「財閥」行方不明
「なんですの?あの男は!?私はただ聞きたかっただけですのに…」
金刺遥は憤慨しながら歩いていた。
「遥さん、お気になさらず、次の機会を…」
「もういいわよ。あんな人。あんな野蛮な人とは思わなかったわ」
「話し合いの機会すら作れないなんて…」
「何が良くなかったのかしら?」
金刺遥と取り巻きはブツブツと呟いた。
事実金刺グループはこの地域一帯で大きな勢力を誇る多角的な企業だった。遥の祖父に当たる金刺健三の強引とも言える経営でここ50年で急成長した企業であり。
金刺家は大きな財をなした。
またこの学校への土地の無償貸与と多額の寄付をしており、事実金刺家の意向は学校運営への影響力を持っていたのは事実だった。
だが、ここ最近金刺グループを揺るがす不正があったという噂が街を駆け巡っていた。
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「最近、例のお嬢様あまり見かけないね」
エマは東一郎に言った。
「ん?例のお嬢様って?ああ、アレか…」
「何か最近は静かというか、影が薄いっていうか、あんまり学校にも来てないみたいよ」
「水島の購買部の出来事でショック受けたんじゃない?」
「あー、ありえる。水島君酷い!」
「デリカシーなさすぎじゃない!」
ヤマト、エマ、ユリは口々に東一郎を非難した。
「ちょっと待てよ!俺関係ないってば!」
東一郎はうんざり顔で否定した。
例の1件について噂が三人のもとに届いたのは、購買部の立ち回りの直後だった。三人とも「やはりな」という感想だった。
その時教室に入ってきたのは、スラッと背の高い長い黒髪の女子生徒だった。
入ってきた瞬間に空気が変わる程の雰囲気があった。
「オー!こころちゃん!どうした?」
東一郎はこころを見つけると声をかけた。エマが不機嫌そうな顔をした。
「あの…、ちょっと金刺さんの事でお話が…」
こころはそう言って輪に加わった。
「実は金刺さんがここの所お休みがちなんです」
「ああ、噂で聞いたよ。俺は関係ないからね!そこんとこお忘れなく!」
東一郎は人指し指を左右に振ってこころに見せた。
「それは分かってます」
そう言ってこころはニコリと笑顔を見せた。エマの眉間にシワが寄った。
「どうやら、最近彼女のお家の事が原因らしいです…」
「家の事って?」
「詳しくはわかりませんが、家の事業が上手く行ってないとか、トラブルが発生しているとか、あとインターネットとかで彼女も含む家族をを中傷するような事もあるみたいです…」
こころは少しうつむき気味に話した。
「へぇ、で、何で委員長ちゃんがそれを知っているの?」
ユリはこころに聞いた。
「はい。実は人伝てに「話を聞いてあげてほしい」って言われたんです」
「は?あのお嬢様が相談するとかちょっと想像つかないね…」
「はい。その辺りからちょっと休みがちになってしまって…結局話をすることはありませんでした」
「今まで話したことあるの?」
「いえ、生徒会選挙の相手候補として演壇で話したことはありますが、個人的にお話したことはありません…」
「それで相談ってのもハードル高くない?」
「でも、私でお役に立てるなら、話は聞きたいです」
キラキラとした目で落ち着いたトーンで話すこころは、同性のユリから見ても魅力的に見えたのだろう。
こころがそう言うと、ユリはエマの肩に手を置いて、首を振った。
「ちょっと!?どういう意味よ!」
エマはユリに対して文句を言った。
「まぁまぁ、でも、水島の件も全く関係ないとは言えないし、そもそも水島に用事って何だったんだろうな?」
ヤマトは改めて東一郎に向かって言った。
「はぁ?知らないよ。俺は、普通に聞けば答えたっての…」
東一郎も少しは気にはしているようだ。
「まぁ、そのうち来るだろ、今度見かけたら話くらい聞いてやるよ」
東一郎は誰ともなくそう言った。
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金刺遥は当初から目立つ存在であった。
きれいな顔立ちだが話し方に特徴がありそれが高圧的と捉えられた、なので入学当初から女子生徒を中心にやや敬遠されがちだった。
それでも最初の頃は皆に声をかけるものの、金刺グループの良からぬ噂を真に受けたり、彼女の身につけている高価な服や装飾品が嫉妬の対象になったようだ。
また毎日送迎を車でしているという庶民離れした生活が一部生徒に分かると、普通のクラスメイトとは線が引かれてしまったようだ。
以来、幼馴染の二人の取り巻きのような女子生徒以外とは、ほぼ会話する事も無くなったという。
金刺グループの名前はこの地域で知れ渡っており、町にも学校にも影響が強いということで少し浮いた存在になっていたそうだ。
そんな家の悪い噂がいつの間にか広がっていた。
グループの企業のいくつかが違法な事をしている。
裏社会と繋がっている。
間もなく経営陣が逮捕されるらしい。
横領事件が起こっている。などなど根拠に乏しい噂が広がり、インターネット上でも掻き立てられていたのだ。
そんな折、金刺遥はその後1週間に渡って一度も学校に来なかった。




