「完璧」海岸清掃
「な、、何だこれ!!聞いてねえぞ!!」
東一郎は悲鳴に近い声を上げた。
「こ、これはちょっときついな…」
ヤマトも思わず顔をしかめた。
12月の半ばの海浜公園にある海岸清掃。
その日の気温は何と12月にしては珍しい最高気温6度という非常に気温が低い日に当たってしまったのだ。
「おお、これは流石に安請け合いするんじゃなかった」
東一郎はガタガタと震えながら、待ち合わせ場所に集まっていた。
待ち合わせ場所は、海浜公園の入り口で運動部の強制参加の生徒も含めると100名以上は集まっていた。
3年生は流石に少ないが、2年、1年の生徒は結構居た。
殆ど見たことのない集団ではあるが、どうやら一年生は女子生徒が多いようだ。
生徒会主催行事ということで、本来であれば200名程度が集まる結構大きなイベントだそうで、ゴミ拾いをした後、おしるこや豚汁の炊き出しを行って解散という流れだったのだが、今年はどうやら参加者が少ないようだ。
「うー、ここまで寒いとは予想外でしたね」
引率の先生たちも流石にまいった表情だ。
「清掃ボランティアの参加者の皆さん、こちらに集まってください」
生徒会の代表が大声で叫んだ。
体育会の一部の部活メンバーの異様に高いテンションの生徒以外は、殆どが寒さで震える状況であった。
厄介なのが寒さと同時に風がやや強いというのがまた生徒たちのやる気を奪う要因の一つになっていた。
「それではゴミ袋と軍手をこちらでお配りします。怪我には気をつけてゴミ集めをを願いします。あまり遠くに行かないでください。2時間後にこちらに戻ってください!」
生徒会役員たちは、まとめてゴミ袋と軍手を参加者に手渡していた。
東一郎とヤマトは集団から少し離れた所に居たせいで、ゴミ袋と軍手は一年生の女子生徒たちが持ってきてくれた。
寒空の下、彼女たちは防寒のため、かなり着込んでいるようで、ほとんど誰が誰かは分からなかった。
「頑張りましょうね!」
帽子をかぶり、耳あてを当て、黒いマスクをしている完全防備の少しタレ目の女子生徒が励ましてくれたが、東一郎は震える手で受け取るのが精一杯だった。
「おいおい、この2時間で凍死するぞ…マジで…」
東一郎は寒さのせいか顔が真っ青だ。
「な、なぁ、水島大丈夫か?顔色悪いぞ」
ヤマトは東一郎を本気で心配して声をかけた。
「この寒さはマジムリ…活動限界…」
東一郎は凍える身体を無理やり動かすかのようにロボットダンスのような動きでゴミを拾い出した。
ヤマトも結構着込んできたつもりであったが、気温と風、海辺の寒さはやはり別格だった。
「あの、よかったらこれ使ってください」
東一郎とヤマトの前に現れたのは、桜井こころだった。
この寒空の下、彼女は制服にコートを羽織っただけの姿でいたが、東一郎のように取り乱すこと無くいつもどおりに落ち着いていた。
彼女の手には、急遽買ってきたのであろう暖を取るためのカイロが2つずつ握られていた。
「あ!ありがとう!君!良いやつだな!」
東一郎は心からひったくるように受け取ると、カイロを袋から取り出した。取り出した後カイロを強く揉みだした。
「全然暖かくないぞ!!早く早く!」
東一郎は必死にカイロを揉み続けた。
「いや、それ揉むんじゃなくて、貼ったりするタイプだからシャツに貼ればそのうち暖かくなるよ。そもそもカイロって揉むものなの?」
ヤマトは桜井こころからカイロを受け取るとインナーシャツの中に貼り付けた。
東一郎は寒さに弱いらしく、震えながらカイロを貼っていた。
「あ、あのさ。可能ならあと2,3個くれない?」
東一郎は桜井こころに懇願するように言った。
「あ、はい。良いですよ。どうぞ」
桜井こころは肩から掛けたバッグから更に2つカイロを取り出して東一郎に渡した。
「ありがとう!ありがとう!」
東一郎はさっとこころからカイロを受け取ると、また強く揉みだした。
「だから、それ揉んでも意味ないって!」
ヤマトは呆れて突っ込んだ。
「そんなに寒いんですか?」
東一郎の慌てぶりに桜井こころは落ち着いた声で聞いた。
「いや、そりゃそうよ。てか、逆にアナタはそんなに寒いと思わないの?」
東一郎は震える声でこころに聞いた。
「はい。かなり寒いですね」
こころは東一郎の問いに対し、やはり落ち着いた口調で言った。
「ああ!ちょっと温かい!温かいぞ!この調子だ!」
東一郎はようやく温まってきたカイロのぬくもりを感じて突然叫び声を上げた。
そう言うと、寒さを振り払うかのように小走りに走りながら海岸に落ちているゴミを拾い集めだした。
「どうもありがとう。アイツ寒そうだったからだいぶ助かったよ」
ヤマトはこころに礼を言うと東一郎の後を追った。
桜井こころは、その場から小走りに走り回る東一郎と、それを追いかけるヤマトを眺めていた。




