「初恋」小さな少女
そんな中、ヤマトの最近気になる女子がいる。
彼女の事を見ていると胸が苦しくなるのだ。
だが、誰にも言えずに心のなかに思いをしまっているのだった。
この感情って一体なんだろう?
ヤマトは自分の気持ちに気がついていない。
彼女は山口あかりという同じクラスの女子生徒
彼女は普段目立った事はしないし、見た目も目立つような生徒ではなかった。
彼女は女子生徒の中でも背が低く、体育の授業の時などはヤマトの隣にいることが多かった。
その日は全校集会でのときのことだった。背の順で並んでいた時、隣りにいたのは山口あかりだった。
少しざわついた状態の時、ふとあかりがヤマトに声をかけた。
「ねえ、望月くん」
「ん?どうかした?」
「あの先生ってさ、いつも思うけど何だか怒ってるよね」
あかりはそう言って、目線を壇上の教師に向けた。
壇上には体育教師がいて、何やら生徒たちに指示しているが、言い方がきつい言い方であった。
「本当だね。何でそんな態度するかね」
ヤマトは少し笑いながら言った。
「なんか、ああいうの見ると怖くて動けなくなっちゃうよ」
あかりはヤマトに言った。
「ああ、わかる。俺も苦手だよ」
「でも、水島くんとか、凄いよね。誰に対しても同じような態度、水島くんなら文句言っちゃいそうじゃない」
あかりはそう言って少し笑った。
「そうだね。水島なら言い兼ねないね」
ヤマトは笑顔でそう返すと、またか…という気分になった。
いつもヤマトに話しかける人は、皆水島の事を話す。
以前の大人しかった水島瞬の時とは全く違い、神崎東一郎の意識を持った水島瞬は完全に別人、別人格になっていた。
だがその事実を知る者は一人も居なかったし、いつも一緒にいるヤマトでさえ気が付くことはなかった。
「水島だったら、水島くんって、水島の…」って、それ自体は嫌ではないのだが、あかりの口から水島の名前が出るのが少し複雑な思いだった。
こうしてヤマトとあかりが、話をするのは入学当初から結構あった。二人共背が低かったからよく隣り同士になり他愛ない会話をしていた。
あかりに限った話ではないが、以前はほとんど話題にすら上がらなかった水島瞬の話に最近は多くなった。
「でも、望月くんと水島くんの関係って前から全然変わらないよね。水島くんがあんなに目立っているのにいつも一緒にいるよね」
あかりは何の気無しに言った。
「ああ、たしかに…」
水島瞬は今やクラスの誰からも一目置かれる存在になっていた。男女もスクールカースト上位も下位も関係なく接していて、気に入らないことがあれば文句を直ぐ良い。楽しいことがあれば楽しげに笑った。
スクールカースト上位のグループとさんざん絡んだ後にも、ヤマトの所に来てまた他愛もない話をした。
部活や遊び等色々と誘われているのは知っているが、基本全て断りヤマトと行動をともにしていた。ヤマト自身それは少し不思議な気がしていた。
自分と水島瞬はつり合って居ないような気さえするのだ。
なので、水島瞬の話が出ると最近ではちょっと引いてしまう自分がいたし、それが以前からよく話をする山口あかりの口から出ると妙に心がざわつくのだった。
「でも、望月くんも変わったよね。前よりなんか明るくなったっていうか、水島くんが頼りにしてるもんね」
あかりはそう言ってヤマトを見た。
「え!?水島が俺を頼りに?それはないよ。アイツは一人で何でもできるし、コミュニケーションお化けだし、腕っぷしも強くて…なんか…大人なんだよね」
ヤマトは本音でそういった。
「ふーん、そう?私には水島くんは望月くんを頼ってるように見えるけどな。まぁ、男の子の世界はよくわかりません」
あかりはそう言ってにっこり笑った。
そんな彼女の笑顔が可愛くて、ヤマトは思わずどきりとした。
ヤマトの中で少しだけあかりの存在を意識し始めたのは、入学当初からであったが、水島瞬と4人の不良生徒が揉めた時に、彼らが待ち構える体育館脇の倉庫に向かおうとした水島瞬に対してあかりが言った。
「水島くん、そうだよ。行くことなんてないよ!私先生に言ってくるから!」
という一言だった。
なんて強い女子なんだろうと思った。
自分はヤバいからやめておけと口ではいったが、どうしたら良いのか全くわからなかった。だがあかりの一言は、親しくもないクラスメートのピンチに損得勘定抜きで向き合える強さがあった。それがとても眩しくて羨ましかった。
「山口さんって、なんか良いよね」
ヤマトは不意に口に出した。全くの無意識だったのであかりからの返答がないことに気が付くまで少し時間がかかった。
「!!?」
あかりは驚いた表情でヤマトを見ていた。
「あ!ちょ、ちが…」
慌ててヤマトは否定しようとしたが、何を否定したら良いのか分からず狼狽えた。
「あはははは」
あかりは愉快そうに笑った。少し顔が赤くなっているように見えた。
ヤマトの心臓がドクンとなったように思えた。