「完璧」経験不足
「高校に入ってから、頑張らなきゃと思って…」
そう言うと、桜井こころの目からは涙が流れた。
「!!?」
東一郎もヤマトも正直戸惑った。
桜井こころは元々地方にある小中高一貫の全寮制の女学校に通っていた。高校進学もエスカレーター式に上がるところだったが、母親が病気に掛かってしまい、心配した彼女は自宅から通える高校に入り、実家に戻ることになった。
そこでトップの成績を取ってしまったことで、優等生という印象を与えてしまった事が誤算だった。
元々女子しか居ない女学校で、小中過ごしたせいか、同年代の男子と会話する機会すら無かった。その中で高校入学時に男子から話しかけられると思考が停止してしまうらしい。
元々感情が表に出ない性格であること、しかも男子生徒との会話が出来ない事、たまたまトップの成績で入学したこと、容姿端麗(本人に自覚なし)であったこと、スポーツ万能(本人曰く短距離が速かっただけ)であった事で、彼女はある意味畏怖の対象と祭り上げられてしまった。架空の「完璧女子」が完成してしまったのだ。
生徒会の役員になったのも、自分が立候補したわけではなく、クラスメイトたちの推薦を受けてやむなく選挙に出たら受かっただけで、実は進んでやったものではなかったこと。ただ役割を果たさないといけないという責任感から一生懸命に頑張っていたそうだ。
そんな事があったせいで、彼女は心から打ち解ける友達も出来ず、男子生徒と会話することもなく、ただ日々の「完璧女子」の役割をこなし続ける状況であったようだ。
彼女なりに頑張ったし、努力もした。
でも、努力しても頑張っても出来て当たり前、それが桜井こころと思われてしまうことに違和感を覚えていた。結局無理をしてこの数ヶ月を過ごしていた。いや、入学してから半年以上ずっと無理をしていたのだ。
彼女は普通の学生生活が送りたかったし、完璧女子を演じる事に疲れていたのだ。
東一郎の自分を特別扱いしない態度と冗談(化石のプレゼント)も言ってくれる男子と話したことで一気に感情が溢れ出してしまったのだった。
尚、この時東一郎は化石のプレゼントは冗談だとは思っていなかった。
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「ふぅ…マジで無理…何なのこの寒さ…」
東一郎はコーヒーショップの中に入ってもまだ震えていた。
海浜公園近くの駅に隣接した建物にあったコーヒーショップに駆け込んだ。
「すみません。取り乱してしまって…」
そう言って桜井こころは頭を下げた。
「あ、いや…そんな…」
ヤマトもどう話したら良いものか探り探りでいた。
「あのさ、今更だけど敬語やめない?俺ら同級生なわけだし…」
ヤマトは桜井こころに軽い口調で言った。
桜井こころは、恐縮しているのか下を向いたまま顔をあまり上げようとしなかった。
「あのさ、俺には良くわからないけど、頑張って努力して凄いと思うけど、それで疲れちゃうならもっと素で居たらいいんじゃない?」
ヤマトはこころに言った。
「でも、どうやって同級生と接したら良いか分からなくて…中学の頃も上下関係がとても厳しくて…あと男子とどう話したら良いか分からなくて…色んな事が経験不足なんです…」
こころはそう言って下を向いた。いつもの落ち着いた口調は変わらないのだが、表情はやや不安げだ。どうやらこれが本心なのだろうか。普段は虚栄の姿であったのかも知れない。
「うーん、じゃあ、俺のことお父さんだと思っていいよ」
東一郎は考え込んだ上でそういった。
「は!?水島マジで何いってんの?」
ヤマトが心底呆れた顔で言った。
「えぇ…?」
こころも流石に少し意味がわからないという顔をした。
「ああ、いや、それだとちょっとだな…じゃあ、親戚のオジさんだと思えばいいよ。実際そんくらいの感じだし…」
東一郎はニコッと笑っていった。
「いやいや、マジで意味分かんないよ」
ヤマトは顔をしかめた。
「水島さんが父や叔父のようにはちょっと見えないです」
こころはぽかんとしながら意見を言った。
「あー、お父さんっていくつ?」
「えーっと、37歳です…」
「まじ!?若っ!!年下かよ!?」
「年下??」
こころは理解できずに不思議そうな顔をした。
「ああ、いや何でも無い。こっちの話、気にしないで…」
東一郎は慌てて言った。
「まぁ、そうは言っても実際の所、精神年齢は40のおっさんだからさ。俺。だから同級生の男子というより、オジさんとか先生とかそんな感じで接してよ」
東一郎は偽らざる気持ちで言った。
「え…オジさんにしては、かっこ良すぎます…」
こころはそう言った瞬間慌てて下を向いた。
「ああ、ありがとう。まぁ、俺個人としてはその感想はやや複雑なんだけど…。まぁ、気にしないで…。それに人って見た目じゃないし!」
東一郎は一度渋い表情を作ってから笑いながらこころに言った。
「あーっとごめん、ずっと言い出せなかったんだけどさ…」
東一郎はバツが悪そうに言った。
「はい。何でしょう…」
こころはやや不安げな表情で言った。
「あのさ…名前何ていうの?」
東一郎は申し訳無さそうな表情で聞いた。
「はぁ!?お前何いってんの!?今更!?」
ヤマトは驚きのあまり大きな声で言った。
「桜井…こころ…です」
こころはそう言った後にクスクスと笑った。
人によってはこんな人も居るんだ。というのを知った。
自分は周りに期待されて自分はその役割を演じなくてはいけないと思っていたのに、こんな風に何とも思っていない人も居て、でもこうして普通に接してくれるこころにはその事実が嬉しかった。
「そっか、こころちゃんね。俺は水島瞬、でこっちやヤマトね。改めてよろしく!」
東一郎は今更自己紹介をした。
「お父さんや叔父さんには見えないので、「お兄さん」て思うことにします」
こころはこころはにっこり笑って深々と頭を下げた。
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その日の晩の事だった。
東一郎は夢を見た。
真っ白な世界。何もなくて周りには何も見えない。
ただ遠くに人が歩いている。
水島瞬だった。
「あ!おい!!お前!水島瞬だろ!おい!きこえるか?」
東一郎は大声で叫んだ。だが水島瞬は気が付かずそのまま歩いて行ってしまった。
東一郎が水島瞬と入れ替わりこの世界に来て初めて見た夢だったように思えた。