「初恋」望月大和という気の良い少年
おっさん空手家の神崎東一郎と普通の高校生である水島瞬の意識が入れ替わって2ヶ月程が過ぎたある日の事。
望月大和は小学校の頃から背が低かった。
背が低いことがコンプレックスというわけではなかったが、人懐こい性格と気遣いがよく出来たこともあり、上級生を中心に妙に可愛がられた。中学の頃は一際小さく、両親も心配したほどだ。
小さい体だったが、とにかく優しい性格だった。
自分の心配よりも人の心配をしてしまうそんな少年だった。
また一方でよく喋る少年でもあった。
運動ができるわけでもなく、よく喋るがクラスの中心にいるわけではなく、いつも目立たないグループに存在していた。
高校に入ってもその立ち位置は変わらなかった。
背の低さが気になる年頃になり、積極的な行動はあまりしなくなった。また親しい人以外にはあまりベラベラと話すこともなくなった。
クラスに親しい人も居なかった、4月の頃。
目の前に居たクラスメイトに話しかけた。
ひょろっとした痩せ型で少し病的な雰囲気のある美少年。そしてやや無口な少年。
それが水島瞬だった。
水島瞬はベラベラと話す性格ではないらしく、どちらかという聞き役に徹することが多かった。水島瞬は勉強がとても良く出来た。高校入学直後に行った実力確認試験でも学年トップ10にはいっていた。
進学校であるこの学校でトップ10を取れる実力は相当な学力を意味する。
何となく会話をするうちに、いつの間にか水島瞬が聞き役、望月大和が一方的に話しかけるという構図ができあがっていた。
一度、クラスメイトの男子がヤマトの背について、イジってきたことがあった。
「望月さ、お前学校で一番チビだった?」
「うん。基本的に前のほうが多かったかな…」
「へぇ、バスケとかバレーとかやったら背伸びんじゃね?」
「いやーあんまり運動得意じゃなくて…」
「だから背が伸びないんじゃない?」
「はは…そうかなぁ…」
「背が低いとモテないぜ」
そう言って男子生徒たちは笑った。
ヤマトは答えに窮していると、突然水島瞬が口を開いた。
「背が伸びないって、そんなに不都合なのかな?あとバスケバレーやったから背が伸びるって科学的に証明されているの?」
すくっと立って長身の水島瞬が覗き込むようにしていった。
「あ、ああ…まぁ、そうだけど…」
普段無口な水島瞬の予想外の行動に男子生徒は這々の体で退散していった。
「なんか…ありがとな…」
ヤマトは瞬に言った。
「いや、そんなことないよ。ヤマトはヤマトでしょ。背の高さで人生変わるなんて事はないし、僕も身長高くても得したこと無いから…」
そう言って水島瞬はニコッと笑った。
ヤマトはその言葉に救われた気がした。
そこからはよく二人で一緒にいることが多かった。
また途中からまた1名の仲間を加えて3人でいることが多かった。
クラスの中心では全く無かったが、ヤマトにとって居心地の良い空間であった。
そんなヤマトだったが、2学期の途中から水島瞬の変貌ぶりには正直驚きを禁じ得なかった。
自信満々で、誰に対しても物怖じしないで発言した。
そしてよく笑うようになった。
以前のボソボソ話す話し方は、どこへ行ったのか、気に入らないことがあるとまるで喧嘩口調で文句を言った。
クラスメイトは唖然としたが、おそらく一番驚いたのは当のヤマトであった。
まるで別人。というか、そもそも以前の水島瞬とは似ても似つかない性格に変わっていた。
あまりの変貌ぶりに医者に行くべきと進言したことも一度や二度ではない。
水島瞬はイジメが激しくて精神的に追い詰められたから、別人格が現れたと言っていたが、変わったタイミングからは少なくとも活発な水島瞬の人格しか見ていない。
多重人格であるなら入れ替わるはずが、一貫して活発になった水島瞬なのだ。
そもそも水島と知り合ってわずか半年足らず。
彼の知っている水島瞬は、本来がこうで以前が違ったのかも知れないとさえ考えていた。
色々と考えた結果、ヤマトの中の結論は、水島瞬がどうあれ友達であるという結論に至ったのだ。
その中でヤマトは少し困った事になっていた。
水島瞬の性格がガラリと変わってから、一ヶ月が過ぎた頃、それ以前と今との状況があまりにも変わりすぎたのだ。
大人しくボソボソと話をする水島瞬はもはや見当たらず、教師を含め軽口を叩きつつ豪快に笑う姿はクラスの中心にさえ感じる。
またボブカットのような髪の毛は、スタイリッシュに短髪となったが、その後坊主頭になり話題をかっさらっていった。
更に腕っぷしは強く、過去知っているだけでも水島瞬を怒らせた相手は例外なく瞬殺されている。
更に別のクラスの学園のアイドル的存在のエマとユリが頻繁に、水島瞬のもとを訪れるので、嫌がおうにも目立ちに目立った。
本人に他意がないのは分かっているのだが、クラスの中心的な立ち位置にいる水島瞬とそのおまけのヤマトというような扱いになっているという自覚があった。
元々よく気が付き、機転が利くからこそ水島瞬もよく絡んでいるが、最近自分は価値のない人間ではないかと考えてしまうことも多くなってきた。