「初恋」デートの誘い
「おいおい!ヤマト!お前結構やるじゃねーか!」
息を切らせてバテバテの東一郎はヤマトに言った。
「ああ、自分でもビックリだよ」
ヤマトは笑いながら言った。
ヤマトは、山口あかりの事を考えながら走っているうちにいつの間にか先頭集団に追いつき、何とトップでゴールしたのだった。
実力のある陸上部の生徒は参加しなかったとはいえ、クラスメイト達はこの快挙に驚き、女子の山口あかりに続き小柄な生徒のトップでのゴールに歓声が上がった。
「マジで陸上部に入ったほうが良いんじゃないのか?」
東一郎は割と真剣な表情でヤマトに言った。
「そんなのたまたまだよ。マジで」
ヤマトは本気で否定した。山口あかりのことを考えながら走っていたら、トップでゴールしたなんてとても言えなかった。
1500メートルを走り終えた生徒たちは、体育の授業が終わり教室や更衣室に戻っていった。
「凄い!速かったね!」
ヤマトに声をかけたのは山口あかりだった。
「いやいや!オレのは本当にマグレで、山口さんこそ…」
そう言うと、ヤマトは思わず顔を赤くして下を向いた。
「おお!ウチのトップランナーズじゃん!」
クラスメイトの誰かが言った。しばらくは何ということもない称賛の声が上がった。
「なんかサイズも似てるし、二人付き合っちゃえば!?」
不意に別のクラスメイトがふざけて囃し立てた。
「二人の子供なら、最強のランナーができるんじゃね!?超ちっちゃいランナー」
そう言うと複数のクラスメイトが笑った。
「な、何いってんだよ!失礼だろ!」
ヤマトは顔を真赤にして言い返した。
言い方が強かったせいか、周りの笑い声がピタリと止んだ。
「何だよ。シャレが通じねぇな…」
誰かがボソリといった。そして周りの空気が少し変わった。
「お!チャンピオンじゃん!」
そこに少し遅れて歩いていた東一郎が二人に対し空気を無視して陽気に声をかけた。
「アカリちゃん!速かったねー実は陸上とかやってたの?」
東一郎は前後のやり取りなどまるで無視して、山口あかりに声をかけた。
過去に東一郎をかばった山口あかりに対し、それ以来、比較的好意的に思っているようでいつも声をかけていた。
「ううん。何もやってないよ。でも走るのは好きだったかな」
下を向いていたあかりはパッと明るい表情を作って東一郎に答えた。
ヤマトはこういった東一郎の小さな事に拘らない言動や、誰に対しても平等に接する事ができる態度、空気を一変させる存在感を知るほどに、己の小ささに嫌悪した。
クラスメイトも以前と違い東一郎の言動には、誰も何も言えなくなっていた。つまりクラスメイトの大半が水島瞬に入れ替わった神崎東一郎の性格や言動には、一目置かざる得ないほどにクラスの中心的な人物になっていたのだ。
ヤマトはそれから何も言わなかった。山口あかりは少しヤマトを気にする素振りを見せたが、彼女も何も言わなかった。
それから少し経った金曜日の午前中の事だった。
全校集会という名目で生徒全員が体育館に集められた。
名目はまもなく迫ってきた冬休みの過ごし方や注意点。
そして夏秋に各部活動の大会の優秀成績を収めた生徒の表彰であった。
ヤマトは整列順の一番前、隣の女子の列は山口あかりが先頭に居た。
これはこの学校に入学以来、ずっと同じポジションであった。
普段は他愛ない会話をする二人だったが、どうにも体育の時以来、何となく話をするタイミングを逸していた。
「あのさ、冬休みどこか行くの?」
山口あかりは不意にヤマトに聞いた。
「え!?あ、ああ。いや、何も決めてないよ。多分家にいるかな」
ヤマトはあかりの質問に少し考えながら答えた。
「なんだかヤマトくん少し変わった?」
山口あかりはヤマトを覗き込むように聞いた。
「いやいや、何で?変わったって思うの?」
ヤマトは少しドキドキしながら答えた。
「ううん。何となく、前より少し明るくなった気がする」
山口あかりはそう言うと少し笑った。
「あ、あのさ…」
ヤマトは思い切って声をかけた。
「ん?なあに?」
あかりはゆっくりした調子で返事をした。
「冬休み…い、一緒に遊びに行かない?」
ヤマトは言った後に少し後悔をした。あかりは少し驚いた顔をした。
「うん。いいよ」
あかりはあっさりとそう言うとニッコリと笑った。
「ほ、本当に!?」
ヤマトは思わず声が上ずった。
「うん。別にいいよ。大袈裟だなぁ」
そう言うと山口あかりは吹き出すように笑った。少し顔が赤らんで見えた。
「じゃあ、明日は?」
動転したヤマトは思いつくままに言った。
「全然冬休みじゃないじゃん!」
山口あかりはお腹を抑えて声を殺すように笑った。
「あ、、そ、そうだね。ちょっと早すぎだね…」
バツが悪そうにヤマトが言った。
「いいよ。明日でも。どこ行くの?」
山口あかりは特に気にする様子もなく、あっさりと聞いた。
「あ、いや、ああ。そうだ。水島も行くかな!?聞いてみるよ」
ヤマトはテンパってしまい思わず東一郎の名前を出してすぐに後悔した。
「ああ、水島くんも一緒なのね。OK。私も誰か誘おうか?」
山口あかりは何も躊躇なく言った。
ヤマトは彼女の態度に少し戸惑った。やはり単なる友達としか見られないのだろうか?
「あの、てか、二人で行かない?」
ヤマトは思い切って聞いてみた。
「うん。いいよ。デートみたいだね」
そう言ってあかりは笑った。
ヤマトは引きつった笑顔でいたが、内心は拳を高く突き上げ喜びの咆哮を上げたい気分であった。