「財閥」不毛な対決
「という事は…だ。そのお嬢様とやらは、こころちゃんと俺が付き合いそうってのが気に入らなくて、こころちゃんの邪魔をしようって事で俺の所に来たって訳ね」
東一郎は眉間にシワを寄せながら言った。エマの口元が少しだけ緩んだ気がした。
「確実ではないのですが、恐らくそれが遠因になっているのだと思います」
「よし!分かったよ。こころちゃん!今度来たらピシッと言っておくから!俺とこころちゃんは、そんな関係じゃ…」
東一郎は言ってから途中でやめた。
「あ、でもさ、それならいっそ、俺とこころちゃんがもう付き合ってる事にすりゃいいんじゃない?そしたらこころちゃんの邪魔も何も無いでしょ」
東一郎がそんな話をしている時に、ほぼ無表情な桜井こころの口元が歪んで、頬が少し赤く染まったように見えた。ほんの少しの変化だったがエマは見逃さなかった。
東一郎が言い終わる前にエマが割ってはいった。
「そんな訳無いでしょ!付き合ってるなんて知ったら嫉妬に狂って何やりだすかわかんないよ!水島くんだけじゃなくて、委員長ちゃんにも被害行くかもよ!」
エマの剣幕に東一郎も何も言わずに椅子に座った。
「そうかぁ…まぁ、大丈夫!こころちゃんの誤解は解いておくよ。安心してくれ」
東一郎は満面の笑みで桜井こころの肩をぽんと叩いた。
こころは一瞬ビクッとしてから笑顔で頭を下げた。
「水島さんさえ良ければ、私は付き合っているって言ってもらっても大丈夫です。男性とお付き合いした経験はありませんが、水島さんなら何となくイメージつきますし…」
と、こころが言いかけるとエマがすごい形相で割ってはいった。
「はぁ!?ちょっと、委員長ちゃん、突っ走りすぎ!水島くんだって困ってるじゃん!」
ヤマトとユリはエマの姿と桜井こころを見て、背筋が凍る思いだった。
「ちょっと…委員長ちゃん…ちょっとやるね…」
ユリはヤマトに小声で囁いた。こころなしかユリは楽しそうだ。
「だな…。この場収まるの?」
ヤマトはユリにささやき返した。ヤマトは少し青ざめていた。
「では、何かあったら連絡くださいね。心配ですし…」
こころは東一郎にそう言うと頭を下げて教室を出ていこうとした。
そしてふと止まると、エマの前にやってきた。
「ちょ…な、何よ?」
エマは突然のこころのUターンに戸惑いながら言った。
「言い忘れました。私は生徒会役員なのであって、クラス委員長ではありません」
こころはエマにそれだけ伝えるとニッコリと笑ってエマに一礼して去っていった。
その後エマが逆ギレして騒ぎ出した事は、その場にいたクラスメイトにまで見られる醜態を演じたのだった。
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「ちょっと!何なのあの委員長ちゃん!ちょっとバカにしすぎじゃない!?」
エマの怒りは未だに収まっていなかった。
「おい、ヤマト…エマのやつ何であんなにキレてんの?」
東一郎は不思議に思ってヤマトに聞いた。
「え…」
ヤマトは東一郎の鈍感さに驚くと同時に恐ろしく脱力感を感じた。説明する気力もおきなかった。
エマはユリに対し、桜井こころの有る事無い事を勝手に想像して激怒し、ユリに文句としてぶつけていた。
ユリはハイハイと聞き流しながらも、一応話を聞く素振りはしていた。
ちょうど学校の正門を出て少し歩いたところだった。
学校の前の大通りから少しはいったところで、車通りも人通りも少なくこうして4人でいる場合には、大通りを歩くよりも歩きやすかったりするのだ。
「ちょっと待って!」
それに気がついたのはユリだった。
ユリは慌てて東一郎たちを引っ張り込んで区画の影になる部分に押し込んだ!
「ちょ!何すんのよ!ユリ!」
「おま、ちょっとあぶねーだろ!」
エマと東一郎は、押されるかどうかのタイミングで既に文句を言っていた。
ユリはそれには反応せずに、口元二人差し指を当ててから、目線を前方に送って皆に合図をした。
前方には金刺遥と付添の女子生徒2名。
そして黒塗りの高級車が停まっていた。
「それでは。どうもありがとう。ごきげんよう」
金刺遥は二人の女子生徒にいうと、颯爽と黒い車の後部座席に乗り込んだ。
「さようなら、遥さん。ごきげんよう」
「ごきげんよう」
二人の付き添いはそう言って頭を下げたまま車を見送った。
黒い車は狭い路地を音もなくスーッと走り去っていった。
お付きの二人は、何やらヒソヒソと話をしながらいつの間にか居なくなっていた。
「ふー、お嬢様は学校も黒塗りの車でご送迎付きですか」
東一郎は思わず唸るように言った。
「てか、まじお嬢とは聞いていたけど、本当なんだね」
エマはそう言うと車の走っていった方向を見た。
クリスマスも近づく冬の始まりを感じる風が、東一郎達の横を吹き抜けていった。