼汰は身体をほぐしながら言った。
「構わんぞ!少年!」
そう言うと東一郎は、先程とは違い低く構え直し、ステップをすることを止めた。
「…危険と思ったらすぐ止めるから!始め!」
キャプテンは仕方なしという雰囲気でスタートをさせた。
東一郎も蒼汰も先程とは違い間合いをジリジリと詰め始めた。
先に仕掛けたのは蒼汰だった。
踏み込みと同時に右のパンチを打ってきた。
東一郎はそれを見るとパッと後ろにステップバックした。
反撃には移らず、そのままじっくりと蒼汰を観察しているようだ。
蒼汰もさっきの雰囲気とは違い、ゆったりとした姿で東一郎に近づいてきた。
「ふーん、こっちが本職か…」
東一郎はそう蒼汰に言うと、さっと蒼汰の左足内ももを蹴り上げた。
その瞬間、一瞬止まった蒼汰に音もなくすっと近づくと、結構な至近距離から瞬間的に右のストレレートを打ち込んでいた。
ドカッと音がすると蒼汰の太い首が大きく後ろにのけぞった。
だがそのまま蒼汰はその場に踏みとどまった。
「へぇ、カウンター気味に入ったけど耐えるんだ。やるね」
東一郎は軽くステップをしながら蒼汰の周りをうろついた。
次のタイミングは先程と同じく、すっと近づくと、今度は力感無くワンツーフックの3連続パンチを繰り出していた。蒼汰も懸命に反応しているが、東一郎のスピードについて来れなかった。蒼汰もやや効いたらしく反撃・追撃する程の余裕は無かった。
蒼汰の息遣いがやや荒くなってきた。
「水島君!全力でやろうって僕は言ったんだよ。全力を受け取って欲しい!」
蒼汰はそう言うと、パッと飛び出すと東一郎に蹴りを放った。東一郎はすっと身を引いて避けた。軽く左手を合わせてパンチを打った。蒼汰が付けているスーパーセーフからバチン!という音が聞こえた。
「もう良いだろ。お前なら実力差は分かるだろ」
東一郎は無表情のままで言った。言い方は冷たく容赦は無かった。
「凄いよ!水島君!これが僕の全力だ!」
蒼汰は叫びながらほとんど走るくらいの状況で大袈裟なストレートを打ってきた。
東一郎はその動作の違和感を見逃さなかった。
左のストッピングの強めジャブをカウンター気味に出した。
蒼汰はそれを待っていたかのようにダッキングするとそのまま加速して東一郎の足めがけてタックルを仕掛けた。
完全なタイミング足を掴みに入った蒼汰だったが、東一郎は間一髪で両足を後ろに広げて蒼汰の肩へパンチを打ち込み距離を作り出した。
結果蒼汰のタックルは空振りしたが、そこから蒼汰は更に下に入り込んで東一郎の道着の首元を取ると一気に足払いを仕掛けた。
東一郎はその足払いをすっと足を引いて空振りさせると、瞬間にワン・ツーを打ち込んで蒼汰の動きを止めると、そのままパッと後方にステップをして距離を取った。
本の数秒の出来事だったが、その攻防の速さに恐らくその場にいた二年生達は何が起こったのかを理解できていなかった。
蒼汰は肩で息をしていた。
「ふぅ…降参!これは勝てないや!」
蒼汰はそう大声で叫ぶとその場に座り込んで天を仰いだ。
蒼汰の顔には大粒の汗が流れていた。




