「財閥」友達
「だいたいさ、友達なんて自然になるもんじゃねーの?友達になってください!って言って仲良くなったやつ見たこと無いけどな」
東一郎は横で話をしている金刺遥に向かって呟いた。
「うるさいわね!ほっといてよ!」
遥は東一郎に向かって直ぐに返した。
「お嬢様が聞いて呆れるね。普通にしてりゃ普通に友達とかできると思うけどな」
東一郎が言うと、桜井こころも頷いた。
「私も金刺さんが金刺グループのお嬢さんという事よりも、金刺さん自身がどういう人なのかを知りたいですし、それに勿体ないと思うんです」
「勿体ない?」
遥は意外そうにこころに問い返した。
「はい。私も水島さん達と知り合う前は、男子生徒とほとんど話もしませんでしたし、女子生徒からも線を引かれていた気がします。でも、水島さん達と知り合ってから気兼ねなく皆話をしてくれるようになって、そしたら色んな人の個性が見えてくるんです。不思議ですよね。以前よりずっと楽しくて…」
こころは少しはにかみながら話をした。
「…私は…、両親がいないの…」
金刺遥は目線を落としてそう言った。
東一郎もこころも思わず顔を上げたが何も言葉発さなかった。
「まだ小学生だった頃、両親が離婚。母親が出ていったわ。父は元々持病があって、元々入退院を繰り返していたけど、私が中学に上る直前に亡くなったの」
遥は目線をあげずに淡々と話をすすめた。
「だから私はお祖父ちゃんに面倒を見てもらっているの。お祖父ちゃんは何も言わないけど、立派な人にならないといけない。そう思っているうちに一人ぼっちになっていた」
遥はそう伏し目がちに言った。
「いや、お前の子分みたいなの二人居るじゃんか」
東一郎は遥に聞いた。
「あの子達は、ウチの従業員の子供なの幼稚園から一緒。だから友達というよりももう家族。妹たちみたいなものよ」
「家族ねぇ…」
「だからあの子達が私の近くにいてくれる事は嬉しいけど、あの子達の時間を私に使ってほしくはないの…」
「ふーん…」
「金刺グループの娘として立派な人にならなきゃ、お祖父ちゃんにも、亡くなったお父さんにも顔向けできないのよ」
「果たして、お前のじいさんも亡くなった親父さんも、お前にそんな立派な人になって欲しかったのか?立派に生きるよりも普通に楽しく生きてほしいと思うんじゃないの?」
「それは…わからない…」
遥はそう小さく言うと視線を下に落とした。
「でも、だからこそ、こころさんを見た時にとても感動したの!ああ!完璧な女の子だ!この子みたいに成れたらきっと皆、納得してくれる。金刺家の一員として認めてもらえるって…」
遥は立ち上がるとこころの前に歩み出た。
「だから…私のお手本になってほしいの!アナタみたいな女性になりたいの!友達になってください」
金刺遥はそういうと頭を下げた。
桜井こころはその姿を見て、遥の前に立った。
「あの…金刺さん…、ごめんなさい。このお話は受けられません」
落ち着いた物言いをするこころにしては、結構強い言い方だった。
「…そう…。そうよね。ごめんなさい。変なこと言って」
金刺遥は慌ててこころに謝罪した。
「私の家はお金持ちではありませんし、両親もいます。金刺さんの代わりは私にはできません。でも、一緒に時間を過ごして一緒に素敵な人を目指すのはできると思うのです」
そう言うとこころは遥の前に進んで手を取った。
「私も結構一人でいることが多いんです。なのでお友達になってくれたらとても嬉しいです」
こころが言うと金刺遥は、ぱっと顔を上げた。
「ありがとう…」
遥はそう言うとポロポロと涙を流した。
強気に見えたお嬢様は本当は一生懸命頑張っていただけだったのかも知れない。
「まぁ、アレだな。お嬢様キャラやめたら?あれ悪いけど、滑ってるよ」
東一郎は遥に言った。
「滑ってるって何よ!私は真面目に…」
「とりあえず、取っつきにくいんじゃね?黒塗りの車で毎日お出迎えってのはどうかと思うぞ?」
「だってしょうがないじゃない。家から歩いてたら3時間もかかるんだから!お祖父ちゃんが会社に行く途中に乗せてきてもらっているのよ」
「だったらバスとかチャリで来ればいいじゃんかよ。そういうとこだと思うぞ!」
「うちの近くバス通ってない…」
「じゃあ、自転車は?」
「…ない」
「いや、そこはお嬢様!買ってもらえよ!」
「そうじゃなくて…れない」
「…?は?なに?れないって??」
「だから!!自転車乗れないの!!」
遥は顔を真赤にして大きな声で叫んだ。
「え…マジ?」
東一郎はそう言って絶句した。こころも意外そうな顔をした。
「じゃ、じゃあ、練習しましょうか?そこから始めましょう!」
こころは努めて明るい雰囲気を作って話した。
「水島さん!こころさん!自転車の件、誰にも言わないでほしいんです…」
遥は消え入りそうな声で言った。
「そこは気にするんだ…」
東一郎はガクッと肩を落として疲れた表情をした。
「ああ、それと水島さん、連絡先を教えて」
「ええ?あ、ああ、まぁ良いけど…」
「だって、私達付き合うんでしょ!」
「はあ!?何だそれ??意味分かんない!」
東一郎は慌てて否定した。
横にいたにこやかだったこころの顔が、その瞬間能面のような無表情になった。
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金刺遥の自宅は確かにかなり街外れにある豪邸だった。
自宅近くの広い道路は車通りがほとんどなく、金刺家のための道路であるかのようだった。
東一郎とこころは遥の自転車練習に付き合うため、休日を利用してやってきたのだった。
「さあ!練習始めますよ!宜しくおねがいします!」
遥は勇んで真新しい自転車を引いてやってきた。
東一郎とこころは遥を見て二人共顔を見合わせた。
「いや…ナニソレ?」
東一郎は引きつった顔で遥かに聞いた。
「何って…自転車。早速お祖父ちゃんに買ってもらったの!」
遥の持っていた自転車は、やけに細いタイヤにスリムなフレーム、所謂ロードレーサーと言われる高級そうな自転車だった。
「え?お嬢様、何か自転車のレースにでも出るの?」
「は?出るはずないでしょ」
「おまえな!チャリなんてママチャリでいいんだよ!何だよこれ!逆にやる気ねーだろ!」
東一郎は思わず遥にツッコミを入れていた。
こころはそれを見て笑っていた。
冬の日の自転車の特訓は、遥のお小遣いから普通の自転車を買うところから始まるのだった。




