「散髪」おしゃれ番長
月曜日、東一郎が教室に入ると周りの目線が一気に東一郎に注がれた。
ざわざわとした空気が、クラス中に伝染したのだ。
「な!?おいおい、誰かと思ったよ。水島ってそんなだったの?」
驚きの声を上げたのはいつも一緒にいるヤマトだった。
東一郎はヤマトとの出会いなどはよく知らないが、彼がとてもいいやつで、水島瞬と仲が良かったという点は間違いないようだ。
「ああ、遂に切ったんだよ。どうやらこれまでは妹の好みであの髪型だったらしい」
東一郎は真面目に説明したつもりだったが、誰も理解できているものは居なかった。
「ちょっと…マジかっこよくない」
「すごい、爽やかじゃない」
「あいつ、ダイヤの原石だったのか」
「最近明るいし一気に垢抜けたな…」
クラスのあちらこちらでヒソヒソと噂する声がした。
昼休みになるとエマがやってきた。
「ちょ!ナニソレ!?かっこいいじゃん!誰かと思ったよ」
エマは前回の一件以来、東一郎に結構絡んでくるようになった。
そして吹っ切れたように、これまでのカワイイ全開は捨てて、ごく普通の態度になっていた。それどころかどこか姉御肌にも見えるさっぱりした態度は、同性の女子生徒からも一目置かれる存在になっていた。
「やあ、エマちゃん。わざわざ見に来たの?」
ヤマトはエマに言った。
「なんか凄いイケメンがいるーってクラスで聞こえてさ。ね!」
エマは隣りにいたユリにウインクした。
「ほんとねー。アンタ元はこんなだったんだねー」
エマが東一郎に心を許し始めるのと同時に、ユリもまた一緒にいることが多くなっていた。ただ東一郎とは何故か口論することが多く周りも不思議に思っている。
「うるせーな、髪型ちょっと変えたぐらいでガチャガチャ言うなよ」
東一郎はいちいち説明するのが面倒になっていた。
「あれ?てかさ、これ美容院で切ったの?」
ユリは東一郎の髪の毛をガシッと掴みながら言った。
「いたたた!掴むな!掴むな!違うよ。妹に切ってもらったんだ」
東一郎はユリの手を払いながら言った。
「ああ、だからかぁ。なんかギザギザしている部分あるよね。普通こうはならないよね…」
ユリはまた東一郎の髪を取ってエマに見せた。
「あ、本当だ。ちょっとこれはないかなー」
エマはユリに同意した。
「え?何が違うの?」
ヤマトは二人に聞いた。
二人が言うには、髪の毛を切る時にギザギザにならないように、全体的なバランスを見ながら切るのが基本だそうだ。
東一郎の髪の一部はたしかに段差のように見えて、これは不揃いな状態になり、少し髪の毛が伸びてくると分かりにくくなるものの、現時点では一目瞭然だそうだ。
「いや、そんなの誰も見てないだろ」
東一郎は面倒くさそうに言った。
「いやいやー水島くん、その辺り女子のチェックは厳しいよ。妹ちゃんだって後で分かったらちょっとショックなんじゃない?」
悪気なくエマはいった。
「ねぇ、私整えてあげようか?」
ユリは手でハサミの形を作りチョキチョキと動かす真似をした。
「なんで?できるのか?そんな事」
東一郎は聞いてみた。
「まぁねぇ。私実家が美容室だからね。」
ユリは自分の髪の毛をさらりとしてみせた。
「ユリはおしゃれ番長だからね!」
とエマは笑いながら言った。
「確かに、お前、髪の毛ツヤツヤしてんな。」
東一郎はユリの髪を見ながら言った。
「ふふふ、気がついて?これはね、特殊なトリートメントを使い続けて、何とかできるものなの、まさにプロ用品じゃないとこうは行かないわ」
ユリは独壇場とばかりに言った。
「おい!頼むよ。妹が嬉しそうに切ってくれたんだ、より完璧に仕上げてもらえれば本望だ」
東一郎は珍しくユリに頼み込んだ。
「分かった。特別に切ってあげる。どうぐは明日家から古いハサミとか持ってきてあげる」
ユリが言い終わるかどうかの前に、東一郎が言った。
「いや、100円ショップで色々売ってるだろ。なるだけ早めにやりたいんだ。今日の放課後やってくれないか?」
「は?これだから素人は…道具ってのはね、髪を切る上で…」
「いやいや、ハサミなんてどれも一緒だろ。今日頼むよ」
「いや、違うって、ハサミが大事なの!」
「大丈夫だって!頼むよ!」
東一郎はユリの手を取って懇願した。
隣でエマが少しふくれっ面をしていた。