「初恋」二人の思い
辺りは薄暗くなり、先程の楽しかった気持ちなどどこかに吹き飛んでしまった。
ヤマトとあかりはほとんど何も話さずに、駅へと歩くことにした。
「ごめんね。山口さん。嫌な思いをさせちゃった」
ヤマトは無理やり笑いながらあかりに言った。
「ううん。そんな事ないよ」
あかりも言葉少なに返した。
「俺がもうちょっと強かったら、こんな惨めな目に…山口さんを悲しませるような真似しないのに…」
ヤマトはそう言うと思わず目から涙がこぼれた。
ヤマトは生まれてはじめて本当の意味での悔し涙を流した。バカにされた事には慣れていたし、喧嘩に勝てない事も自分が一番良く知っていた。ただあかりをバカにされ、あかりに暴力を振るわれそうになった時、何も出来ない自分が悔しくて仕方なかった。そう思うと悔しさのあまりに震えて涙が止まらなかった。
「ごめん…ごめん…」
ヤマトは泣きながらあかりに謝った。
「私はね。嬉しかった」
あかりはそう言うとヤマトの手を優しく握った。
「え?なんで…」
「やまと君が守ってくれた事、やまと君が私を庇ってくれた事。やまと君が頑張ってくれた事。私はそれが嬉しかったよ」
あかりはそう言うとニッコリと笑った。
ヤマトはその笑顔を見て、あかりの手を握って子供のように泣いた。声を出さないでしばらく動けないくらいに泣いた。あかりは優しくヤマトの頬に手を当ててくれた。
辺りはすでに暗くなってきて、待ちゆく人達は若い二人に気が付く人は居なかった。
「あー、さっきは面白かったなぁ」
「おまえ、中学生からかい過ぎだって。ははは」
「だって中坊のくせに彼女連れってのが気に入らねー」
「うっわ!こころせま!そりゃモテねーわ!あははは」
三人組の男は、笑いながら街外れの公園近くの広場を歩いていた。
人気の無い公園の広場にすらっと背の高い男が立っていた。
その男は3人のいる所にゆっくり歩いて近づいてきた。
「あ!?何だお前?」
3人組の男の一人は明らかに警戒しながら言った。
ほっそりとして背の高い男は一番近くに居た男の顔面にハンマー投げのような回転でパンチを叩きつけた。殴られた男は身体が跳ね上がった次の瞬間には数メートルふっ飛ばされていた。
背の高い男は鬼の形相で残り2人を睨みつけるとこういった。
「いや、シャレだから…」
そう言うと、背の高い男は残りの2人の男の前につかつかと歩いていった。
あかりとヤマトは手をつなぎながら歩いていた。
「さっき、私達中学生って言われてたね」
あかりはさっきの事は遠い昔のように言った。
「うん。言われてたね。でもきっとこの後背が伸びるんだよ。俺たち…」
ヤマトはあかりの手をギュッと握った。
「でも、いいんだよ。このままで…。私は別に大きくなくてもいいよ。それよりも優しい人、楽しい人達と一緒に居たいかな」
あかりは握った手を大きく振って歩いた。
「ああ、楽しい人か。そう言えば水島はね。アイツ大人なんだ。面白いっていうか男らしいっていうか、前は全然違ったんだけどね…」
ヤマトはここで初めて水島瞬の話題を出した。
「水島くん、カッコいいよね。最近よく女子の中でいつも話題に上がるもん」
「え!?そうなの?」
「うん。髪の毛切ったでしょ。最近伸びてきていい感じになってから特にイケメンじゃん。爽やかだし。皆に声かけてくれるし!」
「アイツ、なんかカリスマ性があるっていうかさ、違うクラスのエマちゃんとかユリちゃんとか、最初仲悪かったのに、水島の所に集まってくるんだよね」
ヤマトは水島瞬の話を嬉しそうにした。
「やまと君は水島くんといつも一緒だね。モデルの子達と一緒にいるから、私から見たらやまと君も上位カーストだよ」
あかりはそう言うと半分笑いながら言った。
「なにそれ?水島やエマちゃん達はともかく、俺は少なくとも上位じゃないし、たまたま一緒にいるだけで、何の価値もないよ…」
ヤマトは少し本音を交えて話した。
「ううん。そんな事ないよ。水島くん達と一緒にいるときも、居ないときも、こうして私と一緒に話しているときも。私はなんか嬉しいんだ。落ち着くっていうのかな?」
あかりは少し考えながら言った。
「え、なにそれ?褒めてるの?」
ヤマトは本気で戸惑いながら聞いた。
「何ていうか、皆に同じ態度じゃない。水島くんが凄い目立っているからと言って、特にはしゃぐわけでもなく、今まで通りで…」
あかりが言わんとしていることがよく分からなかった。
「ん?どういう事?」
ヤマトは本気で混乱した。
「つまり、やまと君は優しい人!少なくとも私と一度見た映画を2度見てくれる優しい人ってこと!」
あかりはそう言うと握っていた手を振りほどくとバンとヤマトの背中を叩いて走り出した。
「え、知ってたの…なんだよそれ…」
ヤマトはそう言うとあかりを追いかけて走り始めた。
ヤマトもあかりも、二人共笑っていた。
駅には帰りの電車がやってくるタイミングであった。
もう秋の終わり、冬の始まりを感じる爽やかな空気だった。