「勧誘」柿崎蒼汰という格闘男子
おっさん空手家の神崎東一郎と普通の高校生である水島瞬の意識が入れ替わって5ヶ月程が過ぎた年が明けたある日の事。
「水島君、ちょっと良いかな?」
新学期早々の昼休みに、東一郎の前に現れたのは大柄な少年だった。短い髪でガッチリした体格、一目でスポーツ少年であることは分かった。
「えっと?だれ君?俺に何の用?」
「突然ごめん、お願いがあって来たんだ。俺は空手道部の柿崎っていうんだけど、空手に興味ない?」
「無い!」
「ええ!?でも、色々噂は聞いてさ、聞けばどうも素人ではない訳だよね」
「いや、悪いけど俺は放課後忙しくてね。部活とかやってる暇がないんだよ」
「ああ、部活にはいってくれたら嬉しいけど、そういう訳じゃないんだ」
「ん?じゃあ何?」
「今度3月にこの辺の空手道部の交流大会があってね。団体戦5名で出るんだけど、2年生の先輩と合わせても4人しかいなんだよ。だからあと一人どうしても必要なんだ」
「え?空手の試合だったら、4人だってエントリーできるだろ。別に絶対5人じゃないと駄目なわけじゃないだろ」
「ああ、この交流大会はなんでか知らないけど、昔からルール上にない取り決めがあってね、5人揃わない学校は辞退する”習わし”なんだよ。だから何とか頼む!」
そう言って柿崎は大きな体で頭を下げた。
「ああ、ごめん。悪いけど他を当たってくれるか?あんまり俺が勝手するわけにもいかなくて、大人しく暮らす必要があるんだよ」
東一郎はそう言って首を振った。
「ああ、そうか…。そうだよね。ごめん忙しい所」
蒼汰はそう言ってガックリと肩を落として去っていこうとした。
東一郎はこういう場面にとても弱かった。ましてや高校生が切実な思いで頼みに来たのを無下に断るのも、なんだか心が痛んだ。
だが、東一郎には、入れ替わりのヒントを探す必要がありとても時間が必要だったので、期待に答えられないもどかしさを感じつつも、心の中で詫びるのであった。
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次の休み時間
「水島君、ちょっと良いかな?」
現れたのは再び柿崎蒼汰だった。
「あ、ああ…どうしかしたか?」
東一郎はちょっと不思議な感じがしたが、あまり気にせず聞いた。
「実は頼みがあるんだ…」
「あ、ああ。何?」
「俺は空手道部の柿崎っていうんだけど、空手に興味ない?」
「ん!?」
東一郎はちょっと戸惑った。
「あーっと、ごめん。無いな…っていうか…さっき言ったよね」
東一郎は蒼汰に対し両手を合わせて謝罪のポーズをした。
「あ!ごめん!そうだよね。どうしても諦めきれなくてさ…もう一度お願いしに来たんだ。改めてお願いできないかな?」
「ああ、ごめん。さっき言ったとおりで、忙しいんだ…」
「そうか…そうだよね。ごめんね。忙しい所…。もし気が変わったら声を掛けてくれるかい」
「あ、ああ…。悪いな今はそれどころじゃないんだ…」
「そうか…ごめんね。忙しい所…」
そういって蒼汰は淋しげに去っていった。
「ちょっと、何か可哀想に見えるね…必死なんだね…」
たまたま教室に来ていたエマが言った。
「まぁ、でも俺マジで無理だから…」
東一郎は若干の違和感を覚えながら言った。
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次の休み時間
「水島君、ちょっと良いかな?」
現れたのはまたしても柿崎蒼汰だった。
「!?」
東一郎は蒼汰の姿を見るなり、思わず立ち上がった。
「実は頼みがあるんだ…」
蒼汰は真剣な表情で東一郎に訴えた。
「おい!!これループしてないか!?え?さっき言ったよね!俺!無理だって!」
東一郎は結構な驚きを持って返答した。
「いやーそこを何とか出来ないものだろうか?」
「え!?お前、さっき分かったって言って帰っていったよね。ちょっと切ない感じで帰っていったよね!」
「うん。そうだね。でも、諦めきれなくて…だから、お願いだ!」
「うん。そうだね。じゃねーよ!バカなの?断って、お前納得して帰ったよね!え?何でこれまた繰り返してるの?ナニコレ?」
「いや、水島君の思うことは分かるよ。でも、僕の言うこともわかってほしいんだ」
「あ…コイツ…」
東一郎は柿崎蒼汰という男子が、人の話を全く聞かないタイプの男だということを理解した。
「ふ、ふざけんな!帰れ!」
東一郎は思わず叫んだ。一緒にいたヤマトも流石にやむなしという表情をした。
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放課後
「水島君、ちょっと良いかな?」
現れたのは当然、柿崎蒼汰だった。
「おいおい、冗談にしては、大して面白くないぞ!」
「水島君!もう君しかいないんだ!お願いだよ!」
「ウソつけ!お前絶対他に声かけてないだろ!」
「いや!もちろん声をかけまくったよ!でも、しばらくすると皆居なくなっちゃうんだ。会いに行ってもなかなか会えなくて…」
「うん!そうだろうね!性別違ったら完全にストーカーだからね!怖いからね!俺も若干もう怖いもん!」
「はは!嫌だなぁ!僕は女子が好きだよ。どっちかって言うとカワイイ子よりも、きれいな子のほうが好きだな。凛とした綺麗さと言うか…」
「うるせーばか!お前の好みとかどうでも良いわ!他の奴らが逃げた理由をよく考えろよ!」
「いや、でも、水島くんはこうして逃げないで居てくれるじゃないか!それだけでも僕は嬉しいよ!」
「おい、ヤマト…コイツ…一体…」
東一郎は顔を引きつらせてヤマトに助けを求めた。
「あ、ああ…ちょっとパンチ強いね…」
ヤマトも流石に引きながら言った。
「え!?僕がパンチ力結構あるのよく分かったね!君もひょっとして何か格闘技を…」
蒼汰はパッとヤマトに向きを変えて迫ってきた。
「うわあああ!違う違う!意味が違うよ!」
ヤマトは真剣な表情で怯えて逃げようとした。
「頼むよ!ちょっとだけ道場に付き合ってよ!お願いだ!」
蒼汰はヤマトを諦め、東一郎に土下座までした。
「おい!!止めろよ!土下座とか!お前ちょっとオカシイぞ!」
「おかしくたって何だって良いんだ!僕は試合がしたい!3年の先輩達が安心して卒業できるように勝ちがいんだ!」
「え?3年とかなんか関係あるの?」
「いや、3年先輩たちがいつも心配してくれてて…僕の代でもう終わりだって悲しそうな顔で言うんだ」
「だから僕は先輩たちに安心してほしい!そのためにも勝ちたいんだ!」
蒼汰は土下座しながら懇願した。
「…多分、3年の先輩の心配は、お前自身の事だと思うぞ…」
東一郎はボソリと言った。
結局この後、東一郎は蒼汰に無理やり連れられて武道場まで行くことになったのだった。




