「散髪」ボウズ達の救世主
「そういうことなら任せとけ!」
東一郎の頼みでヤマトが彼らを呼びに行った。
やってきたのはクラスメイトの野球部員のコウタだった。
同じクラスメイトの野球部員の晋太郎と2人で手にバリカンを持ってやってきた。
「悪いな部活中なのに」
東一郎は礼を言った。
「いやいや、気にするなよ。今日は自主トレ日だから。それよりエマちゃん、ユリちゃんの美人コンビに髪の毛切ってもらうとか、どれだけリア充なんだよ!」
コウタは東一郎の頭を見てしばらく爆笑した後に言った。
「いや、その美人コンビとやらが、やってくれてこのザマだ。てかそもそも美人とか大して関係ないだろ」
東一郎は冷めた口調でそういった。
「まぁ、任せとけって、俺たちは俺たちでこのバリカンで毎回やってるから手慣れたもんよ!」
自信満々にいうと野球部のコウタと晋太郎は交互に、バリカンで東一郎の髪を刈始めた。
「いたたた!!めちゃ痛い!痛いって!」
東一郎が苦しみながら叫んでいる。
「まぁまぁ、こんなの痛いうちに入らないって!」
「そうだよ。この痛さって意外と慣れるんだよ」
「いや、髪の毛引っかりまくってるじゃんか!いたたた」
東一郎は2人に抗議しながら言った。
確かに素人が扱う手動のバリカンは、髪の毛をガンガン挟み込んでバチバチ音がするくらいに切れが悪い。
「エマちゃん、ユリちゃんもやってみる?刈るだけだから誰でもできるよ」
「えぇ?まじー、ちょっと楽しそう!」
「私も私もー」
「いや、お前ら不器用なんだから、やめろよ!さっきの反省はどこいった?」
「えぇ、これ凄い!!楽しい!」
「結構腕辛い〜!」
「いたた!痛いって!引っかかってるって!バリカンいてえよ!」
東一郎は悲鳴を上げ続けることになった。
東一郎は屋上の広いスペースの片隅で、ゴミ袋を被った状態で仁王立ちになっている。鬼の形相だ。
正座で座らされているのは、ユリ、エマ、ヤマト、野球部のコウタと晋太郎。
神妙にしているのは、ヤマトだけで、ユリ、エマと野球部は反省の態度で正座はしているものの、肩を揺らし笑いを堪えていた。
「おい、お前らが玩具にしてくれた俺の頭な。これ見てみろ」
東一郎はユリの前に頭を持ってきた。
ユリは耐えきれずに吹き出した。
「私じゃないって!ここまでひどくしてないって!エマじゃん!」
ユリはエマを売った。
「ちょっと!私も違うって!バリカンなんて使ったの初めてだもん!」
エマはそう言うと、無表情のまま東一郎の頭をゆっくりと撫で始めた。
「おうわ!!止めろ!!」
東一郎はゾワッとして慌てて離れた。
東一郎の頭はギザギザのボコボコになっていた。もはや坊主頭ではあるものの、素人が悪ふざけでもやらないレベルの酷さだった。
「こうなったら、あの人に頼むしか無いな」
野球部のコウタは、そう言うと颯爽と去っていった。
もう東一郎はゴミ袋を被った状態ですでに何時間も経っている。おまけに頭はボコボコで、絶望的な状況だった。
そこにコウタが連れてきたのが、3年の大柄な男だった。
目立つのはその頭。もはやスキンヘッドのような見事な坊主頭だった。
「え?誰!?」
東一郎は思わず聞いた。
「ボウズづくりのスペシャリストの小芝先輩!もう引退した元野球部のキャプテン!」
そう言うと、小芝は無言のまま、素早くバリカンのアタッチメントをカチャカチャとイジると、そのまま東一郎の背後に回り込んだ。格闘技の心得がある東一郎が背後をいきなり取られることは過去殆どなかったにもかかわらずだ。
プライベートの電動バリカンを持って東一郎の頭をぐいっと引き寄せた。鍛え抜かれた太い腕で、喧嘩では悪魔的な強さを誇る東一郎をぐいっと押さえつけた。
「ちょ、え?ナニソレ?なんか電動じゃない?それ!?どういう事?ここ屋上!コンセント無いよ!てか、何で引退した野球部がまだボウズなんだよ!」
東一郎は慌てて言った。
だが、元キャプテンはそのまま東一郎の頭を掴むといきなりコードレスのバリカンで刈られたのだった。
有無を言わさない野球部元キャプテンの剛腕ぶりに、その場にいる全員は戦慄した。
「やめろぉおおおお!!」東一郎の声が響き渡った。
翌日、東一郎が教室に現れると教室は昨日以上のざわめきが上がった。
そこに現れたのは現役の野球部員よりも極端に短い「一厘刈り」の東一郎の姿だった。
それが東一郎こと水島瞬だという事にクラスメイトが気が付くのに、結構な時間を要したという。しばらくの間、東一郎はクラスメイトたちから影で「和尚」と言われていたことを本人は知らない…。
これ以降東一郎は素人の誰かに「髪の毛を切ってくれ」という事は生涯無かったという。
尚、ユリは実家が美容室というだけで特にカットするスキル持っていない事がこの後判明するのだった。