神社と仮説
年が明けた1月2日。
東一郎は神社にお参りに行くと言って家を出た。
自転車に乗って、例の神社「真北神社」を目指した。
冬の冷たい風を受けながら結構な距離を自転車で移動するのは、なかなか辛いものであった。
神社につくと人気のない地域ではあるものの、チラホラと参拝している人の姿もあった。
神社に来た理由は特に無かった。但しここが始まりでありここが元いた世界と繋がるきっかけであるという思いはあった。そのヒントが何か無いか確かめるため、時折こうして神社に来ていたのだった。
高校生の水島瞬として今を生きる東一郎にとって、この世界は居心地の悪い世界ではない。だが、本来の自分の場所ではないことを十分にわかっていた。
なので自分の目的は「元いた世界に戻る」そのヒントを日々探しているのだ。
あの事故があった日から遡ること6年。これが現在水島瞬の身体を借りて神崎東一郎が暮らす世界。
もう一度考えてみる。
6年前の自分、神崎東一郎の姿かたちはどこにもなかった。
当時この街に住んでいるはずの友人や知人も探したが見つからなかった。
6年前の東一郎は、丁度仕事がうまく行かず妻子とも別れ割と荒れていた時期で、この街から離れていた時期であった。
昔の職場、仲間をそれとなく尋ねたが、現在の東一郎に結びつく手がかりは無かった。
東一郎は一つの仮説を立てていた。
自分が元の世界に戻るためにやるべきこと。6年前この世界のどこかに「水島瞬の人格で神崎東一郎」が存在しているはずだ。
まずは神崎東一郎を探し出し、水島瞬と会話し何故自分たちが入れ替わったのかを確認しなくてはならない。
もし神崎東一郎の人格が水島瞬でなかった場合、また何か別の方法を考えなくてはならない。但しその事を確認するためにも、神崎東一郎の居場所を探す必要があったのだ。
入れ替わりが起こって半年近くが経った。
東一郎はもちろんこの世界の「神崎東一郎」を探してきた。自分の記憶を頼りに当時の住んでいた場所や働いていた場所も訪ねてみたが、そこに東一郎の姿はなかった。
つまり自分自身が経験したはずの過去と既に違っていたのだ。
但し分かったこともあった。
入れ替わりの起こる前、半年以上前の神崎東一郎は自分の記憶と同じであったということだ。
以前働いていた職場を尋ねた時、見知った顔があった。
当時の仕事仲間であったので、早速話をしてみた。
結果、入れ替わりが起こる前の神崎東一郎の記憶は自分の記憶と一致するものであった。
要するに入れ替わった直後から行動が変わっていたのだ。
という事は、水島瞬が神崎東一郎の人格となりこの世界を生きて、本来行う行動とは別な行動を取っているということだろう。
東一郎の人生が転落した丁度この時期より少し前であり、これ以上最悪なことが起こることはないだろうと思う。
だが一方でこんな不安も抱くようになってきた。
神崎東一郎の人生は暗黒期にはいったタイミングで、何も知らない高校生の水島瞬が果たして、この境遇に耐えられるのだろうか?
もし、その人生に絶望して自殺なんて事になったら…。
もう元の世界に戻る事はできなくなるのではないか。
そもそも神崎東一郎の存在やこの意識ですら無くなってしまうのではないか?そんな不安にかられつつ一刻も早く自分自身である現在の神崎東一郎に「早まるな」と言う必要があると東一郎は考えた。
また何故現在の神崎東一郎(水島瞬)は、現在の水島瞬(神崎東一郎)を訪ねてこないのか?が謎であった。
少なくとも意識があれば、家も住んでいるところも知っているはずで、入れ替わっているのであれば訪ねてくるのは必然に思えた。
だが、それが起こらないということは、なにか理由があるのかも知れない。
もしも神崎東一郎の意識が入れ代わりとか関係なく、別人格であった場合いったいどうなるのだろう?分からないことが多すぎて東一郎はうんざりするのだった。
そうは言っても、東一郎は少しずつヒントを集める為に、学校生活以外は現在の神崎東一郎を探す事に注力していたのだった。
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「水島さん!ではありませんか!?」
前方から声が聞こえた。そこに立っていたのは、財閥令嬢の金刺遥の取り巻きの背の低い女子生徒だった。
「え?何で??」
東一郎は戸惑っていた。街外れのほとんど人の住んでいない地区の神社に見知った顔があったことに驚いた。
「ああ、ちょっとまってくださいね!遥さんを呼んできます」
そういうと女子生徒はどこかに行ってしまった。
「あら!あけましておめでとう!水島さん!会いに来てくれたのね?」
そう言って現れたのは、巫女の格好をした金刺遥だった。
「え!?何だその格好!?」
東一郎は驚いて彼女を見た。所謂巫女の格好をしていた。
「え、そんなじっくり見ないで。いくら恋人同士とは言え照れちゃう…」
「いや…恋人同士になった覚えはないが…でもバイトでもしてんのか?」
「違います。この神社はウチの神社なので、神事は金刺家のものが行っているの。宮司みたいなのは、叔父がやってるの。といっても普段は何もしてないけどね…私は年齢的に巫女の役目。結婚したら流石にやらないと思う」
遥は巫女の格好でくるりと回ってみせた。
「遥さん素敵ですよね!」
取り巻きの女子生徒が東一郎に言った。取り巻きの女子生徒は遥と東一郎が付き合っているものと勘違いしていないか東一郎は少しだけ気になった。
「ああ、なんつーか、神々しいね…というか、この神社お前の家の関係だったのか…」
「神社というか、この地域、この山とかも含め、金刺家の土地なので、その関係で管理しているものね。この神社については良くわからないけど…」
「なぁ、この神社について詳しい人いないか?」
「え!?あら!そうか!金刺家の行事だもんね!未来のお婿さんとして気になるよね!ちょっと調べてみるよ!」
「いや、お婿さんではないけど、調べてほしい頼むよ」
東一郎の真剣な表情で依頼をされた遥は、顔を真赤にして横を向いた。
東一郎にしてみれば謎に満ちたこの神社における接点が持てたことは、彼にとってとても重要なことであった。