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恋を追いかける君に。【改訂版】

作者: 雪代深波

夏の匂いが漂う街角、プールの水音が響く夕暮れ。橘一稀と望月真綾は、幼い頃から変わらない時間を共有してきた。幼なじみという近すぎる距離は、ときに心をざわつかせる。好きだからこそ言えない想い、憧れに揺れる心、そしてそばにいる大切な人――。これは、恋を追いかける二人が、揺れる水面のように不安定で美しい瞬間を掴む物語。青春のきらめきの中で、彼らはどんな答えを見つけるのだろうか。

登場人物

橘一稀(たちばないつき):水泳部のエース。幼なじみの真綾のことが好き。高校2年生。


望月真綾(もちづきまあや):高校2年生。一稀のことが好き。怪我のため水泳をやめて水泳部のマネージャーをしている。


橘凛稀(たちばなりつき):陸上部所属。一稀の弟。苺華と付き合っている。高校1年生。


望月苺華(もちづきいちか):真綾の妹で、陸上部マネージャー。凛稀の彼女。高校1年生。残念な美人。


蜂村壱馬(はちむらかずま):国民的俳優兼歌手。現役高校生。真綾の推し。


第1章:幼なじみの距離


蝉の声が響く夏の午後、プールの水面が陽光を反射してキラキラと輝いていた。橘一稀は水泳部の練習を終え、濡れた髪から雫を滴らせながらプールサイドに立っていた。タオルで首を拭き、汗と塩素の匂いに少しだけ疲れた顔で息をつく。ふと視線を上げると、望月真綾がプールサイドのベンチでタブレットに向かっているのが目に入った。彼女は水泳部のマネージャーで、選手たちのタイムや練習メニューを几帳面に記録している。長い黒髪が風に揺れ、夕陽に照らされてほのかに赤く光る。その姿に、一稀の心は無意識に高鳴った。


「一稀、今日の200メートル自由形、自己ベスト更新したね!0.3秒縮めたよ、すごい!」真綾が顔を上げ、ニコッと笑いながら近づいてくる。彼女の笑顔は、幼稚園の頃、公園で一緒に砂遊びをしていた頃から変わらない。一稀は照れくささを隠すようにタオルを顔に押し当て、「まぁ、たまたま調子良かっただけ」とぶっきらぼうに答えた。でも、内心では彼女の言葉がじんわりと温かく響いていた。


一稀と真綾は、同じマンションの隣同士で育った幼なじみだ。幼い頃は一緒に自転車で公園を走り回り、夏休みの宿題を並んでやった。学校も同じで、いつも一緒にいた。でも、高校生になった今、一稀は自分の気持ちに戸惑っていた。真綾の何気ない仕草――髪をかき上げる瞬間、笑いながら目を細める瞬間――に、心がざわつく。彼女を「ただの幼なじみ」と思うには、その気持ちはあまりにも鮮やかだった。


「ねえ、一稀!聞いて聞いて!蜂村壱馬の新曲、昨日リリースされたんだよ!めっちゃカッコいいの!」真綾が急に目をキラキラさせて、スマホを取り出した。画面には、蜂村壱馬のミュージックビデオが映っている。壱馬は現役高校生の俳優兼歌手で、キラキラしたルックスと甘い歌声で全国の女子を虜にしている。真綾もその一人だ。彼女のスマホの待ち受けは壱馬のライブ写真、部屋にはポスターが貼られ、SNSではファンアカウントまで運営している。一稀は彼女の熱っぽい語りに苦笑いしながら、胸の奥でチクリとした痛みを感じていた。


「ほら、このパートのダンス、めっちゃキレッキレでしょ!?」真綾はスマホを一稀に近づけ、興奮気味に話す。一稀は「うん、確かにカッコいいな」と相づちを打ちながら、内心ため息をついた。壱馬の話になると、真綾は別人のように夢中になる。その輝く瞳は、まるで一稀には向けられない特別なものみたいで、嫉妬がこみ上げるのを抑えきれなかった。


「そういえばさ、蜂村君、来週この街でファンイベントやるんだって!めっちゃ近くのホールなんだから!一稀、一緒に行かない?」真綾が無邪気に誘ってきた。一稀は一瞬言葉に詰まった。壱馬に会いたい真綾の気持ちは分かる。彼女の「推し活」は、彼女の笑顔の一部だ。でも、自分以外の男に夢中な彼女を見るのは、正直しんどい。それでも、真綾の期待する顔を見ると、断るなんてできなかった。


「……いいよ、行こうか」一稀は無理やり笑顔を作った。真綾は「やった!一稀、ほんと最高!ありがとー!」と飛び跳ねて喜んだ。その笑顔に、一稀はまた心を奪われる。でも、同時に思う。――俺じゃなくて、壱馬にこんな笑顔を向けてるんだよな。


帰り道、二人はいつものように並んで歩いた。夕暮れの住宅街、蝉の声が遠くで響く。真綾は壱馬のイベントの話を続け、一稀は黙って聞いていた。彼女の横顔を見ながら、一稀は思う。この気持ちを、いつか伝えなきゃいけない。でも、もし伝えて、彼女が困った顔をしたら?幼なじみとしての今までの時間が、壊れてしまうかもしれない。そんな怖さに、一稀の心は揺れていた。


第2章:推しと現実


ファンイベント当日、市民ホールは熱気と興奮に包まれていた。色とりどりのペンライトが波のように揺れ、ファンたちの歓声が天井を震わせる。真綾は蜂村壱馬の公式ペンライトを両手に握り、目をキラキラさせてステージを見つめていた。彼女のTシャツには壱馬の最新シングルのロゴがプリントされ、首にはファンクラブ限定のストラップが揺れている。一稀は隣で、渡されたパンフレットを手に落ち着かない気分で座っていた。真綾のテンションは最高潮で、「一稀、ほら!もうすぐ壱馬くん出てくるよ!やばい、ドキドキする!」と腕をつついてくる。一稀は「うん、楽しみだな」と笑顔を張り付けたが、心の中ではもやもやが渦巻いていた。真綾のこんな笑顔、俺には見せない。壱馬にだけ、こんなキラキラした目をするんだ。


学校では、一稀自身も注目を集める存在だった。水泳部のエースとして、大会で何度もメダルを獲り、廊下を歩けば女子生徒から「橘くん、かっこいい!」「次の試合応援行くね!」とキャーキャー言われることもしばしばだ。教室の窓際で友達と笑い合う姿や、プールサイドでタオルを肩にかける姿に、ひそひそと噂する声が聞こえる。「橘くん、ほんとイケメンだよね」「でもさ、いつも望月さんと一緒だよね、付き合ってるのかな?」そんな声を耳にするたび、一稀は照れくささと同時に、真綾との「幼なじみ」という関係に複雑な思いを抱いていた。あの噂、全部本当になればいいのに…。


会場の照明がゆっくり落ち、スポットライトがステージを照らす。けたたましい歓声の中、蜂村壱馬が現れた。白いシャツにシルバーのアクセサリー、完璧に整った髪とキラキラした笑顔。まるで現実離れした存在感だ。真綾は「壱馬くーん!」と叫びながらペンライトを高く振り、一稀は彼女の横顔を盗み見た。彼女の瞳は、星を閉じ込めたみたいに輝いている。一稀の胸はチクリと痛んだ。――学校で俺にキャーキャー言ってる子たちも、真綾のこの顔には敵わない。


壱馬のライブパフォーマンスが始まった。最新シングルのアップテンポな曲に合わせ、キレのあるダンスを披露。会場は一体となって盛り上がり、真綾もリズムに合わせて体を揺らし、「カッコいい!」と叫ぶ。一稀は彼女の楽しそうな姿を見ながら、嫉妬がじわじわと膨らむのを抑えきれなかった。壱馬は確かにすごい。でも、真綾がこんなに夢中になるほど特別なら、俺なんて…。一稀はパンフレットを握りしめ、目を逸らした。


ライブパートが終わり、トークコーナーに突入。壱馬はマイクを手に、軽快なトークで会場を沸かせる。「みんな、今日は来てくれてありがとう!めっちゃ楽しいね!」と笑顔で言うと、真綾が「壱馬くん、最高ー!」と叫び、一稀は苦笑い。彼女の声は、いつもより高くて弾んでいる。壱馬はファンからの質問に答えたり、即興でダンスを披露したりと、会場は和気あいあいとした雰囲気に。真綾は一稀に身を乗り出し、「ねえ、一稀、壱馬くん、ほんと面白いよね!カッコいいのに親しみやすいなんて、ずるいよ!」と囁く。一稀は「そうだな、確かにスゲえな」と短く答えたが、内心では彼女の「推し」への熱量に圧倒されていた。


トークの合間、壱馬が「じゃあ、ちょっとしたサプライズ!この会場、めっちゃいい雰囲気だから、即興でリクエスト曲歌っちゃおうかな!」と言い出した。会場がどよめく中、真綾が「『Starry Night』!お願い!」と叫んだ。彼女の大好きなバラード曲だ。壱馬は「オッケー!『Starry Night』、行くよ!」と笑顔で応じ、静かなメロディが流れ始めた。会場がしんと静まり、壱馬の柔らかい歌声が響く。真綾は目を閉じ、曲に浸るように体を揺らす。一稀はそんな彼女を見て、胸が締め付けられる思いだった。この曲、真綾がよく口ずさんでるやつだ。彼女の心にこんなにも響くなら、俺には…。


曲が終わると、真綾は目を潤ませて拍手していた。「一稀、ほんと…やばかったよね」と呟く彼女の声は、少し震えていた。一稀は「うん、いい曲だったな」と答えたが、頭の中では別の思いが渦巻いていた。――俺も、真綾にこんな気持ちを届けたい。


イベントのクライマックス、壱馬が「特別企画!ランダムでファンをステージに呼ぶよ!」とマイクで言うと、会場がさらに盛り上がった。壱馬が客席を見回し、「そこのキミ!ステージに上がって!」と指差した。その先には――真綾がいた。


「え、私!?」真綾は目を丸くして一稀を見た。一稀も驚きで言葉を失い、心臓がドクドクと跳ね上がる。真綾は「一稀、どうしよう!?」と少しパニック気味に囁くが、スタッフに促されてステージへ向かう。会場はどよめきと拍手に包まれた。一稀は拳を握りしめ、ステージを見上げた。真綾が、壱馬と話すなんて。嫉妬が、熱い波のように胸を焼いた。


ステージ上、真綾は緊張で肩を固くしていた。壱馬は優しく微笑み、「キミ、名前は?」「望月真綾です!」彼女の声は少し上ずっていたが、壱馬は「いい名前だね!真綾ちゃん、緊張してる?大丈夫、俺も緊張してるから!」と冗談っぽく言って、会場を笑わせた。「真綾ちゃん、好きなものは?」「えっと…マンゴースムージー!」真綾の答えに、会場が和やかな笑いに包まれる。壱馬は「いいね!俺もスムージー好きなんだ。マンゴー、最高だよね。甘いやつ?」「う、うん、甘いやつ!」真綾は顔を真っ赤にして答えた。壱馬はウインクして、「じゃあ、今度マンゴースムージー一緒に飲もうか?」と軽くからかう。会場が「キャー!」と沸き、真綾は恥ずかしそうに笑った。


一稀はステージを見上げながら、胸が締め付けられる思いだった。真綾の笑顔は幸せそうだった。でも、その笑顔を引き出しているのは俺じゃない。壱馬だ。嫉妬が抑えきれず、一稀の拳は震えていた。――なんでお前が真綾を…。


イベント終了後、ファンとの交流タイムが設けられた。壱馬がステージ脇で数人のファンと握手や写真撮影に応じている中、一稀は我慢できずにスタッフに「ちょっとだけ話したい」と頼み込んだ。スタッフは少し困惑したが、壱馬のマネージャーが「短くならいいよ」と許可を出した。一稀は真綾がトイレに行っている隙に、壱馬に近づいた。


「蜂村壱馬、ちょっと話がある」一稀は声を低くし、抑えきれなかった怒りが滲む口調で言った。壱馬は少し驚いた顔で振り返り、トレードマークの爽やかな笑顔を浮かべた。「お、キミ、真綾ちゃんの友達?どうした?」


一稀は一瞬言葉に詰まったが、勢いでまくし立てた。「真綾が…お前を推してるのは分かってる。ファンの子たちにとっても、お前は特別なんだろ。でも、真綾は俺にとって特別なんだ。いつもそばにいるのに、お前の名前が出るたびに、俺の心がめちゃくちゃになる。お前には関係ないかもしれないけど、真綾の笑顔を…俺は、俺だけでいいって思いたいんだよ!」一稀の声は少し震え、感情が溢れていた。


壱馬は静かに一稀を見つめ、笑顔を少し柔らかくした。「…へえ、キミ、真綾ちゃんのこと、めっちゃ大事にしてるんだな。分かったよ。俺、ファンの子たちには笑顔でいてほしいだけ。真綾ちゃんも、キミと一緒に楽しそうだったよ。俺はただの『推し』、それ以上でも以下でもない。キミが真綾ちゃんを幸せにするなら、俺はそれでいい。応援してるぜ」壱馬は軽く拳を差し出し、穏やかに笑った。


一稀は壱馬の言葉にハッとした。嫉妬で頭がいっぱいだったのに、壱馬の落ち着いた態度に少し冷静さを取り戻した。「…悪い、ちょっと熱くなりすぎた」一稀は小さく呟き、壱馬の拳に軽く拳を合わせた。壱馬は「いいって。気持ち、めっちゃ分かるよ。真綾ちゃん、いい子だもんな」とウインクして去っていった。


一稀はステージ脇で立ち尽くし、胸のもやもやが少しだけ軽くなった気がした。――壱馬は確かにカッコいい。でも、真綾の心を掴むのは、俺でいい。


その時、会場の出口付近でざわめきが聞こえた。一稀が振り返ると、真綾がトイレから戻ってきて、数人の若い男たちに囲まれているのが目に入った。派手な服を着た大学生くらいの男たちで、ニヤニヤしながら真綾に話しかけている。「ねえ、キミ、めっちゃ可愛いね!さっきステージで目立ってたじゃん!」「一緒にどっか行かない?俺ら、楽しいとこ知ってるよ!」真綾は困った顔で後ずさりし、「え、っと、友達待ってるんで…」と小さく答えるが、男たちはぐいぐい距離を詰めてくる。


一稀の胸に熱いものがこみ上げた。嫉妬と焦りが一気に爆発し、気づけば大股で真綾の元へ駆けていた。「おい、真綾に何してんだよ!」一稀は男たちの前に立ちはだかり、鋭い目で睨みつけた。学校で女子にキャーキャー言われる水泳部のエースの雰囲気そのままに、声には力がこもっていた。


男の一人が「なんだよ、テメェ、関係ねえだろ」と笑いながら返すが、一稀は一歩も引かず、「関係ある。こいつは俺の…大事な幼なじみだ。離れろ」と低く言い放った。その迫力に、男たちは一瞬たじろいだ。真綾は一稀の背中に隠れるように立ち、「一稀…」と小さく呟く。男たちは「チッ、つまんねえな」とぶつぶつ言いながら、渋々その場を離れた。


一稀は真綾を振り返り、「大丈夫か?何かされた?」と心配そうに尋ねた。真綾は少し震えていたが、すぐに笑顔を取り戻し、「うん、大丈夫。ありがと、一稀。びっくりしたけど…なんか、かっこよかったよ」と頬を赤らめた。一稀はドキッとして、「…バカ、変なこと言うな」と照れ隠しに頭を掻いたが、内心は彼女の言葉に心臓が跳ねていた。


真綾は興奮冷めやらぬ様子で続ける。「さっきのステージ、壱馬くん、めっちゃ優しかった!握手してくれたし、名前まで覚えててくれたんだから!」彼女の手には、壱馬のサイン入りポストカードが握られている。一稀は「よかったな、すげえ思い出だろ」と笑顔で答えたが、さっきの壱馬との会話とナンパ男への怒りが頭をよぎった。真綾はポストカードを大事そうにバッグにしまい、「ほんと、夢みたいだった…。でもさ、一稀、ちょっと緊張してて、頭真っ白だったんだから」と笑う。その少し照れた表情に、一稀の心は少し軽くなった。――壱馬の前でも、ナンパ男の前でも、真綾は俺の知ってる真綾だ。


帰り道、夕暮れの街を歩きながら、真綾はまだ興奮気味に壱馬の話を続けていた。「あの歌、ほんと生で聴けてよかった!一稀も、楽しかったよね?」一稀は「うん、すげえパフォーマンスだったな」と答えるが、ふと彼女が立ち止まった。「ねえ、一稀。今日、付き合ってくれてありがとう。壱馬くんに会えたの、ほんと夢みたいだった。でも…なんか、一稀と一緒だったから、もっと特別な感じがしたんだ。さっきも、助けてくれて…ほんと、ありがとう」真綾は少し恥ずかしそうに笑い、夕陽に照らされた彼女の頬がほのかに赤い。一稀はハッとして彼女を見た。その言葉に、希望が灯った。


真綾はバッグから小さなキーホルダーを取り出し、「ほら、これ、今日のガチャで当てたの!壱馬くんの限定グッズ!でもさ…」と少し声を小さくして、「一稀にも、なんかお礼したかったな。いつも付き合ってくれるし、今日も守ってくれて…」と呟いた。一稀はドキッとして、「お前が楽しかったなら、それでいいよ」と答えたが、胸の奥で決意が固まった。――この気持ち、ちゃんと伝えなきゃ。


第3章:弟と妹の恋


その夜、一稀はリビングのソファに座り、ぼんやりとテレビを眺めていた。頭の中は真綾の笑顔と、壱馬へのキラキラした瞳でいっぱいだ。そこへ、弟の凛稀がコーラの缶を手に現れた。凛稀は一稀より二つ下で、真綾の妹・望月苺華と付き合っている。苺華は真綾とは正反対の、活発で少し生意気な性格。凛稀はソファにドサッと座り、ニヤニヤしながら一稀を見た。


「よお、兄貴。今日のイベント、どうだった?真綾姉ちゃん、蜂村壱馬にメロメロだったろ?」凛稀の軽い口調に、一稀は「うるさい」とムッとして返す。凛稀は笑いながらコーラを一口飲み、「まぁ、そう言うなよ。苺華もさ、真綾姉ちゃんが壱馬の話ばっかするから、ちょっと心配してたぜ。『お姉、ほんとに一稀のこと好きなのかな?』ってさ」


一稀はハッとした。真綾が自分を好き?そんな可能性、考えたこともなかった。いや、考えるのが怖かったのかもしれない。凛稀はニヤニヤをやめ、真剣な顔で続けた。「兄貴、真綾姉ちゃんのこと、ちゃんと伝えなよ。あいつ、めっちゃ鈍感だから。ほっとくと、ほんとに蜂村壱馬に心持ってかれちゃうぜ」


凛稀の言葉は、一稀の心に突き刺さった。確かに、このまま何も言わなければ、真綾との距離は変わらない。でも、告白して、もし拒まれたら?幼なじみとしての関係が壊れるかもしれない。そんな怖さに、一稀は言葉を飲み込んだ。凛稀はそんな兄貴を見て、軽く肩を叩いた。「ま、兄貴なら大丈夫だろ。真綾姉ちゃん、壱馬は推しだけど、兄貴のことちゃんと見てるって。俺、苺華から聞いてるから、間違いねえよ」


その言葉に、一稀は少しだけ勇気が湧いた。凛稀と苺華の恋は、まるで正反対の二人がぶつかり合いながらも、ちゃんと想いを伝え合って始まったものだ。凛稀は照れくさそうに笑い、「苺華もさ、最初は俺のこと『うざい』って言ってたけど、ちゃんと話したら分かってくれた。兄貴もさ、真綾姉ちゃんと向き合ってみなよ。絶対、後悔しないから」


一稀は弟の言葉に、胸の奥が熱くなるのを感じた。いつも軽いノリの凛稀が、こんな真剣なアドバイスをくれるなんて。真綾への気持ちを、ちゃんと形にしなきゃいけない。そんな決意が、ゆっくりと固まっていく。


翌日、登校途中の住宅街。一稀は凛稀を呼び止めた。朝の空気はまだ涼しく、蝉の声が遠くで響く。凛稀はイヤホンを外し、「なんだよ、兄貴。朝から真剣な顔して」と不思議そうに笑う。一稀は少し照れながら、でも真っ直ぐに弟を見つめた。「凛稀、昨日のお前の言葉…ありがとう。あれがなかったら、俺、今日真綾に気持ちを伝えようって、踏ん切りつけられなかったかもしれない」


凛稀は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニヤリと笑って肩を叩いた。「お、兄貴、ついにやる気になったか!まぁ、俺の助言が神レベルだからな。真綾姉ちゃん、絶対落とせよ!」その軽口に、一稀は苦笑しながらも心が軽くなった。「ほんと、お前には敵わねえよ。サンキュ、凛稀」


凛稀は「ま、苺華のためにも上手くいってくれよ。姉貴が幸せなら、苺華も喜ぶしな」とウインクして立ち去った。一稀は弟の背中を見送りながら、胸に熱い決意が広がるのを感じた。今日は、真綾に気持ちを伝える日だ。


第4章:水面に映る気持ち


水泳部の練習後、プールサイドは静けさに包まれていた。夕暮れの空が水面に映り、橙と紫が混ざり合う美しい光景が広がっている。一稀は深呼吸して、真綾を呼び出した。彼女は「どうしたの?一稀、なんか用?」と首を傾げながら、いつもの笑顔で近づいてくる。タブレットを持った彼女の姿は、いつもと変わらないのに、今日は特別な重みがあった。


一稀は心臓が早鐘を打つのを感じながら、言葉を紡ぎ始めた。「真綾、ちょっと…大事な話がある」真綾は少し驚いた顔で、「うん、なに?」と答える。一稀はプールの水面を見つめ、気持ちを落ち着けようとした。だが、頭の中は真綾の笑顔や、壱馬へのキラキラした瞳、幼い頃の思い出でいっぱいだ。


「俺、ずっと前からお前のことが好きだ」一稀は一気に言葉を吐き出した。「幼なじみとしてじゃなくて、女の子として。蜂村壱馬のことも、推しとして応援してるのは分かってる。でも、俺はお前と一緒にいたい。ちゃんと、恋人として」


真綾は目を丸くして、しばらく言葉を失っていた。沈黙が重く、一稀は最悪の答えを覚悟した。だが、真綾はゆっくりと微笑み、頬を赤らめた。「一稀…私、実は気づいてたよ。あなたの気持ち。でも、壱馬くんはただの憧れで…本当は、私も一稀のこと、ずっと好きだった」


一稀は信じられない思いで真綾を見つめた。彼女の目には、プールの水面のように澄んだ気持ちが映っている。真綾は恥ずかしそうに続ける。「壱馬くんは遠い存在だけど、一稀はいつもそばにいてくれる。私のダメなところも、全部知ってるのに、そばにいてくれる。私にとって、一番大切な人だよ」


二人は見つめ合い、どちらからともなく笑い合った。プールの水音が、まるで二人の新しい始まりを祝福するように響いた。一稀は真綾の手をそっと握り、彼女もまたその手を握り返した。夕陽が二人の影を長く伸ばし、青春の1ページが静かに閉じた。


終章:恋を追いかけて


数週間後、一稀と真綾は恋人として手を繋いで学校へ向かっていた。朝の住宅街は、秋の気配が漂い始め、涼しい風が吹いている。真綾は相変わらず壱馬の新曲を口ずさむが、一稀はもう嫉妬しない。彼女の心が自分に向いていると、確信できたからだ。


学校の廊下では、凛稀と苺華が二人の様子を見て、ニヤニヤしながら冷やかしてきた。「お姉、ついに一稀とくっついたんだ!やっとだね!」苺華が笑いながら言う。真綾は「もう、苺華!うるさいんだから!」と照れながら反撃するが、幸せそうな笑顔が隠せない。凛稀は一稀にウインクし、「兄貴、よくやったな」と囁いた。一稀は苦笑しながら、「お前のおかげだよ」と返す。


放課後、プールサイドで一稀と真綾は並んで座っていた。真綾は一稀の肩に軽く頭を預け、「ねえ、一稀。これからも、ずっと一緒にいようね」と呟く。一稀は彼女の手を握り、「ああ、ずっとだ」と答えた。プールの水面には、二人の笑顔が映っていた。


恋を追いかけた先に、一稀と真綾は互いの心を見つけた。揺れながらも澄んだ愛が、そこにはあった。


一番最初に投稿していた小説の改訂版です!

よろしくお願いします!


追記:一稀と真綾は八木勇征さん(FANTASTICS)と幾田りらさん(シンガーソングライター兼YOASOBI ikuraちゃん)をイメージしながら書いています。

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