神社とお告げ
東一郎は週末休みになるたびに出歩いた。
理由は2つのことを調べているからだ。
1つ目は神崎東一郎が何故転生して、水島瞬としてこの瞬間に存在しているのか。
2つ目は水島瞬の魂・意識はどこに行ったのか?
東一郎がこの世界に意識が芽生えて早くも1月経っていた。
心のどこかでこれはやはり夢で、目が冷めたらまた神崎東一郎という冴えない中年に戻るのではないかと思っていたりする。
だが、それは東一郎にとって本来あるべき姿であり、そうならなくてはならないと思っていた。
なので自分自身が高校生として生きいる事に関しては、複雑な思いだった。
とてもこの世界を楽しもうという気にはならないし、「水島瞬」という少年が戻った時にせめてこれまで通りに暮らせるように余計なことをせず、普通に暮らしていけるように勤めなくてはいけないと思っていた。
その上で、どうしたら自分の世界に戻れるのか?どうしたら水島瞬が戻ってくるのか?東一郎はこの答えを探すために、様々なことを調べるつもりでいた。
東一郎の頭に残っているのは、あの神社での滑落事故の瞬間、頭に響いた不思議な声
「役目を果たし然るべき時に戻れ」
とういう不思議な声を覚えている。
役目って何だ?
然るべき時って何だ?
東一郎はこの疑問を解く必要があると思っていた。
そしても最も重要なことの一つ。この世界における神崎東一郎の存在についてだ。
計算すると東一郎のいた時間から見ると6年前。6年前にタイムスリップしていたという事実。
6年前に東一郎はこの街を離れていた。だが、知り合いはこの街に何人かいたはずだがまだ誰にも会えずにいた。会って良いのかもわからない。
東一郎が6年前にいた筈の家に行ってみたが、そこに東一郎はいなかった。
という事は歴史が変わっているということなのだろうか?自分自身を探す必要があったが、それに繋がる手がかりを得られないでいた。
そんな世界の中で、まず最初で且つ唯一の手がかりが「例の声」ということだ。
シンプルに考えると、あの事故は神社移転の工事に伴うものだ。つまり神様?的ななにかの警告や呪いといえるのではないだろうか。
そう考えると「役目を果たす」とは、つまり神社移転を阻止しろということではないだろうか?
その役目を果たし、神社の移転を阻止できたら「神崎東一郎」は元の世界に戻り、水島瞬がこの世界に戻ってくるのだろうか。
ひょっとしたら、水島瞬と意識が入れ替わっている可能性だってあるかも知れない。
東一郎は土曜日になって、例の神社に行くことにした。
神社は小高い丘の上にある。
名前は「真北神社」という名前だと初めてしった。
どういう経緯でいつ誰が立てたのか?全く情報がなかった。
ただ言えることは、この地方に江戸時代からは在ったようだ。
全く文献等も残らない程度の小さな神社ではあるが、宮司や管理者が必ずいるはずだ。だからその人達に会うことも必要だと考えた。
真北神社はバスで近くまでは行けるが、それより先は車で行くしか無い。
車には当然乗れないので、歩いていくか自転車で行くことになるが、東一郎は自転車で向かうことにした。
標高何千メートルもあるような場所ではないのだが、ダラダラと長い上り坂が連続する場所だ。東一郎は気合を入れて神社に向かうことにした。
家を出て神社の近くの町内へは自転車で40分程度だ。
そこからまた自転車で長い上り坂をダラダラと登った。
車通りもほとんど無く、昼下がりの鬱蒼とした木々はやや気味が悪く感じた。
空気自体は美味しく感じるが重い雰囲気があたりを覆っているように思える。
結局坂を登り始めて30分以上かけて神社にたどり着いた。
あの滑落事故のときとほぼ代わりはない。
小さな社とそれほど広くない敷地には、雑草もなく入り口に小さな鳥居があり、そこから30メートル程度の場所に一軒家くらいの社がある。
事故の時は特に気にしていなかったが、社には賽銭箱があり、その上には大きな鈴が着いた紐がぶら下がっているおなじみの光景だ。
社の中は静まり返っており、中に神棚のような台座が在った。
特に目立つような御神体があるという雰囲気はなかった。
賽銭を100円投げ入れて、鈴を鳴らし柏手を打った。
東一郎はあたりを見回してから、社の中に入り込んだ。
扉に鍵という物自体が無く、誰でも入り込むことが出来た。
これであればホームレスが根城にしても全くおかしくないな…と東一郎は思った。
しんとした雰囲気で窓から差し込む光は何となく神々しく感じられた。
あたりを見回してから棚等を調べたが、特に何か手がかりになりそうなものはなかった。
管理人の手がかりになりそうなものを探し回ったが見つからなかった。
どうしたらいいんだろう?
東一郎は社の真ん中で大の字で寝転んだ。
「まぁ、期待はしてなかったけど、駄目かぁ」
東一郎は天井を見上げて一人呟いた。
「せめて次なるヒントとかお告げとか無いのかよ…」
寝転んだまま独り言を言った。
6年後、この神社は移転工事を受けて社は取り壊されるところで滑落事故が起きた。
恐らくこの地盤が盤石ではない所に重量のある重機を数台入れ込んだから起きた事故なのだろう。
結局この日、神社をくまなく探したものの得られた成果はなかった。
東一郎は日が落ちかけた境内の端に行った。その場所は滑落事故が落ちたその場所だった。こんな所が崩れたのか…。
地面を見る限りとても滑落事故が起きそうな地盤には見えなかった。
「どうしろってんだよ…」
東一郎は眼下に広がる街を見ながら言った。
だけど結局ここには何かあるはずだ。
神崎東一郎と水島瞬をつなぐ何かが…。
東一郎は暗くなりつつある夕焼けを背に自転車にのり長い下り坂へとペダルを漕いだ。長い下り坂を自転車で下る東一郎は、髪の毛がなくなった事もあって、特に頭が痛くなるほど寒かった。
もう冬がそこまでやってきている。