「初恋」土曜日の放課後
「おい、ヤマト!おい!ってば!」
東一郎(水島瞬)に呼ばれヤマトはハッとした。
「え!?あれ!?ああ、ごめん。どうしたの?」
ヤマトは慌てて顔を振りながら言った。
「いや、ボーッとしてんなと思ってさ、まぁ、良いや。ぼちぼち帰ろうぜ」
東一郎はそう言うとさっと立ち上がった。
私立高校であるこの学校は、土曜日は午前中に授業があるが、昼過ぎには終わるので部活動のない生徒は昼を食べずに帰るの普通だ。
「ヤッホー!ねぇねぇ、この後どっか行かない?」
周りからもパッと見で目立つ女子生徒、女子高生モデルもやっているエマが東一郎に言った。横には友達のユリも居た。
「どっかってどこよ?」
東一郎はエマに言った。
「ジャン!」
エマがそう言って見せたのは、映画の招待チケット2枚だった。
「いや、それ2枚しか無いじゃん、お前ら行ってくればいいじゃん」
東一郎はあまり乗り気でないのかそういった。
「なんだよーせっかく誘ってあげたのにー!」
エマは大袈裟に悔しがるポーズをした。
「いや、そういうと思ってさ、4人で行ったら半額じゃん!だから誘ったんだよ」
ユリが横から口を出した。
「あー、なるほどね~」
東一郎はそういった。
「何の映画見るの?」
ヤマトは聞いた。
「やっぱりこれ!今話題の全米大ヒットのホラー映画!サイレントハウス!」
エマは胸を張っていった。
「いや、無理!それは無理!」
東一郎は即座に否定した。
「ええ!?水島くんひょっとして怖いの!?」
エマは半笑いで煽るように言った。
「いや、まぁ、怖いわけじゃないけど、なんかオレ血とかドロドロしたの苦手なんだよね。気持ち悪いっつーの!?」
東一郎は目をそらしていった。
「ふーん、で、結局怖いんだ」
エマは勝ち誇ったように言った。
「いや、だから言ったろ、怖いとかじゃなくて気持ち悪いのが嫌だって」
東一郎は珍しく反応した。
「みなさーん。水島くんてーホラー映画苦手なんだってー!お化け怖いんだってー!」
エマはケタケタと笑いながら、クラスメイト達にワザと大きな声で言った。
「ちょ、バカ!違うって!怖くはねーよ!これマジで」
東一郎は必死になって否定した。
「じゃあいこ!」
エマは真顔になって東一郎に言った。
「嫌だって!だいたいこういう映画見るやつが猟奇殺人とか犯すんだよ」
東一郎は押し切られまいとして言い訳した。
「うわ!すごい!偏見!今どきそんな事言う人いる!?」
エマは驚きの表情を見せてから、鼻で笑った。
「ちょ!お前!エマ、お前な!」
東一郎は言い返そうとしたが、言葉続かなかった。
「はいはい。もういいよ。水島くんは怖いの苦手のオコチャマなんだから、別のにしようよ」
ユリがいつまでも続きそうな二人のやり取りにうんざりしたように言った。
「な、何だと!ユリお前!!」
東一郎は必死に何かをいいたがっていたが、ユリは携帯で別の映画を探し始めた。
「あー、これなんてどう?」
ユリが見せたのは、恋愛もののアニメ映画「リフレイン」という映画で、監督が有名な作品で、日本のアニメ映画で歴代トップ3に入る興行収益を上げている話題の映画だった。
「えぇ…恋愛映画ですか…」
東一郎はやや不満げな言い方をしたが、ホラー映画が回避できそうなので、積極的な否定はしなかった。
「どう?ヤマト君?」
エマはヤマトに聞いた。
「うん。オレは何でもいいよ。みんな好きなのにしなよ」
ヤマトは笑いながら言った。
「さっすがーやまとくんは大人だね!どこかのオコチャマとは違うわ!」
エマは東一郎を見ながら言った。
「ヤマト、お前そうやって自分の意見を持たないと、周りに利用される人間になっちまうぞ」
東一郎はヤマトを諭すように言った。
ヤマトは東一郎の言葉に少し心をエグラれる気分だった。
映画自体は何でも良いというの事実だった。
ヤマト自身特にこれが見たいという思いもなかったし、ホラー映画だろうと話題の恋愛アニメだろうと面白そうだなという思いがあった。
だが、東一郎に言われたように自分の意見が無いというのも事実だった。
自分を変えたいと思うと同時に、意見を言えない、持っていない自分をもどかしく思った。
こうやって当たり障りなく生きてきたのが、ヤマトの人生で、それでなんとかうまくやってきたじゃないか。
東一郎のように喧嘩して勝てる訳無いし、エマのように人を引き付ける魅力があるわけじゃない、オレは脇役でそれで十分なんだ。そう言い聞かせていた。
「じゃあ、行くよ!今からなら15時の開始に間に合うように、どこかでお昼食べようよ!」
エマははしゃぎながら言った。エマは良くも悪くもマイペースで、人を引き込む魅力があった。ぱっと華やぐその雰囲気は間違いなく普通の人ではなかった。
今ここにいる、東一郎、エマ、ユリとヤマトの4人はとても華やかに見える高校生のグループに見えるだろう。
だがヤマトの中では、その中で一人くすんで見えるのが自分だと思わざるを得なかった。




