「完璧」桜井こころという生徒会役員
おっさん空手家の神崎東一郎と普通の高校生である水島瞬の意識が入れ替わって3ヶ月程が過ぎたある日の事。
彼女がクラスに入ってきたのは、放課後のホームルームの時だった。
「では、生徒会からの連絡です」
すらりとした少女は、長い黒髪と整った顔立ちで誰もが目を引いてしまうであろう美少女というにふさわしい姿だった。
凛とした佇まいと落ち着いた声でその場は一瞬で静まり返った。
「おい、あれがクールビューティーって噂の子だろ」
「成績優秀、スポーツ万能!おまけに超美人」
「まじか!?すげえな。」
「一年にして生徒会役員まで務めるって凄いよね」
「ほら、入学式の時に生徒代表で喋ってたじゃん。あれ学年一位の成績だかららしいぜ」
「まじかよ。ハンパねーな」
「マジ高嶺の花過ぎて、俺引くわ…」
生徒たちが小声で口々に噂した。
彼女の名前は「桜井こころ」進学校のこの学校でトップの成績で入学し、容姿端麗スポーツ万能だが、ほとんど笑わない事でとても有名であった。
「生徒会行事の一環で、海辺の清掃作業のボランティア候補を募集します。2週間後の日曜日ですが、09:00〜参加できる方を各クラス2名募集します。どなたかご参加をお願いいたします」
桜井こころは言った。
「いやー、流石に日曜日にわざわざ行くのもなー」
「だよねー。しかも別に何も貰えたりしないんでしょ」
「だいたいボランティアとか興味ないしなー」
「エー予定あるー」
「ていうか、体育系の運動部はそもそも強制参加だぜ」
「まじ!?チョーだるくね」
生徒たちは参加する気配がほとんどなかった。
また体育会の部活動はそもそも参加を指示されていたため、更に追加で参加者を募るのはなかなか難しいとも言えた。
「今週の金曜日に改めて伺いますので、クラス委員の方は取りまとめをお願いします」
そう言うと、桜井こころは頭を下げると教室から去っていった。
「イヤーすげー美人だな」
「あの子と知り合えるなら参加してもいいかなー」
「いや、お前なんて相手んされないって!ははは」
「うるせーよ!そんなのわかんねーだろ」
「いや、全然男を寄せ付けないらしいぞ」
「そもそも釣り合いが取れるやつ居ないだろ」
「無理だなー。やっぱ俺は参加しねー」
「俺もー」
「私もー」
生徒たちはやはり参加する意思を示すものは居なかった。
「すみません。誰か行けそうな人は考えておいてくださいねー」
クラス委員も諦め気分でそう告げた。
その週の金曜日の放課後HRにもう一度桜井こころはやってきた。
相変わらず長い黒髪とキリッと整った顔立ちと佇まいは、クラスの空気すら一気に変えるほどだった。
「先日お願いした通りですが、海岸清掃のボランティアのメンバーは決まりましたでしょうか?」
桜井こころは辺りをゆっくり見渡しながら、落ち着いた声で言った。
だが誰も何も言わず沈黙した。
「クラス委員の方、どなたか参加者は決められましたか?」
桜井こころはクラス委員に聞いた。
「あー、いや、ちょっとなかなか参加してくれる人居なくて…」
クラス委員は苦笑いをしながらそういった。
明らかに本気で人を選出する努力をしなかった事は一目瞭然だった。
「そうですか、改めまして参加者を募ります。どなたかお願いできませんか?」
桜井こころはやはり変わらないトーンでクラスに呼びかけた。
「いやーちょっとなぁ」
「その日は用事が…」
「寒そうだし…」
クラスの生徒達は口々にそういった。
最後は誰も何も言わなくなり、教室は静まり返った。
「そうですか、では仕方ありません。参加者なしでよろしいでしょうか」
桜井こころは静かに言った。
「誰も行かないなら、俺行くよー」
突然声を上げたのは神崎東一郎が入れ替わった水島瞬だった。
クラスがザワッとしたが続くものはなかった。
「よくやるよなー、彼女目当てじゃね?」
クラスの男子が、かなり小さな声でボソリと呟いた。
「ん!?じゃあ、お前も来いよ!ゴミ拾いして得点稼ごうぜ!」
東一郎は堂々とそう言うと、その男子生徒の前に行った。
「え!?あ…いや、俺は…」
男子生徒はボソボソと言い訳を始めた。
「なんだよ。行くきねーなら最初から言うなよ。お前!」
東一郎はそういって男子生徒を鋭い目で見た。
男子生徒は顔を真赤にして何も言わずに下を向いた。東一郎は関係ないとばかりにフンとそっぽを向くと席に戻った。
こんな感じで過ごすので、東一郎はクラスでよく目立っていたのだ。
「他に行かないなら、俺も行くよ」
参加を宣言したのは東一郎と普段から一緒に行動をともにするヤマトだった。
「お!じゃあ行くか!」
東一郎は離れた席に座るヤマトに向かって親指を立てた。
「ありがとうございます。それでは参加される方は、この後少し残ってください」
桜井こころは相変わらず変わらないトーンで言った。
「それではこの用紙に名前を書いてください」
桜井こころは細く長い指で用紙を東一郎とヤマトの前に出した。
「はいよー。これでいい?」
東一郎はササッと名前を書くと桜井こころに手渡した。
「はい。じゃあ俺もこれ」
ヤマトもこころに手渡した。
「ありがとうございます。それでは当日は現地集合になります。海浜公園入り口に午前九時までに集合です。当日天候が悪い場合は、前日までに連絡をします」
こころはそう言うと軽く頭を下げて足早に教室を出ていった。
「なんか、ホントクールビューティーって感じだな」
ヤマトは東一郎にそういった。
「ん?そうかぁ?俺はよくわからないけど、普通じゃね?」
東一郎はヤマトにそういった。ヤマトは東一郎の言っている意味がよく分からなかった。




