「財閥」返り討ち
「ちょっと待ちなさいよ!水島瞬!」
東一郎の前に立ち塞がったのは、やはり金刺遥とその取り巻き2名だった。
しかも今度現れたのは、昼休みの大勢人が集まる購買部の前での出来事だった。
「うわまたか!?何だよお前ら!こっちは用はなんてねーよ!」
東一郎は心底面倒くさくなって言った。
普段なら生徒同士の悪ふざけと映るよくある光景であったのだが、その対象人物が影の支配者とまで噂される金刺遥と何かと、話題になることの多い水島瞬であったから周りは好奇な視線を送っていた。
先日の生徒会役員「完璧女子」の桜井こころのうわさ話も尾ひれがついて、一年生を中心に話題の場面が展開されたと言っても過言ではなかった。
「アナタ!こちらの方をどなたと思っているの?あの金刺グループのご令嬢!金刺遥さんよ!不動産、ビル管理、飲食店、アミューズメントとか。金刺エンタープライズって聞いたこと無いかしら?この辺り一帯ではお世話になっている人も多い……」
取り巻きの背の高い女子生徒が話している途中で、東一郎が口を出した。
「いや、それ2回目!その会話!それなに?セリフなの?それ言わないと気がすまないの?何なの時代劇みたいなんだけど!!」
東一郎はそう言うとまた無視して通り過ぎようとした。
「ちょっと待ちなさいよ!遥さんがお話があるって!仰っているのよ!」
背の低い取り巻きの生徒が言った。
「さあ、水島瞬!私と一緒に来てちょうだい!」
金刺遥はその長い髪を少し揺らしてまるで三人でポーズを決めているようであった。
ここでヤマト等止める人が居たならば、展開は違っていたのだろう。
今日、この場に限っては東一郎一人であったため、流して終わるということにはならなかった。
「ふざけんな!誰がてめーらなんかと一緒に行くかっての?大体何なんだよ!?何だお前らは?金さえ持ってりゃ何でもできるとでも思ってんのか?」
東一郎はまるで挑発に乗ったかのように向き返って言った。
「お、おい!!アイツやばくね!?」
「あれ金刺遥だろ?あのお嬢様に睨まれたらこの学校から追い出されるって!」
「おー、マジで見たよこんな修羅場みたいな場面!」
「金刺グループの追い込みエゲツないらしいぜ」
「この学校で触れちゃいけない最大のタブーは金刺家って言うぜ」
「まじかよ…アイツ終わったな」
「確かあの金刺って子の兄貴って、あれだよな…」
「ガチで関わらないほうがいいよ。行こうぜ…」
周りに居た生徒たちは口々に言うと、ある者は興味津々で遠巻きに見ていたり、ある者は関わらないようにその場を去っていった。
「あ!!思い出した!」
東一郎は結構な大声で言ったと思ったら、そのまま金刺遥の目の前に進んできた。
周りの生徒達はしんとして、事の推移を見守った。
「お前!アミューズメントとか言ったな!今思い出した!ふざけんな何がアミューズメントだよ!テメーの所、ボッタクリパチンコ屋じゃねーか!駅前のパチンコ屋と国道沿いのパチンコ屋も確か金刺エンタープライズだったなぁ!テメーらのせいで俺等の金どんだけ持ってかれたと思ってんだよ!」
東一郎はそういいながら、遥に向かって捲し立てた。
「え?ちょ、何いってんの?パチンコ!?はぁ!?何言って…」
金刺遥もまさかぼったくりパチンコチェーンと言われて流石に少し狼狽した。
「おいおい!忘れたとは言わさねーぞ!テメーん所のゾロ目の日イベントとか言ってよー!3月3日に3が着く番号の台が出るって言うから、朝から並んでみりゃー、全くでねーで俺はダチと一緒に10万負けたんだぞ!」
東一郎は勢いそのままに遥に向かって思いの丈を叫んだ。
「え?ちょっと何?わかんない…」
金刺遥も自分のことを言われているのかどうかも分からなくて困惑した。
「ちょっと!アナタ!何失礼なこと言ってるのよ!ぼったくりなわけ無いでしょ」
取り巻きの一人が東一郎に言った。
「何だと!?知らねー癖に!海物語のサムで外れたことあるっつって遠隔も大概にしろよ!ボッタクリパチンコ屋の娘のくせにエラソーにしてんじゃねーぞ!」
東一郎は全く怯むこと無く言った。周りの生徒達もぽかんとしながら、初めてそこで金刺家の家業を知ったものも居た。
「ちょ…アナタ…何を…」
かなり攻め込まれた感もあり、遥は防戦一方になってしまった。
「あ!それと飲食とか抜かしたな!思い出したぞ!確か系列店が一緒だとか言ってたな!駅前のボッタクリキャバクラのなんちゃらラウンジってのも、お前んとこか?!」
東一郎は勢いのままに昔トラブルになったことのある店の名前を出していった。
「は!?ちょっと知らないわよ」
遥はもはや言い返すだけの言葉がなかった。取り巻きと一緒になってその場を赤い顔をしながら去っていった。
東一郎は勝ち誇った顔で、遥達3人を見送ったのだった。
「オ!やるなぁ!水島!」
「いいぞ!一年生!」
「見ごたえあったぞ!ヒーロー」
「カッコいい!スカッとした!」
周りに居た大勢の生徒が東一郎に向かって歓声を上げた。
「うるせーぞ!ガキども!文句があんなら俺に言え!」
東一郎は後ろに控える生徒たちを突然一喝した。彼の性格上、表に立たずに裏に隠れて他人を評価する人間を許せなかったのだ。
「え…」
「うそぉ…」
「うわ、こわ!全方位じゃん」
盛り上がっていた観衆は一気にトーンダウンして、その場には遥と東一郎の悪名だけが残ったのである。




