「完璧」化石
桜井こころは責任感の強い少女だった。
準備もかなりの部分を担ったし、それは後片付けにおいても同じだった。
10名ほど居た生徒会役員の3年生はすでに全員帰った。残った2年生は女子生徒2名と1年生のこころを残して解散した。
最後の炊き出し道具の洗い物だけ、女子生徒が片付けて解散という流れになたからだ。こころは1年生である自分が後はやると言って、2年生の先輩達を帰宅させた。それが彼女なりの1年生としての立場だと理解していたのだ。
彼女が中学まで所属していた地方にある全寮制の学校ではそれが当たり前だったのだ。
海浜公園の隣りにあるキャンプ場の屋外の水場で道具を洗い片付けるというのが彼女の最後の仕事だった。外の水場の水は室内のそれよりも遥かに冷たく感じられた。
「まだ結構あるね…」
こころは150名分のお汁粉と豚汁が入っていた大きな容器がまだ10個以上残っているのを確認し一息ついた。
「ねぇ、これ洗っちゃっていい?」
不意に声を掛けられた。立っていたのは先程帰ったはずの東一郎だった。
「え!?あ、あのどうして…」
「いや、何でって…これ、君一人でやるの?大変じゃない?手伝うよ」
「いや、そんな申し訳ないです」
「ん?申し訳ないって何で?」
「これは生徒会の仕事ですし…」
「え?先輩たちに押し付けられたの?」
「いや、違うんです。私が買って出たんです」
こころは変わらない落ち着いたトーンでそういった。
「ふーん、だから手伝うよ。3人の方が早いでしょ。それに俺らも1年だし」
東一郎はそう言うとヤマトを見た。ヤマトもにっこり笑って頷いた。
「え、そんな…ありがとうございます」
「良し!それじゃやりますか!」
東一郎とヤマトはそう言って、金属でできた容器を持ってきて、水場に置き勢いよく蛇口を回した。勢いよく水が出て容器に注がれた。
東一郎とヤマトは気合を入れると、タワシでゴシゴシと洗い始めるのだった。
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「あー、いや、ほんとにごめんね」
ヤマトは申し訳無さそうに桜井こころに詫びを入れた。
「いえ、気にしないでください」
こころは少し落ち着いた口調で言った。
ヤマトが詫びを入れる横で、寒さにブルブルと震える東一郎が居た。唇を紫色をしてカイロを握りしめて座っている。
先程勇んで水場の洗仕事を手伝い始めたのも束の間、水仕事の冷たさに耐えきれずに早々にギブアップした結果、ヤマトとこころの2名で作業を行うことになったのだった。
それでも一人で行う作業よりはよほど早かった事にこころは感謝した。
清掃ボランティアで出たゴミは業者が持っていってくれる手はずだったので、こころはそれを見届けてから帰ろうとしていた。
「まだ残っていくの?」
東一郎は青ざめた顔でこころに聞いた。
「はい。業者のゴミの引き取りまでは…」
こころは東一郎に落ち着いたトーンでそういった。
「そうか、じゃ、じゃあ悪いけど俺たちはこれで帰るから」
そう言って、東一郎は立ち去りかけたが、すぐまた戻ってきた。
「あのさ、今日はどうもありがとう!カイロ助かった!お汁粉美味しかった!だからこれあげる!」
東一郎はそう言うと手のひらに乗るくらいの小さな石をこころに見せた。
「え?これは?」
目の前に出された四角い石を前にして、こころは困惑した。
「ああ、わかんないか。ほら!よくみてよ」
そういうと東一郎は、中心部分を指差した。
中心部分には、渦巻状の形の何かがあり、東一郎はそれを見せていたようだ。
「これは!そう!化石だよ!化石!俺が見っけたんだぜ!」
東一郎は得意げに言った。
が、心の目の前に出された石は、単にその形がついているだけで、とても化石とは思えなかった。
「ああ、ゴメンね。コイツ本気でそう信じちゃってんだけど、これただの石だって何度も言ってんのに…」
「おまえ、何いってんの?これがただの石なわけ無いだろ。こんなにぐるぐるなってんだぜ?これアンモナイト的な何かだよ!絶対!」
「いや、そう思うの多分、水島だけだよ。絶対違うって!」
「これだから価値のわかんねーやつは!超貴重だっての!下手すりゃ数万の価値があるかも…俺は昔現場で働いてたから経験あるんだよ!それで100万儲けたって噂も聞いたことある!」
「ある訳ねーだろ!何だよ昔の現場って!?こんなもんのせいで、俺らはお汁粉食べれなかったんだぞ!」
ヤマトも流石に限界を感じたらしく、いつもよりはやや口調が荒くなっていた。
「ねぇ。これの価値がわかんないやつに言ってもしょうがないよ。今日楽しかったし、豚汁も美味しかったよ。で、君が凄い頑張り屋だって事が分かった。だからこれあげる。俺は実は更に2つ見っけたから!俺からのご褒美的な…」
「いや、明らかに迷惑だろ。完全にただの石だから!」
ヤマトは必死になって東一郎を止めた。
だが、二人は桜井こころの顔を見て、直ぐに話をやめてしまった。
桜井こころの目からは、大粒の涙が流れていた。そして嗚咽を漏らすほどに泣いていたのだ。
「な、ちょっと、ごめ…ええ?何で?」
東一郎はこころの様子を見て分かりやすく慌てた。
「いや、水島が強引にこんなの渡そうとするから、嫌だったんだよ。怖かったんだよ!大丈夫だから!ごめんね!後でちゃんと言っておくから!」
ヤマトは東一郎を止めるような体制になって言った。
慌てる男二人を前に、こころは顔を上げた。
「違うんです。嬉しいんです。とっても…」
そう言って、泣きながらもニッコリと笑った。
ヤマトは驚きの表情で絶句した。
東一郎は自分の手に持った化石の石に目をやって呟いた。
「やはり、それほどまでに価値があるのか…」